2009年5月アーカイブ

カウンセリングで学んだこと

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某クリニックでカウンセリング(ライフスタイル分析)をさせていただくようになって
8ヶ月経ちました。

クライエントさんたちは、3人おられるドクターからのご紹介で来られます。
今までで16名の方とお会いしましたが、
全ての方をお引き受けできたわけではないので、
きちんと早期回想をふたつとって
劣等の位置、優越目標を出して、という作業にまでこぎつけたのは
今のところ、そのうち半分くらいです。

うまく進む場合もあるし(^o^)
うまく進まない場合もある(T_T)。
そのときどきでちがうので一概には言えませんが
ここまでで学んだことをまとめておこうと思います。
すべて、言葉としては教えていただいていましたが
体験からようやく、ほんとうにそうね!ってわかってきたことです。

まず、もっとも大切なことは、
ラポール(therapeutic relationship 相談的人間関係)をとることだと学びました。
どれだけ理屈が合っていても
どんなに工夫した質問をくりだしても
関係ができていないと、ぜったいにうまく進みません。
クライエントさんが
こちらの質問に対していっしょうけんめい考えてくださったり
こちらの言葉を繰り返して、忠実に答えてくださったり
そんなとき、ほんとにありがたいと思います。
「いっしょに」考えていく、という雰囲気のあることが、
ライフスタイル分析という面倒くさい作業を行うときの、まず基本だと思いました。

つぎに大切なことは、構造の中で的確な質問をすることです。
当たり前すぎますが(言うはやさしく行うはむずかしい)。
あるとき、循環的質問をメタ・メッセージとして使ってみて
その威力に、使った当の私がびっくりしたことがあります。
メタの範囲であれば、
定番の質問で問いかけて考えていただくだけで
必ずクライエントさんへの援助になります。
逆に、構造のない中ではどんな質問も
ただのおしゃべりに終わってしまいがちです。
つまり、質問のしかたを考える前に、構造を作ることがまず大切、といえるかな?
いや、これは、ほんとうに何度も
事例検討会でも教えていただいていることなんですが。
構造とはこの場合、行き先(目標)に至るための道筋ですね。

みっつめに大切なことは、ポジティブであること。
ユーモアがあること
笑ってもらえること
カウンセラーの表情やクライエントさんに対するまなざしももちろんですが、
最終的に、クライエントさんのお話を、ポジティブな物語に書き換えたいのです。
その方が悪いことだと思っていることを、
同じように困りましたねえと聞いていたのでは、そこから出られません。
かといって、ヘンに明るくテンション高かったり
なんでもかんでも大丈夫!なんて言っていると、ラポールがとれないので
ポジティブ・フレームワークにひっぱりこむのは
その方のライフスタイルが、ある程度分析できてからかなと思います。
特にこれに関しては、私は
クライエントさんのタイプによっては、明るくぐいぐいいけるときもあるのですが、
おとなしいめの方だと、なぜか「いっしょに困っちゃう」に陥りがちなので、
いつも意識することが必要です。

これら3つのこと、
どれも全くできていないわけではないけれども(^_^)
いつもうまくできるわけでもないのです(;_;)。
相変わらず、そのときそのときで一喜一憂しています。

でも8ヶ月前に比べると、立ち直りが早くなってきたかな?と思います。
前は次の週までひきずっていたのが、昨日は(^^;)
帰りにコーヒーショップに寄って一息ついてリセットできましたから。

なんといっても、こんなお下手なカウンセラーのところに
いくらドクターに勧められたからといっても、
継続してクライエントさんが来てくださるのは、本当にありがたいことです。
来てくださっている間は、次の回に取り返しがつきますからね。
来週もまた、がんばろう~!

人の品(ひん)

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皇后美智子妃殿下が1998年、
インドのニューデリーでのIBBY(国際児童図書評議会)で
ビデオ講演されたときの記録を読みました。

当時NHKで放映もされて評判になったのでご存知の方も多いと思います。
先日、たまたま文庫本が出ているのを見つけ、
ずっと気になっていたこの講演の全文を、ようやく読みました。
宮内庁のホームページ にも、全文および英語版がのっています。

テーマは「子どもの本を通しての平和」というものです。

それ(子供時代の読書)はある時には私に根っこを与え,ある時には翼をくれました。この根っこと翼は,私が外に,内に,橋をかけ,自分の世界を少しずつ広げて育っていくときに,大きな助けとなってくれました。読書は私に,悲しみや喜びにつき,思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には,さまざまな悲しみが描かれており,私が,自分以外の人がどれほどに深くものを感じ,どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは,本を読むことによってでした。・・・そして最後にもう一つ,本への感謝をこめてつけ加えます。読書は,人生の全てが,決して単純でないことを教えてくれました。私たちは,複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。

内容自体、それは素晴らしいのですが
でも、まあ、これだけ読んでも、
別にもっともなことで、ふぅん。って感じでしょう?

でも私は、電車の中で読んでいて
ときどき目頭が熱くなって困りました。
マスクして泣いていたら、かなりアヤシイ光景です。

この感動はどこからくるのかなあって考えていました。

ことば、かなあ。
美しい日本語の的確な選択。
語り口かなあ。
ゆっくりとした思考の速度に合った、ていねいな話し方。
論旨が明快であるということもあると思います。
やわらかい口調ながら、意味の不明瞭なところが全くありません。

この方の文章だということを抜きにして読むことは実際問題として不可能なんだけど、
でも、なんだろう、やっぱり「品」があるんです。
では、「品」って何なんでしょう?


実はず~っと以前、間近でこの方を拝見したことがあります。
独身時代、ある教授夫人付きの通訳として
京都の宝ヶ池で行われた国際神経学会に参加したことがあります。
通訳といっても、その教授夫人が各国のドクターと日常会話するときの
ちょっとしたお手伝いといった役割で、
都ホテルの部屋をとってもらって
レセプションパーティなんかにも出させていただいて
かなり気楽でおいしいバイトでした。
その学会の開会式に、当時の皇太子と皇太子妃が来られたのです。

開会式では皇太子がスピーチをなさり
そのあと国際会議場の庭で園遊会がありました。
しばらくすると、参加者のあいだに道ができ、
そこを皇太子と美智子皇太子妃が歩いて来られました。
ときおり、何人かの参加者に声をかけながら。

私は皇太子(現天皇)の英語にはまったく感銘を受けなかったのですが、
皇太子妃の英語の美しかったことは、今でも忘れられません。

私のすぐそばに、たまたまインド人のドクターが立っておられたので
美智子妃は立ち止まって、その方に声をかけられました。
ただ、「どこからいらっしゃったのですか?」
「ご研究はどういったものですか?」
といった程度の、二言、三言なんですよ。

でも、ひとつひとつの発音がすごく正確で
とてもゆっくりとしたていねいな聞き方、うなずき方で
相手の方との対話に、全精神を集中させておられることがわかりました。

いい加減さが、言葉にも物腰にも、かけらもないのです。
ほんの30秒ほどの会話であっても、
その中で相手のことを少しでも知ろう、理解しよう、という
素直で熱心な気持ちが、あふれ出していました。

講演「橋をかける」を読むと
本当にことばの隅々にまで、気配りが行き届いていることに驚きます。
弱い人たち、貧しい人たち、
戦時下にある人たち、
この講演ビデオを見ることなど決してできない世界のどこの誰にむけても
彼女が思いをこめ、語りかけていることがわかるから
私たちは感動するのかもしれません。

そういえば、神戸の震災のとき
美智子妃が被災地を訪れて、車の中から、
手話で、がんばって!という動作を、それは一生懸命されているのを見て
やっぱり泣きそうになったことがありました。

これが、「品」というものかもしれません。
他者への関心、わけへだてのない愛、を無条件に示す人に触れたとき
私たちは感動し、前へ進む勇気を与えられます。

私は皇室とか家系とかを話題にするつもりはありません。
だいたい美智子妃は、万世一系とかいう天皇家にお嫁に入られた方です。
その人が、もともと感受性豊かなかしこい人だったにしても
いやそれだからこそ、
どれだけ苦しみもがきながらこの「品」を身につけられたのだろうと
人間の力に驚嘆しているのです。


怒りや嫉妬などのマイナス感情は・・・いかに理由をつけようとも
その人の品性の劣っていることを示すものでしかありません。

ああ私はなんて品のない人間なんだろう・・・
目の前の人と大切につきあおう。
ことばを大切にしよう。
と思ったのでした。

循環的質問

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先日のAGでのカウンセリング講習会で
「循環的質問」のおけいこをしました。
循環的質問 Circulatory Questions ?

聴き手が、意図した答えを引き出そうとして聴くのが、直線的質問。
どんな答えが返ってくるか予想しないで聴くのが、循環的質問。

ということですが、
ちょっと遅刻して最初の講義を聴き損ねたものですから、うまく説明できません。
でもね、どっちにしてもなんだか定義しにくいものらしいんですよ。

今回は、題材にマリオン・バラの提唱していた Genogram(Family Tree)を使い、
家族神話 Family Myth の聴き取りを、この質問でやってみました。

話し手に、いかに楽しく自由に、
関心がどんどんむいて、考えがすすんでいくように語っていただくか。
そのために聴き手は、どう循環的質問を工夫すればよいのか。
3人組になって、交代でシェアリングしながら実習しました。

いままで、相手の答えを予想して質問を組み立てなさい、とか
3手先5手先を読め、とかさんざん言われてきたので(できてないけど)
クライエントが無限に話を拡げていくこの質問の仕方は
ちょっと戸惑うものがありました。

でもやってみると、意外におもしろかったです。
私が聴いていただいたときも、私が聴かせていただいたときも、
なにせ話題を拡げるようにどう質問するかというおけいこですから、
おじいちゃんやおばあちゃんのこと、その前の世代の人々のこと、
芋づる式に、いろんな話がどんどん出てきました。

ゆっくり時間をかけて聴いていくと
どこの家系にも、なにかしら印象的な物語がひそんでいました。
私たちのふたつ上の世代、明治生まれの祖父母の若い頃の、
その人生の多彩なこと!
その気骨、その波瀾万丈さ!
孫の私たちは、それらの物語にある意味づけをしていて、
知らず知らず、とても大きな影響を受けているようでした。
まさに「家族の神話」だと思いました。

それから、
相手の答えを引き出すための直線的質問を、
意識しないで私もたくさん使っているということに気がつきました。

たとえば私は、話し手がある物語を語られたあと、
このお話を今の彼女の生活と関連させて言語化しておいていただくのがよいと思って
「そのことは今のあなたの~~と何か関係ありますか?」と尋ねました。
「あります!あります!このことで~~」と、彼女はまたいっぱい語ってくださいました。

いっぱい語っていただけた、話が拡がった、という意味で、
当の私は循環的質問をしたつもりだったのですが、
そのあとのシェアリングのときに
私の側に「~~してもらおう」という明確な意図があったのだから、
これは直線的質問なんだ!と、わかりました。

「形式 form」による違いではなく、
こちら側が答えを予想して質問しているかどうかの
「機能 function」の違いなんですね。
自分でやってみて、ほんとうによくわかりました。

もちろん「開いた質問」「閉じた質問」両方ともが大事であるように、
「循環的質問」「直線的質問」の両方ともがカウンセリングに必要なので、
どちらがいいとか悪いとかの話ではありません。でも
「いま私の使っているのは直線的質問で、~~の答えを引き出そうとしているぞ」とか
「いまは循環的質問を使って、しばらく話をしてもらいましょ」とか
わかって、意識して、使うことは、とても大切なことだと思います。

ある「言葉」を意識することによって、
はじめてそれを使いこなすという可能性が生まれるわけで、
使いこなせるようになって、はじめて
カウンセリングを制御できるようになるのではないかしらん。

実際の臨床で循環的質問をあまり連発すると、全く制御がきかなくなると思います。
そういう意味で循環的質問という概念は、「考えるによい」ものであって、
「食べるによい」ものではないでしょう。

ただし、
たま~におけいこで家族神話の聴き取りなどやってみるのも面白いかもしれないです。
だって、いろぉんな物語が、どの家族にも眠っているみたいなんですもん。

かささぎ座!

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5月2日から4日まで大阪府泉南郡淡輪(たんのわ)で
かささぎ座に参加してきました。
2002年(@阿蘇)と2006年(@岡山)に参加したことがあるので3度目です。

前の2回は自分の事例を出して扱っていただいたのですが
今回は、他の方の事例からたくさんのことを学ばせていただきました。

一度目参加したときは、ただただおもしろくて、
かささぎ座でお会いしたみなさんの顔や声が
家に帰ってからもしばらく、ふっと浮かんだり聞こえたりして
かなりの興奮状態が続きました♪

二度目は、同じようにおもしろいことが起こっていたはずなのですが、
ヘンにマインドを使ってしまったため
起こっていることの意味(筋?)を理解しようとして理解しきれず、
キャパオーバーで頭痛がしてきて
実のところ、あまり楽しめませんでした。
これはまったく、私の側の課題なんですけどね。

今回は、私の問題を出すのはやめて
ディレクターの先生方の動きを学ばせていただこうと決めて、参加しました。

それも、二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますから、
話の聴き方や質問の仕方などの細かい技には注目せず、
ひたすら、先生方が
次に何を質問されるのか
どこに向かって質問を組み立てておられるのかという
大きな筋にだけ、注目することにしていました。

そうすると、ひとつひとつ、
まるでパズルを解いていくみたいに
楽しめたんですよぉ(~o~)
ほんとうにおもしろかったです!

でてくる代替案は私の思惑などをはるかに超えたとんでもないものばかりで(笑)
さすが、かささぎ座!
思いっきり、イッちゃっていました。

でも、一見ばかばかしいような代替案も、全て、
その方が共同体の中でどう責任をとるか
どう貢献することができるか
それが人間にとってどんなに大切なことかを、
しっかりと教えてくれるものでした。

その人が困っているのは、その人に何か誤った部分があるからではなく
まだ学んでいない部分がほんの少しあるからなのです。
その方に欠けているほんの1ピースを補うことで
小さな変化が大きな変化を呼び起こし、
その方のあり方全体を、大きく、劇的に変えることができます。
その瞬間に立ち会わせていただくのは、いつもほんとうに感動的でした。

Missing piece を見抜く力は、私などにはまだまるでなくて
さすがディレクターの先生方、その慧眼には畏れ入るばかりでした。
全部で13ケース、ほんとうにたくさん学ばせていただきました。
かささぎ座、今度こそはまってしまいそうです。
先生方、参加者のみなさま方、
どうもありがとうございましたm(_ _)m

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