2008年3月アーカイブ

からだをととのえる

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縁あって
生まれて初めてアロマテラピーなるものをうけました。
セラピストさんとの相性もあるでしょうが、
とてもゆったりとした、素敵な体験でした。

最初にセラピストさんとお話をして、私に合った精油を決めてもらいます。
肩が凝っていることや目が疲れていること、
ときどき不眠があることなどを伝えました。
彼女がいくつか選び、さらにそれを
「どうですか?これは好きな感じの匂いですか、嫌いな感じの匂いですか?」
と聞いてもらいながら決めていきます。
そうして、クラリセージ、サイプレス、ローズウッド、の3つを選びました。
合わせて嗅ぐと、あら不思議、
ひとつずつで嗅いだときとは違う、甘~い香りになっています。

さて今回、初めてにもかかわらず、1時間半の全身コースを奮発しました。
鍵をかけた奥の部屋で着替えます。
ピンクの岩塩ランプが祭壇のようなところに灯され、
壁や出入り口にはやわらかい布が幾重にもかけてあります。
天井付近には、白いハトが飛んでいるモビールが吊られ
濃いブルーのタオルに包まれた寝台が部屋の中央に・・・

おお、あやしい~(^_^)
やさしい癒やし系ミュージックは、
私が普段聴いているマントラほどあやしくはなかったけど(^_-)

香りを染ませたハンカチを顔の近くに置いてもらって、
まずは背中から、うすめた精油でマッサージしてもらいます。
背中、肩、腰、続いて両脚と足、両腕と手、最後に首から胸の上部と、頭。
あまりに気持ちがよくて、頭のときは途中から眠ってしまっていました。

「腰の後ろが冷えていますが、腎臓が悪いと言われたことはないですか?」
「左肩の方が張っていますね・・・」
「右太ももの筋肉が固くなっていますね。ここだけ別の精油を使いましょう。。。」
いろんなことが、からだを触るだけでわかるようです。
右腕の内側をマッサージしているときには、「あ、ほんとに目が疲れていますね」
いろんなことを、からだは喋っているのですね。

下半身を温めるために、ホットストーン
(こぶしほどの大きさの玄武岩を温めたもの)
というものを、第1のチャクラに置いてくださいました。
しばらくの間、適度の熱さが続いて、とても気持ちがいいのです。
むかし生理痛のひどかった頃、温灸というのをその部分にしたことがあったけど
お灸なので煙と匂いがひどくて、続けられませんでした。
石を乗せるのなら手軽です。
これはあとで、首の後ろにも入れてもらいました。

ほんとうに一生懸命やってくださるので、ありがたくて、
ひとりひとりのからだに合わせる大変なお仕事ですね・・・と話しかけました。
「そうですね。でも終わったあと、治ったと言っていただいたり
喜んでいただけたりするのが嬉しくて、それでやっています」

ご両親も、やはりこういう施術の仕事をされているのだそうです。
小さいころから実験台に使われてきたのだと、笑って言われました。
久しぶりに実家に帰ってやってもらったら、
父の腕がまったく衰えていなくて嬉しかった、とも。

すべてが終わって服を着てから
おいしいハーブティーを出してくださいました。
体がぽかぽかしています。
「汗は全然かいてないんですけど、なんだか内側からぽかぽかです」
「それを目指しているんですよ。汗をかいたら精油が流れてしまうので。
ほんとにいい血色になられて、良かったわ!」

そう言って喜んでいる彼女の顔が、ほんとうに嬉しそうで
ああ、この人は、ほんっとにいい人なんだなあ、と思って
からだ以上に、心もあたたかくなりました。

少し遠いところなのでしょっちゅうは行けないのですが、
年に1度ぐらいは、この人のところでからだをととのえるために
散財してもいいかな~と思っています。

美容師さんにしてもアロマセラピストさんにしても、
それが天職の方に出遭えるのは、稀なことですものね!

論理的に

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基礎講座理論編を受講しました。
以前、理論編を受けたのが1999年秋でしたから、
かれこれ8年半ぶりです。

以前の理論編のノートは、私にとってのバイブルだったのですが
今回のノートも、きっとバイブルになるでしょう。

アドラー心理学体系を、常に全体を見据えながら
4日24時間にわたって
まったく初めての人にも誤解のないように
ひとつひとつ、わかりやすく講義してくださった野田先生に
心から感謝します。

アドラー心理学は大切な人類の宝だから
この宝の輝きをそのままに
次の世代に伝え継がなくてはいけない。
そういう思いが、痛いほどわかりました。

私たちも大切には思っているのです。
でも私たちは、それを「どうやって」大切にすればいいのか、
往々にしてわからないでいます。

理論編を学んで、その「どうやって」を改めて考えてみると

おそらくは、言葉(用語)を、細心の注意をもって正しく使うこと。
アドラーやその他の過去の文献を読むこと。
それから、論理的にものごとを考えること。
ではないかと思います。

論理っていうのは、
ふたつ以上の文のつながりの中にある筋です。
そして「論理的に」というのは、目下の私の課題です。

私の筋って、わりと飛躍するんですぅ・・・(-_-;)
自分ではわかりやすく話したり書いたりしているつもりでも
人々にはわかりにくいことが多かったりして。
逆に一方では、何かを聞いたときに直感的に跳ぶことができて
それが人々の筋の延長線上にあるときは、
「当たり~!」ということもあるのですけど。
でも、
誰もがわかる筋道で文と文をつなげるって、難しい!

こういうことを切実に感じたのは、実は生まれて初めてです。
今まで、いかに「論理的に」に縁なく過ごしてきたかが、バレてしまいますね。


昨年12月の総会の宿題発表の研究を、
いま、論文にまとめる作業をしています。
論文って、論理的な文っていう意味でしょうか。。。
何度も書いては、また書き直しを繰り返しています。

私が言いたいことを書くのではなく
人々に伝えるべきことを伝わるように書く・・・

ああ、エッセイだったらもうちょっと楽なんだけどなぁ・・・
でもやっぱりアドラー心理学を大切にしたいと思うし
そのためにはやり遂げないといけないな、とも思います。

私のもつライフスタイルに、ライフタスクがやってきています。
ここで私の選択する行為は、
やっぱりがんばろう!しかないな。
ブツブツ言わずに、はい、やりま~す。

春の初めの日

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息子が大学に合格しました \(^o^)/
ワンチャンスをものにした快挙・・・
と、私は思っています!

小さいころから絵が好きで、
大きくなったら「絵描きさん」になりたいと言っていました。
小学校6年生でとてもいい担任の先生との出会いがあって、
中学卒業の頃には、将来は先生になると決めていました。

大阪の教育大学の中学校教員養成課程の
美術専攻です。
学科試験は、1月のセンター試験のみ。
2月末に、3時間で5点の対象物を描く鉛筆デッサンの実技試験を受け、
それで合格が決まりました。

ここに以前に書いたことがありますが、
受験塾にも画塾にも、通い出したのは高3になってから。。。
さすがに大変だったようで(^^;)
秋からは画塾を休んで、まずはセンターに向けての勉強に集中していました。

センターが終わってからは、今度は、絵に全力投球。
1日1枚デッサンを仕上げることを自分に課して、
毎日、自分のホームページに完成させた絵を掲載していました。

画塾の先生からは、
褒められるときはかなり褒めてもらえるのだけど、
タッチが「雑だ」とか「うすい」とか「小さい」とか、
厳しいことをずいぶんたくさん言われたようです。
試験の1週間前にもこてんぱんに言われ、投げ出したくなったそうです。

どの友だちもセンター試験から前期試験にかけての1ヶ月は、
それぞれの進路への対策や、私立大学受験やらで必死ですから、
ともかく息子は、毎日毎日、画塾か、誰もいない家で、
誰とも話さず、ひたすら、ガラス瓶やリンゴやタマネギや、
ティッシュやタオルやペットボトルを描き続けました。

  whisky.jpg

思えば彼が高校に入学した翌日に、私は家を出たのでした。
生活が激変した中で、日常のこまごましたこと、
友だちとのことや勉強のことやちょっとした悩みなど、
ほとんど親にたよらずに、彼は乗り越えてきたのだと思います。
ほんとによくがんばったと思います。

私がいないのによくがんばった~(;_;)、と言いたいところですが、
まあ、うるさい私がいなかったからこそ合格した、
とも言えるかもしれませんね(^_-)


今朝の10時に、彼から合格の報をうけ、
陽ざしに誘われて、ふらりと近所の梅見に出かけました。
白梅が美しく咲き、香っていました。

この3年、彼もですが私も、なんだか必死に走り続けてきたように思います。
今日は私の、春の初めの日です。
そろそろ、生活を少し変える時期がきたのかもしれない
なんとなくそんな気がしました。

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