野田俊作の補正項
             


からくり遊び(2)

2010年06月19日(土)


本日の読書
 今日は休日だったので、結局、一日中プラモデルの「はやぶさ」を作っていた。部品を組み立てる前に色を塗る。これがなかなか面倒な作業で、薄く塗っては乾かし、また薄く塗っては乾かしして、すこしずつ目的の色に近づけていく。そうしないで、一気に濃い絵の具を使うと、刷毛目ができて、機械らしくなくなってしまう。結局、2枚の大きな太陽電池と、パラボラアンテナと、小惑星「イトカワ」の塗装は終わったが、肝腎の本体までは行き着けなかった。まあ、ゆっくり楽しんでやります。写真は、全部できてから公開ね。

 昨日「半鎖国状態」と書いた。『表現者』31号に、前田雅之「このまま出ていってもらったら―沖縄・古典・日米関係」という論文が掲載されていて、そこに次のように書かれている。

 そうして(日本は)、日米同盟にも東アジア共同体にも加わらない、ある種の疑似鎖国体制を構築する。これが日本にとって一等やりやすく、居心地がいいシステムではないか。何のことはない、日本の周囲の地政学的状況は江戸時代末期とほとんど変わっていない。東にアメリカ、北にロシア、西に中国である。黒船以前に戻る覚悟で、努力すること、これが日米関係を一等まともにする唯一の方法ではないのか。(p.104)

 同じことを考えている人がいるわけだ。では、疑似鎖国体制は、どうすれば構築できるのか。農業を基礎にして、自給自足に近づけることが、第1にすべきことだろう。人間の食べ物はもちろん、家畜の飼料を輸入するというようなこともやめて、できるかぎり国内で食糧を生産することだ。第2に、資源を輸入して工業製品を輸出するという「加工貿易」による経済構造をあらためて、工業は、国内の資源を用いて国内で必要な製品を作ることを中心にすべきだ。そうして、「貿易立国」を脱却し、農と工を主にして、商を従にすることだ。つまり、江戸時代の士農工商から「士」を引いた構造だ。

 ただし、これでは、文化的にも金銭的にもきわめて貧しくなってしまうので、せめて「からくり」だけは作って外国に売るようにするのはどうか。たとえば、カメラだのゲームマシンだの釣り道具(ご存じないでしょうが、日本の釣り道具は文句なく世界一です)だのは、作って売る。江戸時代にも売っていた陶磁器だの漆器だのも、作って売る。生活必需品だの、実用的な機械だのには、あまり色気を出さない。そうしないと、たちまち保田與重郎が言う「近代西洋文明」に陥ってしまい、いつかかならず戦争に巻き込まれる。

 保田が言う「近代西洋文明」というのは、農を軽んじて工を重んじ、原材料を輸入し製品を輸出して国を立てるという構造のことだと思う。それをしているかぎり、日本の生命線ははるか海上にあって、それを防衛するためには強大な軍隊が要る。戦前の日本は、自前で強大な軍隊を作り、資源を確保するために領土拡張をして、失敗した。戦後の日本は、工業重視はそのままにして、防衛を強大なアメリカ軍に頼んで、そのかわりアメリカの属国になって、すべてを失いつつある。どちらもマズい構造だと思う。じゃあ、問題はどこにあるかというと、工業立国にある。工業立国をやめて農業立国(プラス「からくり」生産)に転換する。そして、小さいが精強な軍隊をもち、徹底的に民間防衛訓練をする。

 前田雅之氏も保田與重郎ファンであるようで、『表現者』の次号から、保田について連載をはじめるのだそうだ。保田が戦後に公職を追放されて、『祖国』という雑誌を発行して一人で書きつづけていた時代から、60年経った。ようやく彼が言ったことを本気で考える人たちが出てきたわけだ。道は遠いが、日本にはそれしか生き延びる方法がない。