野田俊作の補正項
             


原爆は人権思想が落とした(4)

2013年08月12日(月)


本日の読書
 ふたたびチベット語にとりついていた。なかなか進まないのだが、ウサギさんでなくても、カメさんでも、走っておればいつかかならずゴールに着くのだと信じて、コツコツと翻訳している。

 人権思想は、結果的に失敗している。最初にフランス革命で失敗して、王様や貴族をギロチンにかけただけでなく、仲間内で殺しまくった。人権思想を受け継いだアメリカは、原住民を虐殺し、ハワイ人を虐殺し、フィリピン人を虐殺し、日本人を虐殺し、ベトナム人を虐殺し、いまはアラブ人を虐殺している。人権思想の変種である共産主義は、他国民だけでなく自国民をも虐殺したし、いまもしている。私は科学者だから、実験の結果を信じる。人権思想は、どんなに筋が通っているように見えても、経験によって間違いであることが立証されている。その最大の証拠が、原子爆弾だ。

 中原一博さんのブログに、とても悲しい記事があった。要約すると、8月6日にカルマ・ゲドゥン・ギャンツォという僧がカトマンズで焼身供養して死亡した。中原さんはこの僧を個人的に知っていた。生前の彼は下半身が不自由で、両手で靴代わりの木の塊を持って、手だけで移動していた。両手だけを使ってチベット中を巡礼した後、ネパールに脱出して、2011年に中原さんに会った。彼は言う。

 トゥガリ(西チベット)の方に巡礼に行ったが、途中出会う僧侶も本当に僧侶の戒律を守っている人は少ないように見受けられた。どこへ行っても、中国人の方がチベット人よりも多く、町は中国の町になっていた。チベットの昔ながらの文化、慣習も計画的に破壊されていると思えた。

 中国政府は中国ではみんな調和の中に暮らしていると宣伝しているが、本当には少数民族、特にチベット人には法律に書いてあるような権利はない。不当な扱いを受けても、結局訴える場所や相談に行く所はなく、中国人は何でもやりたい放題だ。中国には法律も無く、規律もないに等しい。喩えれば国全体がマフィアのような所だと思う。

 日本でも、戦後、これほど暴力的ではなかったが、文化破壊がおこなわれた。共産主義を含めた人権思想は、精神的な伝統など知ったことではなく、彼らが言うところの「理性」にもとづいて、なにもかもを破壊して恥じることがない。その目的は、ただ彼らの欲望を満たすためなのだが、そうは言わない。言わないだけでなくて、そうは思っていない。彼ら自身は、自分たちは善行をしているのだと思い込んでいる。そこには詭弁的な論理がある。すなわち、彼らは、「文化的に立ち遅れた人たちを現代文明の恩恵にあずからせる」ために働いているのであり、善いことをしているのだと信じ切っている。もし伝統的な人々がそれに反対すれば、「反動的な反文明主義者」、あるいはもっとあからさまに「野蛮人」、さらには「人間以下」などというレッテルを貼って、その一方で自分たちを「文明のために戦う戦士」と規定し、文明を破壊しようとする相手から文明を守るために「やむをえず」相手を虐殺するのだと言いつのって、理論武装を終わる。理屈さえ立てば、後はただ反対するものを片っ端から殺していくだけだ。まるでハリウッド映画みたいでしょ。そう、ハリウッド映画は、きわめて典型的に人権思想がなんであるかを教えてくれる。ハリウッド映画の制作者は、自分たちの文明が悪行を行っているとは、夢にも思っていない。だから、おぞましい作品を作りながら、恥じることがない。

 「野蛮人」たちを退治する際に、法律は邪魔になる。いや、そもそも野蛮人に法律を適用する必要などないのだ。法律を無視しているのは中国共産党だけではない。日本の占領時代にも、法律はあってなきがごとしで、占領軍の命令がすべての法に(憲法にさえ)優先した。人権主義者の法律は、自分たちの仲間内でだけ通用する。「野蛮人」相手に、彼らの権利を守るために戦うときは、法を無視してよいのだ。なぜなら、人権は天賦のものであって、国が与えた法に優先するからだ。え、誰の人権かって? もちろん支配者たちの人権ですよ。これが人権思想の本来の使い方だ。人権思想とは、人権思想を信じるものの利益を守るために、それを犯すものを罰するための思想だ。人権思想の元祖のロックがそう書いている。これについては論文を書いたことがあるので、関心のある人は参照してください。

 中原さんは次のように書かれる。

 そして、今回ボドゥナート仏塔のすぐ傍で焼身抗議を行い死亡した。私は彼だと分かった時、彼の笑顔を思い出し絶句し涙した。彼は手だけで、チベット中を巡礼した。中国の警官にいじめられながらも何千キロも巡礼した。苦しみを味わい続け、それを乗り越えて来た彼がどうして今回焼身を行ったのか? 聖なる仏塔の傍でチベットのために自らを灯明と化すことが、彼の今世最後の決意だった。来世に再び五体満足なチベット人として生まれ代われることを心から祈る。

 私も一緒に祈っておく。そして彼が生まれ変わって物心つく時代には、中国共産党の支配が終わっていることを願う。さらにその先に、天賦人権思想を奉ずる国家が世界から消滅して、各民族や各国家に固有の法と慣習に従って生きていける世界が来ることを願う。法と慣習を重んじるとは、法と慣習によって「していいこと」と「してはならないこと」の決まっている社会だ。人権思想の社会では、何が自分の権利であるかは、自分で勝手に考えて決める。法と慣習を重んじる社会では、そうではなくて、昔から伝えられた「人の道」に従って人々は暮らす。