野田俊作の補正項
             


アメリカからの手紙

2016年03月31日(木)


 春になったので、午後からバス釣りに出た。といっても、自宅から数百メートルの範囲をウロウロしただけだが。

 タンポポも咲いたし桜ももうすこし亀甲羅干す川岸の午後

 このごろは少ないけれど釣れますと礼儀正しく少年は言う

 1首目は体言止めなのであまり感心しないけれど、まあのんびりした風景が描けているのでいいことにしよう。2首目は、いいか悪いかはともかく、ちかごろの私の好みだ。どちらもスラスラ詠んでいて、たいした推敲はしていない。口語体の短歌は下品になりがちなので、かえって難しい気がする。

 ジョン・ニューバウアーという、北米アドラー心理学会の役員もやっておれば、シカゴなどのアドラー研究所のスポークスマンもやっておれば、ICASSI(国際ドライカース・セミナー)の広報マンもやっているという超多忙の友人からメールがあって、アドラーブームの原因になっているある本について尋ねられた。以下、私の返事。

 残念なことに私は彼の本を好意的に評価することができません。彼の意見はさまざまの事項について「標準的な」アドラー心理学から偏っています。たとえば彼はある状況下では協力を拒否することが重要であると述べ、「他者からの承認を求めない」とか「他者の期待を満たす必要はない」とか「他者の問題に介入してはいけないし、自分の問題に他者を介入させてはいけない」というようなことを書いています。多くの日本のアドレリアンたちは当惑していて、彼の本を無視していますが、けれども彼の本は爆発的に売れています。たくさんの人たちが彼の本を読んでそれが与えた先入観をもって私たちの講座にやってきます。私たちアドラー心理学の教師たちは彼らの間違いを修正することでとても忙しいです。経済的には幸福ですが、学問的には不幸です。私たちは「アドラー・ブーム」に圧倒されていて、ただ台風が過ぎ去るのを待っています。これが私たちの状況です。
 Unfortunately I cannot evaluate the book in a favorable light. His opinions deviate in many issues from "standard" Individual Psychology. For example he emphasizes to reject co-operation in some situation and writes, "do not seek recognition from others," or "there is no need to fulfill others' expect," or "never intervene to others' problems and never let others intervene to your problems." Many Japanese Adlerians are embarrassed and ignore his book, but his book sold like fun. Many people come to our lectures reading his book with preoccupation given by it, and we, Adlerian teachers, are very busy to correct their misunderstandings. Economically we are happy but academically very unhappy. We are overwhelmed by the "Adler Boom" and just waiting the typhoon goes away. This is our situation.

 早速ジョンから返事が来た。

 情報をありがとう。私もこのことについて似たようなことを感じていました。リチャード・ワッツが送ってきた手紙の中の彼(=著者)のメッセージからも彼はアドラー心理学を完全には理解していないなと私は思いました。あなたのメールはとても助けになりました。そう、日本だけでなく台湾や他の東洋の国々でも「アドラー・ブーム」が台風のように起っているようです。私たちはただアドラー心理学がきちんと教えられることを望むだけです。
 Thank you for your information. I had a feeling about this that was similar - some of his statements in the letter Richard sent made me think that he didn't fully understand Adler. This is quite helpful. Yes, it seems like the "Adler Boom" is a typhoon not only in Japan but also in Taiwan and other parts of the east. We only hope that it is being taught well.

 リチャードというのは、リチャード・ワッツという人で、その人が例の本を読んで心配して(英訳があるんだろうか?)、顔の広いジョンに日本人に尋ねてくれと頼んで、それでジョンが私にメールを書いたということらしい。とうとう「アドラー・ブーム」は、アメリカ人まで巻き込むことになってしまった。幾分「国辱」問題であるような気もしないこともない。

 私は著者が悪いとは思っていない。もし罪があるとしても、それはただ勉強が足りないというだけのことであって、アドラー心理学に対する悪意でもって行動しているわけではない。『パセージ』風にいうなら、「不適切な行動」ではなくて「失敗」だ。それに、私は仏教徒であるから、無知は憐れむべきものであって憎むべきものではないと思っている。彼が賢くなるように観音さまにお祈りしておこう。責められるべきは、「売らんかな」主義の出版社だ。華語訳も出て、次は英訳を出そうということなんだろうか。世界中のアドラー心理学に迷惑をかけてまわるわけだ。

 アドラー心理学は個人の所有物ではないし、学会の所有物でもない。だから、誰がどんな風に解釈し、どんな風に使おうと自由なんだが、伝統的な解釈だとか、一般的な理解だとかいうものは存在している。「アドラー心理学」という名前を冠した本を公刊するなら、そういう「正統」のアドラー心理学を紹介すべきだと思う。もちろんそこに私見を交えたってかまわないのだけれど、どれが一般的理解であり、どれが私見であるかを、きちんとわかるように区別して書くべきだと思う。それともうひとつ言わせていただくとすれば、その本の中に、私の独自の見解や用語がたくさん引用してあるのだけれど、そのことについての引用元がまったく書かれていない。これは私の名誉欲のために言っているのではなくて、それらは一般的なアドラー心理学理解とはちょっと違った私の私見なので、私の私見として引用していただく方が、私が責任をとれると思うからだ。私自身は、自分独自の解釈と一般的理解とは、講義の中などでは、くどいほどに区別して教えている。しかし、聴衆にはかならずしも届いていないのかもしれない。

 ともあれ、台風が過ぎ去るのを待ちながら、細々と正しいアドラー心理学を教えていくしかないのだと思っている。