野田俊作の補正項
             


日本辺境論:曲学阿世の書(2)

2010年02月07日(日)


本日の読書
 昨夜は高知の「お客」で、貝づくしのきわめておいしい夕食をいただいた。今日の講演は昼からで、午前中は暇なので、藩主山内家の下屋敷跡にある三翠園という旅館の温泉に入ってきた。露天風呂からみると、目の前が鏡川で、ボラが跳ねていたが、コイやブラックバスはいるかなあ。いい季節に来たらトライしてみよう。

 内田樹『日本辺境論』(新潮新書)で私がいちばん悪質だと思うのは、著者は護憲派なのだけれど、日本が辺境であることと日本国憲法とは論理的なつながりが何もないのに、まるでつながりがあるかのように見せかけているところだ。「日本は辺境国ですから大国のマナーはわかりません」というフリをするのが上手だという話があって、それから次のように書いてある。

 九条と自衛隊の「矛盾」について、日本人が採用した「思考停止」はその狡知の一つでしょう。九条も自衛隊もどちらもアメリカが戦後日本に「押しつけた」ものです。九条は日本を軍事的に無害化するために、自衛隊は日本を軍事的に有効利用するために。どちらもアメリカの国益にかなうものでした。ですから、九条と自衛隊はアメリカの国策上はまったく無矛盾です。「軍事的に無害かつ有益な国であれ」という命令が、つまり、日本はアメリカの軍事的属国であれということがこの二つの制度の政治的意味です。

 この誰の目にも意味の明らかなメッセージを日本人は矛盾したメッセージにむりやり読み替えた。九条と自衛隊が両立することなはありえないと、改憲派も護憲派もお互いの喉笛に食らいつくような勢いで激論を交わしました。二つの制度がまったく無矛盾であるということを言った政治家は私の知る限りはひとりもいません。アメリカの合理的かつ首尾一貫している対日政策を「矛盾している」と言い張るという技巧された無知によって、日本人は戦後65年にわたって、「アメリカの軍事的属国である」というトラウマ的事実をい意識に前景化することを免れてきました。(P.68)

 私が頭が悪いので、彼が言うことがわからないのだろうか。まず日本の側をみると、吉田茂は憲法9条を口実にして片務的な安保条約を結んだ。その時点では、実際に日本はアメリカの属国だった。岸信介はそれを双務的な条約に改定したかったのだが、憲法が邪魔して部分的な改定しかできなかった。その結果、日本はアメリカの属国のままで今日まで来てしまった。この「トラウマ的事実」は、誰だって知っていると思う。右翼も左翼も、日本がちゃんとした独立国ではなくてアメリカの政治的軍事的属国であることを、若干のニュアンスの差はあるにしても、悔しくて泣きたくなるほどに知っている。知らないのは内田氏だけじゃないか?

 次に、アメリカの側をみると、朝鮮戦争のころから現在まで一貫して、日本が改憲をして再軍備をするだろうと期待し続けてきた。ところが日本が頑としてそうしないので、いつも困っていると思う。別に憲法9条がなくても日本がアメリカに敵対することがあるとは、すでに占領時代からアメリカは思っていなかっただろうし、自衛隊ではなくてネガティブ・リストで戦える本式の軍隊があればいいのにと、いつも残念に思っているだろう。だから、憲法も自衛隊もアメリカの国益には十分にかなっていないし、国策上若干の矛盾はいつもある。これだって、まともにものを考える人なら、だれでもわかることだ。これまたわからないのは内田氏だけじゃないか?

 仮に、1952年あるいは1960年の時点で憲法を改正して再軍備し、日米対等の軍事条約を結んでいたとしたら、あるいは日本はベトナムに出兵していたかもしれないし、今だってイラクやアフガニスタンで武器を持って戦っているかもしれない。たぶんそういうことを思ってだろう、内田氏は、

 戦後65年間、わが国の軍人が他国の領土で一人の外国人も殺していないという事実は間違いなく日本に有形無形の政治的利益をもたらしています。(P.70)

と書いている。しかし、有形無形の政治的不利益ももたらしている。たとえば、尖閣諸島や竹島は外国に占拠されてしまった。たとえば、1990年ごろのロシアが弱っていた時代に、北方領土に自衛隊を進駐させるという手があった。これは侵略ではない、自国の領土に軍隊を駐屯させるだけのことだ。国際世論を味方につければ、成功する可能性もあったと思う。あるいは、これは賛否両論あるべしと思うが、北朝鮮に拉致された人々を軍事的に奪い返すことだって考えられないことはないし、自衛隊の人たちによれば成功する可能性はあるという。再軍備にはデメリットももちろんある。しかしメリットもある。いいことばかりという選択はありえない。

 しかし、内田氏には、こういう議論は通じないだろう。なにしろ、

 日本国憲法は日本人が書いたものではありません。これは護憲派も改憲派も事実関係ではもう争っていません。GHQのニューディーラーたちがその当時の憲法学の最先端の知見を総動員して、人権宣言や独立宣言やワイマール憲法やソ連憲法を素材にして起草したものです。間違いなく、理念としては実にすぐれたものです。(p.80)

と書くような人なのだ。人権宣言や独立宣言やワイマール憲法でも許せないのに、ソ連憲法まで持ち出すか。日本国憲法は、それらを混ぜ込んだために、理念として腐り果てたものになっていると、私は思っている。まあ、この部分は、個人の政治的選択なので、彼を非難する気はない。彼がどんな政治的立場をとってもそれは彼の自由だ。ただ護憲論を、日本が辺境国であるということの論理的な結論として導き出せるかのように言って、人々をだまそうとしていることが許せない。辺境国であった日本が自分で作ったのは大日本帝国憲法だ。もし辺境国であることと関係づけて議論をするのなら、大日本帝国憲法についての護憲論をすべきだろう。