野田俊作の補正項
             


偽物

2017年01月28日(土)


 今日は『パセージ』リーダー養成講座の2日目だが、なかなか良い出来で、安心して見ておれる。

 ここではドライカース直系の純正のアドラー心理学を教える。でも、ここで習って帰っても、あれこれ雑物を混ぜ込む人もいることはいる。便宜上、アドラー心理学をいくつかに分類しておくといいかもしれない。

 ・純正アドラー心理学:アドラーとドライカースの系統の考え方を受け継ぎ、しかも学会や学術雑誌等で純正のアドラー心理学であると認められているもの。
 ・拡張アドラー心理学:純正アドラー心理学の要素をすべて含んでいるが、そこに何か(たとえば他の心理学の理論や技法)を継ぎ足してあるもの。
 ・名目アドラー心理学:アドラー心理学を自称しているが、アドラー心理学の重要な要素を欠いているもの。
 ・似而非アドラー心理学:アドラー心理学と自称しながら、純正アドラー心理学に反する考え方を含んでいるもの。
 ・偽装アドラー心理学:アドラー心理学と自称していないけれど、中身を見るとアドラー心理学であるもの。
 ・非アドラー心理学:アドラー心理学と自称していないし、中身もアドラー心理学でないもの。

 アドラー・ブームの火付け役である岸見一郎氏の『嫌われる勇気』は、「課題の分離」ばかり強調して「協力」に関連する考え方をあまり含んでいないので「名目アドラー心理学」だと思っていたが(これはいちおう許容範囲内)、同じ題名を冠したテレビドラマはアドラー心理学に反する考えややり方でいっぱいなので、間違いなく「似而非アドラー心理学」だ(これは完全に許容範囲外)。岸見氏ご自身はこれについてどうお考えなのだろうか。

 これとは別に、「拡張アドラー心理学」が一部で流行っている。つまり、純正アドラー心理学の要素はすべて備えているのだけれど、そこにアドラー心理学由来でない考え方ややり方を混ぜ込んだものだ。まあそれはそれでいいのだけれど、『パセージ』についてだけはこれは困る。なぜなら、『パセージ』を受講する人たちの多くははじめてアドラー心理学に接する人たちなので、習ったことすべてをアドラー心理学だと思ってしまう。そこに非アドラー心理学的な要素を混ぜ込むと、それもアドラー心理学だと思い込んでしまい、混乱が起るだろうと思うからだ。今日も、厳しく言い渡しておいた。明日、もう一回言おう。

影の炎 第六部 伊勢



第六部 伊勢



 すこしずつ春になってきましたので、ある日、今後の作戦について話し合いをいたしました。
 「わかっていることは少ない。北畠殿のところに金剛行者が入ったというのは、確実だと考えてもよさそうだ。次にかの者がどのように動くかは予測がつかないが、この前のやり口から見ると、北畠殿をたぶらかして、どこかの荘園の百姓衆を扇動し、彼らに一揆を起させて、どこかを攻めるというやり方だろう。攻める先は、まず間違いなく伊勢の神領地であろうと思う。これ以上のことは、現地に入らないとわからない」
 と師の御坊はおっしゃいました。それから伊勢の地図を出して、説明されました。
 「宮川より東の伊勢神領地は守護不入の地で、北畠氏であれ誰であれ、兵を率いて立ち入ることができない。だから、鳥羽で船を下りて、伊勢の誰かを頼るのがよいと思う。いくらなんでも神領地の中は安全であろう。さて、誰を頼ったものか」
 「度会(わたらい)はどうでしょうな」
 と光智さまがおっしゃいました。
 「外宮の神主の度会家ですか。それはよいかもしれません。内宮の大中臣家は仏法を嫌いますが、外宮の度会家は仏法に寛容です。しかも、神宮寺である常明寺は、度会の一族が管主を務めています。修法のためにそこを貸してもらえるとすれば、大変都合がよい」
 と、師の御坊はおっしゃいました。
 師の御坊とすっかり仲良しになった海賊の清水余三郎殿も同席していましたので、
 「熊野本宮の九鬼さまに添え状を書いてもらうのはどうかね」
 と言いました。
 「おお、それは妙案かもしれない。九鬼殿と度会家とは深いつながりがあるでしょう。九鬼殿に添え書きをいただけば、話はかならずうまく進みます」
 と師の御坊はおっしゃって、それで話は決まりました。それからわたくしに向かって、
 「伊勢に着いたら、私が度会殿と話をしている間に、北畠殿の様子を探って来てくれないか。無理をしない範囲でいいからな」
 と師の御坊がおっしゃいますので、
 「やってみます」
 とお答えしました。

 光智さまは、
 「また船に乗るのですか。陸路というのは無理ですか」
 と泣き言をおっしゃいました。師の御坊は淡々と、
 「陸路は戦乱がありますので無理です。船に乗るか、ここに留まるか、どちらかしか選べません」
 とおっしゃいました。それで、光智さまは、しかたなく船に乗る方を選ばれました。
 師の御坊は光智さまに、
 「船酔いをしそうになったら、この丸薬をお服みなさい」
 と、緑色の粒を渡されました。
 「これはなんでございますか」
 光智さまが尋ねられますと、
 「秘伝の妙薬です。不空羂索観音に関する経文に書かれておりました。名前は書かれていなかったのですが、神変丸とでも呼びましょうか」
 とおっしゃいます。
 「ちゃんと、不空羂索観音の加持も込めておきました。霊験あらたかであろうと思います」
 ともおっしゃいます。

 船出は二月の二十日前後がいいだろうということになりました。そのころになると、冬の北風もおさまって、海も穏やかになるだろうということです。清水殿や水夫たちは一緒に行くわけですが、女たちも交えて別れの宴をすることになりました。夕食を食べてはならない出家がいるので、昼前から始めて、いつものように千代が唄って私が舞って、酒を飲む者は飲み、菓子を食う者は食い、賑やかに祝宴をいたしました。その日をかぎりに、わたくしは女装をやめて、男の衣装に戻りました。男どもが残念がりましたが、実はわたくし自身がいちばん残念であったかもしれません。

 その翌日の午後でございましたが、こんな話がございました。師の御坊と光智さまは清水の館の縁側に座っておられました。風はまだ寒うございましたが、天気の良い日で、午後の日射しが温かく照らしておりました。庭に鶏がいて、千代とわたくしは鶏に餌をやって遊んでおりました。
 黙って考えておられた光智さまがおっしゃいました。
 「お薬をいただいてから申すのもなんですが、加持祈祷などということは効くのでしょうか、仮にご祈祷をいただいていなくても、薬草をうまく組み合わせれば、効果があるのではないでしょうか」
 そんなことを言うと師の御坊は怒られるのではないかと思いましたが、かえってすこし笑われました。
 「禅宗の方々から見ると、密教は怪しいでしょうね。祈祷は、たしかに効かない場合もあります。むかし、私の師の文観阿闍梨は、皇后陛下がご懐妊なさるようにご祈祷をなさったことがあります。しかし霊験はありませんでした」
 「あれは鎌倉殿を呪殺する祈祷であったと聞いていますが」
 「それは嘘です。鎌倉殿が後醍醐の帝を追い落とすために流した嘘です。仮に鎌倉殿を呪詛する祈祷であったとしても、鎌倉殿はお元気だったわけですから、やはり効かなかったわけです。文観阿闍梨のような大力量の行者が祈祷しても、仏が加持をくださらなかったのは、あまり大きな声では申せませんが、施主の我欲が強すぎて、仏のみ心に沿わなかったのではなかろうかと思っております。しかし、効く場合もあります。たとえば、わが真言律宗の開祖興正菩薩叡尊さまは、蒙古退散のご祈祷をされましたが、これは効きました」
 「ひねくれて申すなら、たまたま風が吹いたということかもしれません」
 光智さまがそうおっしゃっても、師の御坊はむしろ面白そうに、
 「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません」
 とおっしゃいました。光智さまはさらに、
 「懐妊祈願であれ怨敵退散祈願であれ、仏法とは関係のない、世俗のことのように思えます」
 とおっしゃいました。
 「たしかに、衆生の求めに応じて現世利益を祈るのは、仏法の本筋である悟りを開いて仏になることとは、直接の関係がないように見えます。しかし一方で、衆生の苦を顧みないで、自分だけが悟りを開いて苦から解脱しようとするのでは、み仏の慈悲に沿わないことになり、仏弟子としてはいかがなものかと思います」
 「おのれが悟りを開かないままで衆生を助けようとしても、実際には我欲のために行動しているにすぎないのではないかと、私は怖れるのです。ですからまず自分自身が仏となって、それから衆生を済度すればいいように思うのです。そうでなければ、つまり我執のあるままで衆生済度を志すと、結局は私利私欲に陥ってしまうのではないかと思うのです。」
 「たしかにそういう行者もおりますね。布施を求め、名声を求め、あるいは地位を求めて、その手段として祈祷を使っている者もおります。それでもなお、救われる衆生はいるわけです。ということは、その行者は善業を積んでいることになりますし、かならずしも非難できることでもないのかもしれません」
 「ふむ。私は、あなたのような大善知識が、学問に専心するわけでもなく、座禅に専心するわけでもなく、人々のために薬を煎じたり、安産を祈願したり、病気平癒の祈祷を引き受けたり、臨終の祈願をしたりして暮らされるのが、もったいないことだと思ってしまうのです」
 光智さまは、いかにも残念そうな顔をしておっしゃいました。実際に、師の御坊は、人々が求めると、いつも快く祈祷を引き受けられましたし、近江でも難波でもここでも、師の御坊の祈祷は効果があると評判だったのです。
 師の御坊は、静かにおっしゃいました。
 「衆生が私を必要とするのであれば、衆生のために働きます。それだけのことです」
 光智さまはすこし考えられてから、おっしゃいました。
 「私はどうなんだろう。私は誰に必要とされているんだろう」
 「それは人間が考えることではないように思っています。仏が私たちを呼び出され、使われるのです」
 「み仏がわれわれを呼び出して使われるのですか」
 光智さまは、すこし不思議そうな顔をしてお尋ねになりました。師の御坊はゆっくりとおっしゃいました。
 「仏は形のない無限の慈悲です。その仏の慈悲を衆生のために形に表そうとするなら、さまざまの働きが必要になります。知恵があれば人々の相談に乗りますし、医薬の知識があれば治療しますし、土木の知識があれば工事のやり方を教えますし、死者がおればよい来生を祈ります。とにかく、なんであれわれわれが持っている力を、仏のお仕事のために使うのがよいと思うのです」
 こう聞いて、光智さまはすこし考えた後におっしゃいました。
 「ようやく密教というものがすこし見えてきた気がします。すこしぶら下げて考えてみます」
 「ぜひ、そうなさいませ」
 それで話は終わりました。早春の午後の日射しが暖かで、その中で鶏が餌をついばんでおりました。