野田俊作の補正項
             


高石昇先生を偲ぶ

2017年04月20日(木)


 高石昇先生が亡くなった。大学時代の精神療法学ゼミナールの指導教官だ。つまり、私の精神療法(心理療法を精神科ではこう呼ぶ)の最初の師匠だ。

 高石先生は世間では催眠家として有名だが、そんな幅の狭い人ではない。アメリカに渡られて、ウォルピの系統的脱感作療法を始めて日本に紹介されたし、同時にシュルツとルーテの自律訓練法も紹介された。さらに、ジェイ・ヘイリーについて戦略派家族療法を学ばれ、それと関連して、ミルトン・エリクソンの催眠技法と、グレゴリー・ベイトソンのコミュニケーション分析理論を学ばれた。そうして帰国された時代に私はゼミ生で、特にベイトソンのコミュニケーション分析をみっちり教わった。その後、もう一度アメリカに渡られ、アルバート・アインシュタイン医科大学におられた竹友安彦先生についてフロイト派の精神分析療法を学ばれた。弁慶の七つ道具みたいに、たくさんの技法を身につけておられ、患者の状況に応じてもっとも必要と思われる方法を使われた。

 高石先生は典型的な折衷派だったので、弟子たちがどういう精神療法技法を学ぼうと寛容だった。たとえば、東豊さんはアルバート・エリスの論理情動療法を紹介され、後にはブリーフ・セラピーの方向に進まれた。また福田俊一さんはサルバドール・ミニューチンの所に留学されて構造派家族療法を学ばれた。他にも故頼藤和寛さんや中川晶さんなど、多くのゼミ生がさまざまの新技法を学んで百花繚乱のありさまだった。かく申す私は、バーナード・シャルマンのところに行ってアドラー心理学を学んでかえってきた。高石先生は、それら各派の相違点に着目するよりも、ベイトソンの方法で見ると、およそ有効な精神療法には共通する基本構造があることを指摘された。つまり、メタ精神療法の位置で個々の技法を見ておられた。

 ひとつぐらいエピソードを書いておいた方がいいだろう。あるとき、私が大学病院で外来診療をしていると、隣の診察室で怖い先生が患者さんを叱っていた。反対側の診察室では犯罪関係者の治療をしている先生が強姦をした男の診察をして、そのときの様子を詳しく聞き出していた。当時の大学病院の診察室は隣の音がまる聞こえだった。その時の私の患者さんは社会恐怖症の若い女性で、左右の診察室から漏れ聞こえてくる怖い話にすっかりおびえてしまって、下を向いて黙ってしまって、診察がうまくいかなかった。その話をあとで高石先生にすると、「せっかくそんな珍しい状況なんだから、有効に使う方法を考えなければ」とおっしゃった。たとえば、叱る声を聞くとどんなことを思い出すかとか、強姦の話を聞くとなにを考えるかとか、与えられた状況に対する患者の内的なプロセスを明らかにすることで、治療の糸口が見つかるだろうということだ。このように、高石先生は、個々の技法のもうひとつ裏にある、精神療法家としてのもっとも基本的な心構えを教えてくださった。

 それからすこし経ってからのことだが、個人のコミュニケーション・パターンは冗長で、あらゆる場面で単純な型を繰り返しているという話をされたついでに、それを実感するには、サイコドラマの勉強をするのがよいとおっしゃった。その言葉が頭に残っていて、アメリカに留学したとき、サイコドラマの勉強をした。入院患者さん相手に週に1回、アデライン・スターという先生がされたのだが、同じ患者さんたちが毎週参加するので、なるほど単純な行動パターンを冗長に繰り返していることが実感できた。この体験は、いまでも、サイコドラマをしていないときでも、あらゆる治療場面で役に立っている。

 高石先生のお教えの基本は、1)個人のコミュニケーション・パターンには冗長性があること、2)しかもそれは《対称的な関係》と《相補的な関係》とに二分されること、3)神経症的なコミュニケーションの特徴は、《相補的な関係》の中で神経症者が《イニシアティブ》をとろうとする《神経症的策動 neurotic maneuver》にあること、4)治療者が患者の策動に乗せられないためには《上位相補性》の位置に自分を置くことが大切であること、5)そこで患者の策動が自己破産するようなメッセージを治療者が工夫すること、だったと理解している。いまはこういう術語は使わないが、それはどうしてかというと、アドラー心理学の心理療法は、こういうややこしい術語を使わなくても、まさにこの構造を持っているからだ。というわけで、高石先生に教えていただいた基本原理は、いまでも私の心理療法の基礎的な「筆使い」になっている。

 高石先生の学恩は、たとえば文字を教えてくださった小学校の先生に似ている。そのおかげで、私も他のゼミ生も、文が読めるようになって、自分に適した領域の勉強をすることができた。私はアドラー心理学を学んで、高石先生から教わった言葉使いを使わなくなったが、アドラー心理学の裏にある「下敷」は、先生から教わったことそのままだ。間違いなく、高石先生のおかげで今日がある。だから、先生のお教えは私の中で確実に生きている。私だけでなく、他の流派の心理療法を学ばれた同学たちについても、同じことだと思う。出てくる文は違うけれど、個々の文字の「筆使い」は、高石先生から学んだそのままなんだろう。先生のご冥福を心からお祈りする。