2009年2月アーカイブ

薬師如来

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近所に
夜に見たらけっこう怖いお寺があります。。。

ある朝、遊びに来ていた友だちとふたり、
そのお寺を訪ねてみました。

入り口は、ごらんのように菜の花の花盛りです。

山門をくぐると、手入れの行き届いたお庭が広がっていて、
真っ赤な池のコイと、枝に挿したみかんに集うウグイスとが
出迎えてくれました。

左に進むと、10メートルはあろうかという巨大な准低観音が立っています。
この像を、以前、塀の外から見て仰天し、
それ以来ここが気になっていたのでした。

koutokuji.JPG

准低観音、または七倶低観音といい、
ウィキペディアによると
「准低は清浄を意味し、倶低は数量を数える語で、七倶低は七億などと、大量の意味を表し、この尊の功徳が広大無辺であることを形容したものである」
ということです。
准低仏母、七倶低仏母、七倶低仏母准低観音などと称せられるそうで、
さすがにやさしいお顔をなさっています。
(昼間に見れば!ですがね)

さて本堂の前に立つと、
こちらのご本尊は薬師如来と書いてあるではありませんか。
お賽銭を上げ、兄の病気平癒をお祈りしました。
振り返って帰ろうとしていると

たまたまそこで菜の花の手入れをしていたジャージを着たおじさんが
(たぶん住職さんなんでしょうね。
だって、古来から話によると、
しいたけを干しているのは下働きの寺男などではなく
実は悟りを開いた高僧だった、と決まっていますもの)

「よかったら中に入って拝んで下さい」
と声をかけてくださいました。
「きれいな仏さんですよ。ありがたみが全然ちがいます」と
再度おっしゃいます。

それではと靴をぬぎ、木の階段を上り、
「猫が入るので開けたら必ず閉めてください」(^^;)と張り紙のしてある
古い木の引き戸をがらがらがらと開けて
暗い本堂に足をふみいれ
後ろ手に引き戸を閉めました。

すると
思いがけなく、
そこは本当に仏さまのいらっしゃる空間でした。

大きな座敷のはるか奥、正面に、
聞いたとおりに美しい、薬師如来さまが微笑んでおられます。
ああうれしい、といきなり涙がこぼれそうになり
緋毛氈の上に座りました。

向かって右奥には、金色の五鈷杵をもった弘法大師座像。
とてもやさしい表情をしておられます。
左奥には、たぶん不動明王かと思われる立像。
赤い炎を背負って、こちらはとても怖ろしげです。

私たちふたりの他、そこには仏さましかおられませんでした。

薬師如来真言。
日本語なまりでは「おんころころせんだりまとうぎそわか」ですが、
私はいつも唱えているチベット語なまりで
teyata om bekanze bekanze maha bekanze redza samudgate soha
とくり返しお祈りして、
こころ静かになりました。

兄は、いま、化学療法を受けながら病と向き合っています。
薬師如来さまにお会いできて、私にはとても幸せなひとときでした。


ところで、あとで大きなJ先生にこのことをお話しすると、
「チベット語で真言?仏さまもびっくりされたであろう」
と笑われました。
でももともとはサンスクリット語圏のお生まれなのですから
おわかりになったはずですよねぇ。

またときどき、お詣りに行こうと思っています。
そのとき、「ああ、あのチベット訛りのおばさんか」って
個体認識してもらえるかもしれません(^_^)v

ヨランタからのメール

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日本に招待しているラトビアのヨランタと
メールのやりとりをしています。
しばらく連絡がなかったのでどうしたのかなと思っていたら
先日、久しぶりにメールが届きました。

ひどい経済危機がきていて、今ラトビアはとても大変な状況です。国中に不安な空気が満ちており、多くの人が悲しみと絶望の中にいます。私の会社でも人数は半分になってしまいました。でも嬉しいことに私たちはまだ働けるし、未来への希望もあります。私もナラも、それでも、本当に日本に行きたいと思っています!!

私はこれを読んで、
友だちの国のことを何も知らずのんびり暮らしていたことが
とても恥ずかしくなりました。

昨夏の国際学会で、リトアニアにおいて
ごく最近まで続いていた苦難の歴史を知りました。
リトアニア、ラトビア、エストニア、この三国は同じ辛酸をなめています。
ご存知でしょうか?バルト三国が独立したのは1991年。
ナチ、そしてロシアの圧政のもと、絶えざる弾圧に苦しんでいたのです。
自殺率とアルコール依存症患者の多さが、その悲惨さを示しており
会場の私たちはそのデータに息を呑みました。

貴重な歴史を伝えてくださったことに感謝します。しかし、この世界のどこかで、今まさに、みなさんが経験されたのと同じことが起こっていることを、忘れてはなりません。過去の話ではないのです。私たちは私たちにできることは何か、学ばなければなりません。。。

そのときのマリオン・バラの発言です。
みな、チベットでそのときまさに起こっていることを思いました。
そして今、事態は変わっていないどころかますます闇に閉ざされているというのに
オリンピックが終わり、チベットのこともマスコミで話題に出なくなりました。

アメリカがサブプライム・ローンとかではじけ
ドルもユーロも軒並み値下がりしているなら
日本も仕事を探すのは難しい状況ですが
東ヨーロッパは比べものにならないぐらい悲惨であろうことに
思いを馳せることもできたのに

私は想像することができないでいました。
自分の小ささを、とても恥ずかしく思います。


ヨランタは、あまり長期に国を離れると、
その間に情勢がどう変わるかわからないので(それぐらい不安定なのです)
滞日を少しだけ短くできないだろうかと言ってきました。

もちろん、
国に帰ったら彼女の仕事がなくなっていたなんてことになっては困ります。
短い滞在で全くOK!
逆に、日本の円は今とても強いから、
こちらに滞在している間にいっぱい仕事をしてもらい
たくさん稼いで帰ってもらいましょう。

私に今できることは、
彼女たちの滞在ができるだけ確実で快適になるよう
さまざまにアレンジメントすることかな。
英語もそのための、must のひとつですね。
がんばろう!

ケーブルテレビ

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大阪に来てからケーブルテレビを契約しました。

だいたいテレビがついていると、ついじ~っと見入ってしまうたちなので
つけっぱなしってことができません。
地上波では見たい番組があまりなくて
ひとりで暮らし始めてからは、ほとんど見ないようになっていました。

でもケーブルにしたら、英語の勉強になるんじゃないかな!?
映画もたくさんやっているし
ディスカバリー・チャンネルにアニマル・プラネット
CNNニュースもあります。
音楽の番組は息子が喜ぶだろうし。

でもね・・・、やってみて分かったんですけど
ニュースの英語なんて、速すぎて聴きとれないです!
映画には、ほとんど字幕がついているので、
どうしてもそっちを頼って読んでしまいます~

こないだミステリー・チャンネルでシャーロック・ホームズのドラマをやっていて
それは珍しく字幕がついていなかったので、
副音声の英語にして見ることができました。
でも、話があんまりおもしろいものですから
英語だと細かい部分がわからなくてストレスフルで(^^;)
結局、日本語音声に変えてしまいましたぁ。。。
(なんにもならん!)

そんな根性なしの私に合う番組を、
先週、やっと見つけました。

ディズニー・チャンネル!
ディズニー系、そんな好みじゃないんですけど
たまたまつけたら「くまのプーさん」をやっていたんです。
子ども向けだから字幕なしの吹き替えです。
副音声の英語にしてみたら
プーさんって、英語をゆっくりしゃべってくれるんですねえ~。
優しい声で!(T_T)
いやされます。

そのままつけていたら、今度は Little Einstein っていうのが始まって
またそれも、おそらく幼児さん向けの科学番組なんでしょう、
とてもゆっくりと正しい発音で、
アニメの子どもたちが、かわいい冒険をしてくれました。

この程度が私にはちょうどいいみたい。
ヨランタが秋に来るっていうのに
大丈夫でしょうかぁ。

学ぶということ

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2月13日は、娘の大学の卒論提出日だと聞いていたので

3週間ほど前から、娘にメールするのは遠慮していました。
「元気?」とメールすると、
たいてい「電話して~」とメールが返ってきて
夜、たっぷりおしゃべりすることになってしまうので。

1週間前、遠慮がちに「元気?追い込み中?」とメールすると
「元気だけど追い込まれてる~」と返事がありました(笑)

それでやっと昨夜、
提出が済み、身も心も解き放たれた彼女と
電話でゆっくりおしゃべりできました。

親バカですけど
娘はとてもよくがんばったと思います。
完成した卒論もファイルで送ってもらいましたが、
荒削りなところもあるけれど、しっかりと考え抜かれた内容だと思います。

要旨提出のあと、60枚もの原稿を1週間で書き上げたそうです。
この時間が、彼女は、もっとも楽しかったといいます。
「私は人間関係は苦手だと思う。
でも論文を書くのは、人間関係じゃないもの。
できないのは、すべて自分だから、自分でがんばればいい。
それは全然ストレスじゃない・・・」

たくさんの文献を読み
とり散らかったたくさんの資料から
自分なりの論旨を組み立てていく
気の遠くなるような作業。

私も一昨年の宿題発表のときに、少しだけ味わいました。
締め切りに追い込まれたときに
ホントに私に出来るだろうか、なんて要らんことを考えているヒマがあったら
その時間を有効に使うべきです。
「私には能力がある」ことを信じて。

これは、たしかに意味のある楽しい作業でした。
けれどホンネを言えば、たいへん面倒でもありました。
この面倒くささを乗り越えさえすれば
少しだけ成長できることは分かっているのですが。

学んで伸びるのは、
自分のやるべきことを、根気よく、一歩ずつ
ともかくやれる人なんでしょうね。
私には、その素質は、娘よりちょっとだけ(?)
いや、だいぶ、足りないみたいです。

論文自体は『農業哲学の確立に関する試論』という専門的なもので
娘には申し訳ないけれど、私にはよく理解できていません。
ただ、最後に書かれた次のような「謝辞」を読むと、
母として、熱いものが胸にこみあげてくるのです。

埃を被り、色あせた書物のページには、現代にも通じる熱い思いと偉大な業績が眠っている。
・・・歴史を学ぶことは、ただ過去を振り返るのではなく、未来を見通すために必要なのだということ。歴史を学ぶときには、現実の実態を把握することが欠けてはならないということ。先達の偉大な業績は、現代に読まれてこそ価値が生まれるということ。そして、最も大切なことは、自分が何を感じ、何を考えたのかである、ということ。私はこれらの言葉から勇気をいただき・・・なんとかこの論文をまとめあげることができた。

よくがんばったね、美穂!
I'm proud of you, as always!
こころから伝えたい。

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