2007年11月アーカイブ

枝葉

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宿題報告用のスライドを、自分で作ってみることにしました。
はじめて触るパワーポイントです。

あれこれ失敗しているうちに
少し要領がわかってくると、
字の大きさを変えたり、字体や色を変えたり
イラストをあちこちから探してきて配置したり

まさに枝葉末節に凝ってしまいます。
これはとてもとても楽しくて、果てがない!

泊まりに来た息子に
ねえねえ、パワーポイント教えてよって言うと、
「よっしゃぁ」とアニメーションの作り方を教えてくれました。

おもしろ~い!
字が横からきたり、上からきたり、斜めからきたりできるし
グラフだって一項目ずつ、順番に表示できる~
さわいでいると
「何がそんなにおもろいねん。
それより中身でしょ」と、
息子にまで言われてしまいました。
(>_<)

高3の受験生である彼の本番は、1月のセンター試験です。
私はあと20日ほどだけど
風邪をひかないように、いっしょにがんばろうねぇ。

ちなみにアニメーションは、J先生にあまり使わないようにと言われてしまいました。
でも、ちょっとぐらいはねえ。
ちょっとだけ、ちょっとだけ使いますね。

大きな幹

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総会の宿題報告のための研究を進めています。
はじめはどうなることかと思っていましたが、
各地の自助グループにご協力いただいたおかげで
なにがしかお話できることが見つかりました。

いま、それをラストスパートでまとめていますが、
限られた時間に
ややこしい内容を
(といっても、ものすご~く面白い内容なんですよ!宣伝(^_^)v)
いかにわかりやすくお伝えするか
に、苦慮しています。

先日、大きなJ先生とお話ししていて
「きみは枝葉(えだは)のことにこだわりすぎる。
わかってもらうために最大限の努力をしなくてはいけないが、
それは本質的なことではない!」
と怒られました。
(よく怒られます)

「では、本質的なこととは何か?」と尋ねられ、
しばらく考えて答えました。
「正しく伝えることですか?」

「そうです。
きみが信念をもつこと、
きちんと哲学をもつこと。
それを伝えるんです。
それが全ての研究者のとるべき態度です」

・・・・・
研究などに縁のなかった、ただのオバサンの人生で
このたびの試練は
あまりに学ぶことが多すぎます。

しかし、高邁すぎるお話に呆然としながらも
なんだか
じ~んと感動してしまいました。

できるかどうかは、もう考えません。
今やることをやっていくだけです。

考えるによいもの

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このところもっともヒットしている二項対立は、
考えるによい と 食べるによい
(=役にたたない と 役にたつ)
です。

アドラー心理学に初めて出会ったのは、15,6年前のスマイルで
もちろん、育児の役にたてようとして学びました。
おもしろ~いっていうのもあったけど、
やっぱりどっちかというと、すご~い、うまくいく~という感覚でした。

それが
なななんて、おもしろいんだっ!
と思ったのは、私にとっては基礎講座理論編でした。
人間というものを、こんなにもシンプルに表すことができるのかと
目からうろこがボロボロ・・・

パセージや基礎講座応用編とちがって、
実際に役にたてようなんて気はさらさらなく、
ただただ難しい理論のお話が、あんなにも面白かった・・・

そんな衝撃があってアドラー心理学にはまったのに、

いつのまにか
子どもとよい関係をむすぶにはどうすればいいか
いま目の前の人を援助するにはどうすればいいか
この課題にどう対処すればいいか
「食べる(=役にたてる)」ことだけに、一生懸命になっていました。

それはそれで、ちっとも悪いことではないと思うのですが

もっと人間的な、たのしさ、おもしろさ、からは
離れてしまっていたような気がします。

でも私だけじゃなく、ひょっとしたら
世の中の人みんな、食べるによいものばかりに気をとられているのじゃないかなあ。

およそ恋愛も信仰も、学問への情熱も、
考えるによいもの(=役にたたないもの)であって
食べるによいもの(=役にたつもの)ではありません。

もっとこころの深いところを揺さぶるような
役にたたない情熱を
思い出したい

と、近頃とみに思います。
余裕のない生活をしているもんで・・・(/_;)

二項対立

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火曜日の抄読会で、「二項対立」のことを習いました。
・・・前から習っていたのですが、よくわかっていなくて
今回やっと学びました、と言うほうが正確でしょうか。

男と女
昼と夜
大人と子ども
光と闇
聖なるものと俗なるもの
神と悪魔

レヴィ・ストロースさんが言うには、
人間はこの世のものを全て二項に分類する性癖があるのだそうです。

「二項対立(たとえば"男/女")は緊張を作りだし、
その緊張は媒介項(たとえば"両性具有者")を使って解決されると考えられる。
ところがその新しい項が、新しい二項対立(たとえば"両性具有/無性")の一項に転じ、
その過程が無限につづく、というのである」(『神話と意味』序より)

昼と夜との間の媒介項は、夕方です。
夕方は朝方との二項対立をつくりますね、たしかに。

大人と子どもの媒介項は、若者だろうけど
若者はまた、老人と二項対立します。

光と闇の媒介項は薄暗がり?薄明かり?
聖なるものと俗なるものとの媒介は?凡なるものだろうか?
神と悪魔の媒介項は、人間だったりして。

そんなことを考えていると、このブログにむかし書いた
「すがたとかたち」というのも二項対立だったことに気がつきました。

この世のあらゆるものを、こうやって分類することが、人間は好きみたいです。
なぜかって、おもしろいから。

だって、ほんとに厳密にすべてをふたつに分類することなんて、できないです。
だけど、こうやって大きく二つに分けて言ってみると、なんだか
ホントにそうねって気がして、すっきりしませんか?
だから、こうやって考えること自体が、ヒトは好きなんですね。
きっと大昔から。

まだまだあるぞ

白と黒
天国と地獄
愛と憎しみ
陰と陽


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