2008年12月アーカイブ

子年ゆく

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2008年もそろそろ終わりです。
今年も
というか、今年は特に、いろいろありました。

8月までは、昨年の自助グループ研究の、まとめの時期でした。
春に論文を『アドレリアン』に載せていただけたし、
夏にリトアニアの国際学会で発表することもできました。

これと同じ方法論で
2009年総会の宿題発表の研究が、いま着々と行われているもようです。
私のやったことは、ほんの序章だったと思うので、
2年かけて研究しておられる方々の、今度の発表が、とても楽しみです。

秋からは、実際の仕事の上で、大きな変化がありました。
「つのくに」でのレイ・カウンセリングを9月に終えて
ほぼ同時期に、臨床でのカウンセリングを始めました。

むずかしいケースもありますが
アドラー心理学のおもしろさをクライエントさんにお伝えできるときもあり、
少しずつ、自分なりには慣れてきたように感じます。

クライエントさんに
こちらの期待していたような認識反射がでて
アドラー心理学に興味をもっていただけたりすると
ほんとにうれしくて
「ね!アドラー心理学っておもしろいでしょっ」と喜んでしまいます。

まあ何でもそうでしょうが、
うまくいった仕事はおもしろくて
うまくいかなかったときはひじょうに落ち込みます。
まだまだ未熟なので、上がったり下がったりしております(^^;)

事例検討会に出席してお勉強する機会も増えました。
少しでも貢献度を上げないとね。。。

また、晩秋に引っ越しをしたので、
自助グループのポンクラを、神戸で開催するようになりました。
これも大きな変化です~

息子は高校生から大学生になって
学生らしいバカなこともたくさんしているけれど
すこしずつ大人になってきているなあと感じます。

娘のほうは、来年以降の身のふり方がようやく決まって
こちらは学生らしい浮いたところがなくなってきました。
たくさん勉強して、母より賢くなっているみたいです。
(前からだったのかも?です)


冬の晴れた日は風が強くて空気が澄んでいるので
いつもよりも風景を美しく感じます。

カウンセリングに通う大阪の北浜あたり。
なんとなく、水の都です。

watercity.JPG

こちらは、家の窓から北方向の夕景色です。
画面の左すみに小さ~く大阪城が写っているのがおわかりでしょうか?

window1.JPG

Anchoring

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先週の月曜日、ひさしぶりに神戸でポンクラを行いました。
Aiさんがセッティングしてくださった会場は、
以前ポンクラを開催していた家と同じJR駅の、北側に位置します。

この区内に住んだのは、通して23年になります。
そのうち震災のあとの3年ほどは、駅の北側にも住んでいました。
だからどこも、よく知った馴染みの道ばかりです。
どの一角にも、知っている方が住んでおられたり
訪れたことのあるお店があったり・・・

ポンクラが終わって戸外に出て
こんなに天気のよい暖かな日は、そのまま家に帰るのがもったいないと思い
ぶらぶらと歩くことにしました。

まず、子どもらがよく遊んでいた雨の神公園の前を通り、
それから、娘が高校のとき通っていた数学塾の下を過ぎ、
小学生の息子に絵の楽しさを教えてくれた「子ねこの部屋」の前の路地を抜け、
こんもりとした弓弦羽(ゆづるは)神社の森の前に出ました。

ここのご祭神は熊野の三所大神だそうで
そのせいでしょうか、八咫烏の印があちこちに見かけられます。
以前はなかったように思うのだけれど
めずらしい丸い絵馬がかかっていたので、思わず写真を撮りました。

yuzuruha.JPG

弓弦羽神社にお詣りして、なんとなくわかったことがあります。
この土地は私を拒否していない・・・。

これから私がどこに暮らすようになっても
父母がこの街で私を育て、
私がこの街で子どもたちを育てたのですもの。
私のルーツは、この土地にあるのですね。

さまざまな環境の変化が、いま同時に起こっている気がします。

時間はあっというまに過ぎていくけれど
空間は、もう少しだけゆっくりと、姿をとどめてくれる。

人も動き街も動き様子は変わっていくけれども
古くからの森や木、山や海の眺めは変わらない。
そこにすっぽりはまって以前と同じように手を合わせていると、
なんだかとっても安心するのでした。

これも執着かな?

『神さまの話』

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リルケの『神さまの話』に、はまっています。

リルケ Rilke は、詩人としてしか知らなかったのですけど、
『マルテの手記』や『若き詩人への手紙』など、
小説や書簡集も出ているんですね。
プラハ生まれで、活動はおもにドイツでしていたようです。

なので、もともとはドイツ語で書かれているのですが
英語への翻訳本 Stories of God を、たまたま手にして
先月あたりからぼちぼちと読んでいました。
読み終えて
あまりに美しいお話なので、手放せなくなりました。

アマゾンで調べたら
その日本語訳の復刻版(新潮文庫・谷友幸訳)の出ていることがわかったので
そっちも手に入れました。

『神さまの話』は、文庫本の帯によると
「『神さま』という一本の糸で貫かれた、おとぎ話のような十三の珠玉。
パステルで描いた風景を思わせる短編集」とあります。

主人公の詩人が、近所の大人たちに
「この話を子どもたちに聞かせてやってください」と前置きして
さまざまな物語を語っていく、という形をとっています。
物語の舞台は、ロシアだったり、ヴェニスのユダヤ人街だったり、
創世記の7日目のお話だったり、メディチ家が隆盛を極めていた時代のことだったり、
実にさまざまです。

そのすべてのお話のテーマが、なんとなく(^^;)神さまなんですが
はっきりと登場しているときは、なんだかとても人間的な神さまで
キリスト教の神というより、
私たちの親しんでいる、そのへんにいる(^_^;)神さまに近い気がします。

はっきりと神さまが登場していないお話の中に、
ため息をつくような美しいものが多いです。
「ティモファイ老人が歌いつつ世を去ったこと」How Old Timofei Died Singing
「ヴェニスのユダヤ人街で拾ったある場景」A Scene from the Ghetto of Venice
「乞食と気位たかい少女」The Beggar and the Proud Young Lady
などが好き♪

貫いているテーマは、「神さま」というよりも
キリスト教圏でない国の者からいうと
信心、とか
敬虔さ
純粋さ
それらを抱いたときの人間の力強さ
のようなものかな?と感じています。

リルケはプラハ生まれということですが、
この夏に訪れたあの美しい街、黄金の都の、
入り組んだ石畳道を思い出します。
カフカもやはりプラハの人でした。
部分はとても美しく、
全体の構成は分かりづらい、というあたり
リルケもカフカも、街の雰囲気をそのまま受け継いでいるように感じます。


ただ、残念なことに。。。
訳者の谷友幸先生はもう亡くなっておられますが独文学者さんなので
ドイツ語から直接日本語に訳されたのでしょうね。
ドイツ語→日本語のほうがほんとうは正確なのかもしれません。
ですが、私の読んだ英語訳とニュアンスの違うところがいくつかあるんです。

たとえば英語の"proud"を日本語で「威張っている」と訳すのは我慢するとして

大好きな話のひとつ「ヴェニスのユダヤ人街で拾ったある場景」の最終行、
子どもたちのコメント"Oh, the sea too."は
「そりゃ、海だとも」ではなく
「そりゃ、海もだよ」でないとオチがつかないじゃない!と思うのですけど。

これは、読まれた方のご意見をお聞きしてみたいところです。

冬の休日

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昨夕は、引っ越してから初めての泊まり客が来てくれました。
しかも男性!
息子ですが(笑)

以前のおうちは完璧な「ひとり暮らし仕様」だったので
ままごとのような小さな流しのカウンターキッチンに
電気コンロがひとつだけだったのですけど

今度のおうちには、フツウのファミリータイプのキッチンがついています。
中華なべだってばんばん使えちゃうし、
水はねしてもへっちゃら!
作りたいものが作れるって、うれしいことですね♪

はりきって玄米ご飯を炊いて、あとは
牡蠣とベーコンとキノコのバター炒め
サゴシのきずし(お刺身を昆布と酢でしめたもの)
ひじきと薄揚げの炊いたの
大根サラダ
豆腐のみそ汁
白菜のお漬け物。
デザートは、いただきものの柿とチャイ。

全部きれいに平らげてくれました(^-^)v

おいしいものを食べると、心も口もほどけてくるようで
久しぶりに、いろんな話をしてくれました。

・・・・・バイトやサークルやバンドで、ほんとにいろんな人と出会う。
大学の中だけにいたら、ぜったいに世間からずれてしまうと思う。

バイト先に毎日のようにお酒を飲みにくる、どこかの会社の社長さんと
先輩に連れて行ってもらった釜ヶ崎の、日雇い労働者さんたちと
どっちも普通の人や。
僕らとあまり変わらない。

教育ってむずかしい。
社会のためになる子どもを育てるのが教師ですって教わったけど
浮浪者さんたちは「間違った側」で、
僕らは「正しい側」の社会を教えなあかんって、
それって何かヘンちゃうか?

介護のボランティアに来てくれって誘われるので、1回だけ行った。
「介護してあげる」と思うのは、こっちが上にいるから、違うと思う。
でも「世話してもらって当然」って向こうが思うのも、向こうが上になってるみたいや。
障害のある人が、まるで障害があるために神さまになってて、
ボランティアたちがその人をあがめ奉っている感じやねん。おかしいやろ?
なんかしたりされたりしたら、おたがい「ありがとう」って言い合うのが普通とちがうか?
障害があってもなくても、みんな同じはずや。

「おかあさんはどう思う?」って会話の中で聞かれたのは、たった1回だけでした。
私の意見を求められることなんて、ほとんどなくなりました。

彼のまわりの、友だち、先輩、バイト先の大人、先生、
自分で出会った人たちの中で、いっぱい考え、いっぱい迷い、いっぱい悩んで
息子は大人になっていく。


JR環状線で帰るというので、
今朝、私もJRの駅までいっしょに歩いてみました。
寒いけれどとてもいい天気で、
彼のペースでしばらく歩くと、ぽかぽかと暖かくなりました。

きょうもいい日です。

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