| 野田俊作の補正項 |
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| 本日の読書 |
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九条と自衛隊の「矛盾」について、日本人が採用した「思考停止」はその狡知の一つでしょう。九条も自衛隊もどちらもアメリカが戦後日本に「押しつけた」ものです。九条は日本を軍事的に無害化するために、自衛隊は日本を軍事的に有効利用するために。どちらもアメリカの国益にかなうものでした。ですから、九条と自衛隊はアメリカの国策上はまったく無矛盾です。「軍事的に無害かつ有益な国であれ」という命令が、つまり、日本はアメリカの軍事的属国であれということがこの二つの制度の政治的意味です。
この誰の目にも意味の明らかなメッセージを日本人は矛盾したメッセージにむりやり読み替えた。九条と自衛隊が両立することなはありえないと、改憲派も護憲派もお互いの喉笛に食らいつくような勢いで激論を交わしました。二つの制度がまったく無矛盾であるということを言った政治家は私の知る限りはひとりもいません。アメリカの合理的かつ首尾一貫している対日政策を「矛盾している」と言い張るという技巧された無知によって、日本人は戦後65年にわたって、「アメリカの軍事的属国である」というトラウマ的事実をい意識に前景化することを免れてきました。(P.68)
戦後65年間、わが国の軍人が他国の領土で一人の外国人も殺していないという事実は間違いなく日本に有形無形の政治的利益をもたらしています。(P.70)
と書いている。しかし、有形無形の政治的不利益ももたらしている。たとえば、尖閣諸島や竹島は外国に占拠されてしまった。たとえば、1990年ごろのロシアが弱っていた時代に、北方領土に自衛隊を進駐させるという手があった。これは侵略ではない、自国の領土に軍隊を駐屯させるだけのことだ。国際世論を味方につければ、成功する可能性もあったと思う。あるいは、これは賛否両論あるべしと思うが、北朝鮮に拉致された人々を軍事的に奪い返すことだって考えられないことはないし、自衛隊の人たちによれば成功する可能性はあるという。再軍備にはデメリットももちろんある。しかしメリットもある。いいことばかりという選択はありえない。日本国憲法は日本人が書いたものではありません。これは護憲派も改憲派も事実関係ではもう争っていません。GHQのニューディーラーたちがその当時の憲法学の最先端の知見を総動員して、人権宣言や独立宣言やワイマール憲法やソ連憲法を素材にして起草したものです。間違いなく、理念としては実にすぐれたものです。(p.80)
と書くような人なのだ。人権宣言や独立宣言やワイマール憲法でも許せないのに、ソ連憲法まで持ち出すか。日本国憲法は、それらを混ぜ込んだために、理念として腐り果てたものになっていると、私は思っている。まあ、この部分は、個人の政治的選択なので、彼を非難する気はない。彼がどんな政治的立場をとってもそれは彼の自由だ。ただ護憲論を、日本が辺境国であるということの論理的な結論として導き出せるかのように言って、人々をだまそうとしていることが許せない。辺境国であった日本が自分で作ったのは大日本帝国憲法だ。もし辺境国であることと関係づけて議論をするのなら、大日本帝国憲法についての護憲論をすべきだろう。