2007年7月アーカイブ

行ってきま~す

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金曜日からICCASI(第40回ルドルフ・ドライカース夏期研修)に行ってきます。

実は、私にとってはじめての、よーろっぱ上陸です。
どきどきわくわく・・・

今日、日本円をユーロに換金してきたのですが、1ユーロ170円ですよ。
高い!じゃなくて、円が安い!

オランダのアムステルダムから電車で1時間半、Elspeet という町へ。
そこからシャトルバスで森の奥の Mennorode という研修施設(いちおうホテル?)に行き、
2週間、かんづめ状態で、アドラー心理学のお勉強です。

できるんかいな?・・・
なにをいまさら・・・ですが。

去年のNASAPのときもそうだったんですけど、
いつも「行きたい!」という強い衝動のもと、ものごとを始め、
直前になって、けっこう精神的に負担になってきます。
行ってしまえばなんとかなるかというと、
なんとかなる部分もありますが、なんとかならない部分も、やはりあることはある。

マインドがいろんな不安をがなりたててうるさいのですが・・・
こうなったら、あんまり考えずに
楽しんでくるしかないですね。
なんとかなる部分は、きっとなんとかなるのだから。

第1週目は、
Hala Buck 先生の Cross-cultural Understanding through Art Therapy というフルデイクラス。
この先生の別のクラスには、去年松田郁子さんが参加されて、
詳しい報告を最新号の『アドレリアン』に書いてくださっています。
12人の限定クラスです。楽しんでお絵かきしてきます~

第2週目の午前は、
Introduction to Individual Psychology という基礎講座を受けるつもりだったのですが
何かの都合でそれがなくなってしまって、
しかたがないので(と言ってはいけないのだけれど)
大きなJ先生も出られる
大きな John Newbauer 先生の Spirituality and Mental Health というコースを受けることにしました。
きっとこれは、ちんぷんかんぷんだわ。

2週目の午後は、Marion Balla 先生の Managing Life Changes です。
これも18人と人数制限のあるクラスなので、じっくりしっとりとシェアリングしていくのではないかしら。
どんな先生かどんな内容か見当がつかないのですが、
案外これは、ちょっと期待できるかもしれません。

去年のNASAPで私は、
人数の少ないゆったりしたクラスでなら、なんとか意思疎通をすることができるのだけど、
人数が多くて意見の飛び交うにぎやかなクラスには、とても馴染みにくいことがわかりました。
日本語でもその傾向はありますが、英語で外国の人の中にいると、なおさらみたいです。
だから今回は、英語力の不安はあるのですが、
あえて少人数のクラスにチャレンジすることにしました。

たどたどしい英語をしゃべる私は、きっとネイティブからみたら
幼稚園か小学校低学年の子どもぐらいの表現力しかないと思うんです。
でもそのままの、いわば裸の自分で、どこまで人とコミュニケーションをとれるのか。
その場合、私のいったい何が相手に伝わって、何が伝わらないのか。

すこぅし、楽しみです。

あとは、着いてすぐの週末と、1週目と2週目の間の週末を利用して、
せっかくオランダまで行くのですから、
アムステルダムの国立博物館でレンブラントを
フェルメールを
それからゴッホ美術館でゴッホを。
ベルギーのアントワープにも足をのばして、ルーベンスを
鑑賞してきたいと思っています。

これは、文句なしに楽しみ!

英語のレッスン2

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英国人女性との英会話のレッスンは
けっきょく4回ほどで、いまのところ中断しています。
パセージを英語で伝えようという計画は、まだ2ページ目に入ったばかりです。

ですが、パセージ1ページ目の「子育ての二種類の目標」について
2回にわたるディスカッションを経て、彼女と合意することができたのは、
おおきな収穫でした。

<子育ての行動面の目標><子育ての心理面の目標>は
いずれも抽象語で表されたスローガンです。
これらの目標を、できるだけ私の言葉で伝えようと、挑戦しました。

行動面の目標:Behavioral Goal
1. 自立する: To be independent
2. 社会と調和して暮らせる:To function (serve) well in society

心理面の目標:Psychological Goal
1. 私は能力がある:To have confidence to respond or organize the situation
2. 人々は私の仲間だ:To have feeling of sharing (cooperation with each other)

いろんな例を使っておしゃべりしたあげく、とりあえず上記のようにまとまりましたが、
特に行動面の目標の2については、まだまだ考察の余地があると思います。
しかし心理面の目標の2は、かなりうまく訳せたのじゃないかしら・・・

ちなみに今、 BASIC APPLICATIONS OF ADLERIAN PSYCHOLOGY の
"Social Interest(共同体感覚)"の項を開いてみると、

"I have my place(私には居場所がある)"とか
"At homeness (belongingness) with mankind(人類への所属感)"
"Willingness to contribute to others(他者へ貢献する意志)"
"Participation for the commonweal(公益への参加)"
などと書いてあります。
ほんと、抽象語ってむずかしいですね!

ひとつひとつの単語のもつ意味や重さを、大切に大切に扱わなくてはと感じました。


ところで一昨日と昨日、横浜に行ってきたのですが、
東日本地方会のワークショップにむけての前夜研修で
「エピソードからスピーチを取り出す」という練習をしました。

スピーチというのは、エピソードの中核部分(「エピソード事態」episode event)で
先生のカウンセリングなどを見ていると、するするとこれを取り出しておられるのですが、
私たちがやると、これがなかなかむずかしいのです。

「日本語の構造が論理的でないからだ。英語でなら簡単だよ」と、試しにその場で
大きなJ先生にむかって、英語で私のエピソードを語るはめに陥ってしまいました。
(ほんの3,4人しか聴いておられなかったから、よかった(^_^;)

でも、エピソードをひととおり話したあと、
"Which part impressed you most in that story?"
(その中でもっとも印象に残ったのはどこですか?)
と尋ねていただくと、
「おお、イン・プレスね!私の胸にプレス(刻印)されている部分のことね!」と、
まるで焼きごてを押しつけられ、くっきりと残った緋文字のように
もっともありありと心に残っている部分、
もっとも感情の動いた部分を、すらすらと答えることができました。
日本語の「印象的」という言葉に比べ「インプレス」という単語は、
ずっとインパクトがあるように感じました。

そして英語だと、論理的に答えざるをえないことにも気がつきました。
中途半端な説明では
相手の外国の人が「ワカリマセーン」と不満な顔をしそうなので、
きちんと具体的に話すしかないのです。

たとえば、日本語では
「そのときの感情は?」と尋ねられたら「不安だったんです」と答えて終わりですが、
英語では "I was anxisous about~(~に関して不安でした)"とか
"I was anxious that~(~ということが不安でした)"というように
構文上、必ずその理由がつきますね。

いかにふだん漠然とした話し方をしているか、つくづくと感じました。
この曖昧さが日本語の素敵なところでもあるのですけど。

単語のレベルに加えて文のレベルでも、言語を大切にしなければ。

「言葉の前に考えはない
言葉があるから考えが生まれる」

だとしたら、論理的に話せないあいだは論理的に考えることはできないし
論理的な言語を使う人々が論理的に思考するのは当然のことのように思います。
超論理的な言語といわれるドイツ語のオペラ(ワーグナーなど)を聴いていると
彼らはものすごく理屈っぽく恋愛していますものね(^_^;)

英語のレッスンを通して学んだことは
「言葉(日本語)をたいせつにすること」!
でした。逆説的ではありますが。

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