2008年11月アーカイブ

大阪の地下鉄は・・・

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引っ越してちょうど1週間たちました。

ようやく目に見えるところの段ボール箱は消えました。
といっても、まだ押し入れや引き出しの中はカオスです。
こたつを出してくつろぐには、まだ遠いです。

先週、引っ越した翌日からお仕事に行っていました。
いま、私は週に2日は阪急西宮に
別の2日は大阪の北浜に、通っています。

どちらへ行くにも、早いめに余裕で家を出ているつもりなのですが、
なんだか知らないけど、思ったより時間がかかってしまいます。
特に西宮へ行く日は、2日とも遅刻してしまいました~(-_-;)

家から地下鉄の駅まで、歩いて約10分です。
地下鉄に乗ってしまえば、梅田まで10分ほど。
梅田で阪急に乗り換えて、あとは特急で15分。
ラッシュの時間帯なので本数は多いし

だから、乗り換えで歩く時間を入れても
自宅から西宮の職場まで1時間もかからないだろう~~
と思うんですけど、
実際かかってしまいます。

なんでかな~?と考えて、気がつきました。

大阪の地下鉄って、
思ったより深いところを走っているんです(*_*)

御堂筋線はアドラーギルドのある線なのでご存知の方も多いでしょうが
大阪地下鉄にはほかにたくさんの路線がありまして

四つ橋線・御堂筋線・堺筋線・谷町線なんていうのが南北に走り、
それらと交叉して東西に
千日前線、長堀鶴見緑地線・中央線なんていうのが走っているんですけど
こんな路線、ご存知ですか?
ふつうあんまり知りませんよね。
大阪で育ってない者にとって、これらはまさに謎の線です!

で、御堂筋線が地下1階あたりを走っているとして、
交叉している路線たちは、
地下2階、地下3階ぐらいを走っているのではないでしょうか。
ホームに降りていくエスカレータの長いことから考えて。。。

そういえば、以前、東京で大江戸線だったかに乗ったときも、
あまりにエスカレータが長くて、地下深くにぐんぐん降りていくので
少し怖くなったことがありました。

自宅から駅の地上入り口までが10分でも、
そこから改札口まで、くねくねと階段を2つ3つ降りて
改札を通ってからもまだ油断できなくて、
長いエスカレータで、さらに、もぐらなければなりません。
降りている途中で電車の着く音がしても
人が多いと走れないし、次の電車を待つはめになり
へたすると、電車に乗るまで20分以上かかるときもあるのです!

このあいだまでの最寄り駅では
まだ駅の外にいても、踏切が鳴り出してから走って
間に合ったのにぃ(>_<)

ううむ。大阪人となるためには
これらの地下鉄を使いこなすことが
急務です(-_-)

とりあえずはあきらめて、
さらに時間的余裕をもって家を出ることにします。

六甲と生駒

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もともと神戸生まれの神戸育ちなので
小さいころから遠足やハイキングの行き先は六甲山
と決まっていました。
いつも、坂道を上がれば北で、六甲山。下れば南で、神戸港。

震災のあと数ヶ月間は堺市内にも住みましたが
それ以外の40数年、ずっと六甲山を見て暮らしました。

離婚してどこに住もうかとずいぶん考えあぐねたのですが
あんまり元夫の家の近くではぐあいが悪かろうし・・・

アドラー心理学のよき先輩Kおねえさまのご近所に
小さなへやを見つけて、これは安心!と
神戸と大阪のまん中あたりの、尼崎市民となりました。

ほんとに小さなせまいへやなのに
ポンクラの仲間がまた集まってくださって
自助グループを続けることができたこと、本当に感謝しています。

ここに住んで3年半、
生まれて初めて、お給料をいただく社会保険の「本人」になりました。
七転八倒しながら、「つのくに」でカウンセリングの勉強を続けました。
お金もないのに海外のアドレリアンの集まりに3年連続で参加して、
昨年は、自助グループの研究のために全国あちこちを飛び回り、
まあどれだけ、関空や伊丹空港を利用したことでしょう。

「つのくに」はこの秋で閉鎖しましたが、ありがたいことに
カウンセリングのお仕事も少しずつさせていただけるようになりました。
今は、以前からのお仕事に加えて
大阪市内にも週2日、定期的に通うようになりました。
子どもたちもそれぞれに巣立ち始め、
そろそろ、この土地を離れるしおどきのようです。

大阪では、神戸とちがい、不思議なことに
川は平野の東から西に向かって流れており、
海が広がるのは街の西側です。

来週引っ越すマンションの東に開いた窓からは、
遠くに生駒山がながめられます。
山の向こうは奈良盆地です。
生駒山は、大阪府民にとって、神戸市民の六甲山みたいなものだそうです。

これからは毎日、六甲山じゃなくて
生駒山を見て暮らすことになります。

ポンクラは、Aiさんのお世話で、古巣の神戸にて
平日の午前に開催し続けることになりました。
みなさんのおかげでこうしてグループを続けることができるのもありがたいし、
月に1度、神戸を訪れる機会がいただけたことも、とてもうれしいです。

今後ともどうぞよろしくお願いします。
大阪の家にも
気軽に遊びにきてくださいね♪

家の神さま

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10月前半のとある週末、
以前に住んでいた神戸の家を訪れました。
来春に結婚することになった娘に
女紋の付いた着物一式や
両親が買ってくれた雛人形や
ほとんど使っていないお客さま用の座布団などを
譲り渡すためです。

3年半前には、こんなに早く娘がお嫁にいくとは思っていなかったので
どこに何があるかもほとんど伝えず、ただそれらのものを置いて家を出ました。
彼女に伝えるべきことを伝え、受け継いでもらうべきものを
生まれたときからの彼女の写真を貼ったアルバムとともに手渡しておくことは
私のお仕事だと思いました。

ついでに、捨てていいからと置いて出た数々の私の持ち物・・・
服や靴やハンドバッグなど・・・いくつかは娘が使ってくれていましたが
もう誰も使わない役目を終えた物たちは
ゴミ袋に入れて処分しました。

もう使わないかもしれないけれど、私のところに来るしかないという品物は
段ボール箱に入れて、宅急便で自分あてに送りました。

いつか独立する息子のためには、
小さいころ彼が描いたスケッチブックの作品とアルバムとを
また別の段ボールに、まとめて入れました。

元夫にはでかけていてもらい、
家じゅうを片づけていきました。
私の痕跡が残らないように。
あとの人たちが暮らしやすいように。

この家は、結婚以来住んでいたマンションが震災で全壊したあと、
管理組合が3年かけて再建し、思いをこめて住み始めた家でした。
ここに私は、7年間暮らしました。

ひさしぶりに訪れた家は
むかしのままのようでもあり
まったく違ってしまったようでもあり
なんだかおかしな感じでした。

一晩泊まって夢中で片づけ、
翌日の夕方にすべて終わりました。

お線香をたいて少し瞑想して
家にお別れをしました。


この3年半、ときどきふっと、この家の空間を思い出して
胸がきゅん!となることがありました。
洗濯物をたたみながら小さな息子とおしゃべりした廊下。
お弁当をつくりながら朝日の昇るのを見た台所。
青空や虹や、台風や雷や雪を、季節ごとにながめた窓。
離婚したことに何の迷いもなかったのに、
それにもかかわらず、まるでこの家が幽霊のように、
私につきまとっているのを感じていました。

私のもとでまだ役割のある物たちをそのままに残し
私のするべき仕事をまだ済ませていなかったために、
家と物とに呼ばれていたのかもしれません。

こうして、お家の神さまにきちんとさよならをしてからは、
この家が私に haunt することはなくなりました。

今月末に、大阪に引っ越します。

今と同じくひとり暮らしですが、今より少し便利になります。
今の小さな家にお別れをし、
これから過ごす家にも
きちんとご挨拶をして入ることにいたしましょう。

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