2008年6月アーカイブ

問題の解決

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補正項に書かれてしまったので
あ、いや書いていただいたので(^^;)
こちらでもちょっと関連して。

いつもポンクラの終わったあと、私なりに
会の中で何が起こったか、何をどう扱っていったかをまとめて
アドラーネットのムーブメントの中で報告をして
またその一部を、ホームページのポンクラの部屋にあげています。

で、先日のポンクラ6月の報告文を書いていて、ふと疑問がわきました。

話題提供者さんは、すっきりした!と明るい表情で帰っていかれ
少しはお役にたてたみたいで良かったのです。
後日談でも、よい方向に向かっておられるようでしたし
メンバーさんたちも、とても積極的に質問や意見を出してくださり、
課題の分離や整理の過程で、さまざまな勇気づけもなされました。
みんなで話題提供者さんに貢献することができたと、私は思っています。

それはそうなのですが。。。
何がひっかかっているかというと

私は昨年、自助グループに関する研究を行いました。
そしてアドラー心理学自助グループの目的は、次の3つであると結論づけました。

1)アドラー心理学の理解を深める
2)参加者の問題を解決する
3)解決に貢献する体験をする

この、2)「参加者の問題の解決」のところです。
私は、ふかく考えずにこの言葉を使っていましたが、
もとより、問題の解決って何をもっていうのでしょうか?
そこにいない相手との対人関係は、自助グループの場では「解決」しませんよね。

このあいだのポンクラでは、ようするに
話題提供者さんの問題の整理をしたにすぎません。
代替案を出したわけではないし
ライフスタイルをきちんと分析したわけでもありません。
問題を整理して、方針を確認して・・・
たしかにこれは、これだけで援助になっていたとは思います。

でも、目新しいことは何一つ持って帰っていただかなかったように思います。
すべて話題提供者さんが既に知っておられたことを
ご自身で語り直されたことと、みんなの力とで、
思い出していただいたというか、再確認していただいたというか。。。
これは、問題の解決と言っていいのでしょうか?

そんなことを火曜の夜に、報告文を書きながら考えていて、
たまたま翌日、野田先生と別の話題の中で思い出したので
「問題の解決って何なんですか?」と、ちょっと唐突にお尋ねしてみました。
答えは簡潔でした。

問題の解決とは、
問題の解決法を知ること
=クライエントが、自分で考えるための筋道を学ぶこと

つまり、話題を出された今困っている方が、
グループの中で、場の力やみんなの力を合わせて考えていくことによって、
そのエピソードを通じて、解決のための方法に慣れ、
次にくるエピソードをどう扱っていくか、どう整理していくかを
学んでいっていただくこと。
なのか~!

そうすると、今回のように、みんなで話題提供者さんのお話を
ああかな?こうかな?ひょっとしてこういうことじゃないかな?と
2時間半かけていっしょにゆっくり考えて、
ああそうです、そうです、とご本人が納得されて
すっきりしました~という状態になったというこのプロセス全体が、
「問題の解決法」をいっしょに学んでいたことになるのかな?

おかしな話ですが、いままで私が習ってきたさまざまなこと
「代替案は問題ではない」とか
「カウンセラーが答えをだしてはいけない」とか
「構造を学ぶことによって学習Ⅱがおこる」とか
「パセージもワークショップも、そのためにある」とかいうことが、
いきなり一本の線につながった気がして
(@_@)「おおっ」「そうなのかっ」と感動してしまいました。

今までつなげられていなかった私がおバカなだけ?
かもしれません~

でも、遅まきながら、これがわかったおかげで、
これから何を意識して動けばいいのか、はっきりしました。

そのできごとの解決ではなく、
いっしょに解決法を考える、そのプロセスを
もっとていねいに
もっとゆっくりと浸透するように

やってみま~す(^o^)
メンバーのみなさん、またよろしくお願いしまーす

Identity

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福田和也『すべての日本人に感じてほしい 魂の昭和史』(小学館文庫)
という本を読みました。

昭和35年生まれの著者が、
「ずっと僕よりも若い、豊かな時代に生きる君たちへ」
と、わかりやすく語りかけています。

右傾の度合いも、わりと低めです。
漢字も少ないし字も大きいし(笑)
あんまり学校で年表を覚えてこなかった私にはぴったりです。
若い人向き、まあ、つまりはオバサンにも向いているわけですね。

幕末の開港以来、時代に翻弄され続けてきた日本。
そのときそのときの人々の喜びや悲しみや、
そうせざるをえなかった選択や
踏みとどまることがどうしてもできなかった愚かさが
世界の流れの中で、巨視的に捉え直されています。

さらにこの本のいいところは、
価値判断を、注意深く保留しているところだと思います。
最後の、ちょっとうるっときてしまったあたりの引用を。

☆☆☆☆☆☆☆

自国を愛し、誇りに思うということ。
それはけして偏狭なことではないし、その外側にいる人たちを排除することでもない。
自分が今生きているというこの背後にある、蓄積というものをきちんと受け止め、それに共感をし、ある種の苦さを味わいつつ愛情をもつことだ。
その蓄積に、意識的であるということだ。
そういった愛国心に立つのならば、やはり自分たちの過去にたいして真面目であらなければいけないと思う。
・・・それがかなえば、それをどう語るとか、あるいは外交的にどうするのか、といったことは、ごくごく小さな問題だ。侵略といおうが、聖戦といおうが、君たちがそういった切実な視線で過去を眺めた末の結論ならば、どちらでもいいと思う。

☆☆☆☆☆☆☆

たしかに、去年一昨年と、少しだけですが外国に行って
いわゆる「国際的」な場に身を置いてみると
いかに自分の場合、日本人としてのアイデンティティが希薄であったか
身に沁みてわかりました。

オランダのおじさんが、私に
「日本は第二次世界大戦中に、オランダ人女性を従軍慰安婦にしたことがあるんだ」
と言ってきたことがありました。
わけがわからないでいる私に、「知らないのか?従軍慰安婦のことを。
日本軍はインドネシア(当時オランダ領)でやったんだよ」。
「別に君を責めているわけじゃない」と彼は言っていたけれど、
どんな顔をして私は、話を聞けばよかったのでしょうか。

今だったら答えることができると思います。
「日本人も悪いことをしたかもしれません。
でもそれは、軍として、組織として、したことではないと思います。
戦場という異常な場で、一部の日本人が起こしたことかもしれませんが、
同じような過ちは、他の国の人にも、ないとはいえないのではないでしょうか」

「軍隊で日本に行ったことがある。~~という基地にいたよ。知っているか?」
と話しかけてきたアメリカのお年寄りもいましたし、
「孫が日本のこと大好きなの。日本の友人ができたって孫に知らせたいから、
どうかここに日本語でメッセージを書いてくれない?」と頼んでこられた
南部なまりのアメリカのおばあさんもいました。

よかれあしかれ、
私という個人は、日本で生まれ日本で育ち日本の文化を背負っています。
そこから自由になることはできず、
その上にしか私という個人はいないのです。
個性とか自我とかいうけれど、
バックボーンなしに誰も存在することはできません。

今になって、あらためて Hala Buck の言葉を噛みしめています。
「自分と自分の国を知ること、それがクロスカルチュラルということよ」

8月の初めに、今度は私はリトアニアの国際学会に行きます。
毎年、ほんの少しずつだけれど大人になって、
胸をはって、参加してきたいと思っています。

ハタヨガ

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近所のフィットネスクラブに通い始めて
もう半年ほどたちました。

私はぜいぜいはぁはぁするのが絶対的にキライなので
(だからビリーズブートキャンプは即、脱走・・・)
ゆったり系のクラスにしか、参加しないことにしています。
ワガママではありますが、もうこの年ですからね、
無理したら体に毒でしょう、と勝手に思っています。

もともと運動大嫌いで生きてきましたので
近頃のフィットネスクラブのように
ゆっくりと体を鍛えるヨガやピラティスなどのプログラムがなかったら、
きっと一生、からだを
ちょっとがんばって動かしてみることなどしなかったと思います。

ヨガのプログラムにも、正統系、美容系、筋力アップ系、といくつかありますが、
その中でも瞑想を取り入れたヨガ(ハタヨガ)が、特に気に入っています。
「下を向いた犬のポーズ」など、いくつかの動作を連続して行っていくのですが、
常に深い呼吸(ウジャイ呼吸というらしい)を意識していきます。

ふだん使わない筋肉を使うので、
きついときは、知らないまに呼吸が止まってしまっています。
が、そこでがんばって意識して、深い呼吸を続けていると、
吐く息とともに、少しずつポーズが深まっていくので、不思議です。
毎回、ゆったりと動いているだけなのに体があたたまって、
じわ~っと気持ちいい汗をかいて終わることが多いです。

また、同じハタヨガのプログラムに出ても、
インストラクターの誘導の仕方と
その日のこちらの体調とによって、
キツイ~と悲鳴をあげっぱなしの日と
すっと集中できてアサナ(ポーズ)の決まりやすい日とがあり、
いつも発見があって、これもなかなかおもしろいです。

おかげで、自分のからだのクセもなんとなく分かってきました。
わりと難なくできるアサナと
ど~~してもできないアサナとがあります。
たとえば、片足バランス系(ガルダ・アサナなど)は、わりと得意みたいなのですが、
開脚して前屈するポーズ(ウパヴィシュタ・コーナ・アサナ)は、
もう見事にダメでございます!(>_<)

どうやら骨盤の傾きかげんと、腰の筋力不足のせいみたいです。
でも腰の筋肉ったってねえ・・・
そんなのどうやって鍛えたらいいのかしらね。

いくつかのアサナを覚えましたが、私は戦士のポーズ(ウィーラバッドゥラ・アサナ)が好きです。
3種類あるんですが、どれもかっこいいんですよ~
さすがCタイプでしょ。

ヨガマットを買って自宅でもできるようにしようかなって
本気で考慮中。
どんな色にするか迷ってます。

右傾

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チベットのことや聖火リレーのことや
パンダのことや四川省の地震など
最近いろいろとあったので、
おもに中国との歴史関係の本をたくさん読んでいます。

最初に読んだのは
宮脇淳子という学者さんの『世界史の中の満洲帝国』(PHP新書)という本でした。
なんだか紀元前から説き起こしてある壮大な論で、
なかなか近代史までたどり着かなくてたいへんだったんですけど、
価値判断や政治ぬきで、ともかく満洲の歴史を教えてくれました。

それから、『「真相箱」の呪縛を解く』(櫻井よしこ/小学館文庫)
『歴史の嘘を見破る(日中近現代史の争点35)』(中嶋嶺雄編/文春文庫)
と立て続けに読んで、きわめつけが
『逆検定・中国歴史教科書(中国人に教えてあげたい本当の中国史)』(井沢元彦・金文学/祥伝社黄金文庫)
でした。
この順に右傾化がすすんでます(笑)

いろいろ読んで思うのは、歴史って何なんだろうっていうことです。

太平洋戦争中の日本の軍事教育も一種の洗脳だったと思いますが、
敗戦後のアメリカGHQによる対日本人の洗脳のすさまじさ。
アメリカにとって都合のよいあらゆる歪曲が、
巧妙にウソとホントを織り交ぜて、
当時の唯一の娯楽であったラジオで(「真相箱」という番組です)
3年にもわたってほぼ毎日放送されました。
内容は、悪しき国日本のひきおこした悪しき戦争、です。
GHQが制作していたにもかかわらずNHK制作ということになっており、
番組開始当初は、NHKへの抗議が殺到したといいます。
さらにGHQは検閲の事実すら伏せていたというのですから、驚きです。

終戦直後の虚脱状態の中(昭和20年12月9日から開始されました)、
まことしやかなプロパガンダを繰り返し聞かされたら、
最初は、あれ?おかしいなあ、と感じた人々も
ほんとのところはどうだったのか
そのうちわからなくなってしまうのは当然ではなかったかと思われます。

私の父は医学生であったために徴兵を免れましたが、
同年代の友人の多くは、徴兵され戦死しているはずです。
母は終戦当時16歳で、学徒動員もしたし、千人針も縫ったといいます。
フィリピンで戦った後帰国できた伯父も
結婚前にシベリアに抑留されていたという伯父もいます。

戦った兵隊さんたちを実際に知っているその年代の人たちにとって、
「残虐で極悪非道な日本人」というアメリカの宣伝は
どのように受け取られていったのでしょうか。
彼らが個人的な体験以外のことをあまり多く語らないのは、
長期にわたる(今ではアメリカによらずマスコミによる)洗脳に
やっぱり心の底では「?」マークが出ているからではないでしょうか。

ほんとのところはどうなのか。
それは、結局は一次資料(当時の公的機関の正式記録)にあたるしかなくて
「虐殺があった」と証言する人がいても、
「そんな事実はなかった」と言う人がいても、
どちらも二次資料なので、判断はできません。

上記の『歴史の嘘を見破る』の中嶋嶺雄さんは

「加害者と被害者という座標軸は、それを民族の論理で切るかぎり、そのときどきの民族間の力関係によってどのようにでも設定できることになってしまう」(p.20)

と書いておられますが、
ほんとうにどの立場の者がどの論理で切るかによってどのような歪曲もできるし、
その歪曲に基づいた教育も可能なのだと知りました。

そして今まさに、それが行われているのが、
現在の中国であろうと思われます。
いやほんとに、日本の教科書についてあれこれ言う前に、
自分の国の教科書を見直してほしいですね。。。

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