2009年6月アーカイブ

『村田エフェンディ滞土録』

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梨木香歩さんの小説のタイトルです。

この本は、私は以前に読んだことがある・・・
けど、いつのことだったのだろう?
いまぐらい暑いころに、ぜったいに一度読んでいるのですが、
家のどこにも前に買った本が見あたらないのです。
不思議ですね。誰に聞いても、知らないって言うし。

それはさておき。
今回(たぶん)2度目に読みました。

エフェンディというのは、トルコ語で「先生」という意味の敬称だそうです。
ときは1899年(明治31年)、
村田という若い考古学者さんが、
遺跡の発掘品整理のため、官費でトルコに留学します。
住まいはイスタンブール旧市街にある、イギリス婦人の経営する下宿屋さん。
下宿人は、ドイツ人、ギリシア人、そして日本人の村田と、みな考古学関係者です。
そこに下働きのトルコ人と
拾ってきたオウムも加わって、国際色豊かな日常が過ぎていきます。

『西の魔女が死んだ』と同じように、
なにげないエピソードが秀逸で、それぞれがとても印象的で美しいです。
読んでいるうちに登場人物のひとりひとりがいとおしくてたまらなくなります。
人のよいディクソン夫人。
仁王像のようにいかつい顔と体をしたドイツ人のオットー。
彫像のような横顔の、直感的なギリシア人ディミィトリス。
口は悪いが村田に親切なトルコ人ムハンマド。
オウムは、ときおり絶妙のタイミングで
「友よ!」「もうたくさんだ!」「悪いものを食っただろう」などと合いの手を入れ
まるでこの不思議な家族を、第三者として観察しているかのようです。

作者の視点は、なんでもない日常生活への愛にあふれています。
人々の抱く小さな思いは消えることなく、感じる心をもった人に伝わります。
発掘現場でていねいに穴を掘る山田のまわりでは
「この世で決して見えることのなかった人々の、ごくごく個人的な喜びや悲しみ、生活の小さな哀歓が、遙かな時を超え、私の周りで泡のように浮かんでは消え」ていきます。

東西世界の交差点である土地を地理上の舞台にして、そこに、
過去から未来へと続く歴史の縦軸を交わらせたある一点に
山田エフェンディと下宿人たちが存在しています。
この物語は、世界の横軸の交差点と時間の縦軸の交差点との上におかれた、
たぶん寓話なのですね。

やがて山田は思いがけなく早くに国に呼び返され、
第一次大戦が勃発し
トルコは独立します。

「・・・・国とは、一体何なのだろう、と思う。
私は彼らに連なる者であり、彼らはまた、私に連なる者達であった。彼らは、全ての主義主張を越え、民族をも越え、なお、遙かに、かけがえのない友垣であった。思いの集積が物に宿るとすれば、私達の友情もまた、何かに籠り、国境を知らない大地のどこかに、密やかに眠っているのだろうか。そしていつか、目覚めた後の世で、その思い出を語り始めるのであろうか。歴史に残ることもなく、誰も知る者もない、忘れ去られた悲喜こもごもを。」

私は最初にこの本をいつ読んだのだったかと書きましたが、
それを気にしているのは、今回読みなおして、
この本で作者の伝えようとしていることが、いわゆる「国際化」ではなく
それぞれの国、それぞれの文化の違いを大切にしたままで共存していこうという、
一昨年ハラ・バックに教わった「クロス・カルチュラル」という概念に
きわめて近いものだということに気がついたからです。

イギリス人もドイツ人もギリシア人もトルコ人も日本人も、はたまたオウムも
それぞれが自分の考える平安をめざし、
お互いを否定することなく、なお思いやりながら、
一生懸命に生きていました。


この物語のメッセージは何でしょう?
友情が風化せず、物に宿り大地に残っていくのなら、
小さな友情を積み重ねていくことによって、
世界にその思いは充ちていくはずです。

ぜひ一読をおすすめします。

母のこと

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母は今年80歳になります。

私自身も、自分の子どもに対しては、かなり過干渉だと思います。
パセージを学んだおかげで、少しうすまってはいますが。

しかし私の母は、なんというか、野生のままに過干渉で
しかも心配性という特性が私以上に伴っていますので
いい年をした私のことを、いまだにあれこれと心配してくれます。
(まあ、心配かけることをあれこれやっているのも、事実なのですが)

若いころから私は、
この母に干渉されないでどうやって自分のしたいことをするか
ということを考え続けてきました。
そうして私の選んだ方法は、母に黙ってこっそりとものごとを運ぶ。
どうしても言わなければならなくなったときに初めて、実はね、、、と話す。。。

今思うと、そんなやり方が、ますます母を心配性にさせていったのだと思います。
べつに反対されるようなことじゃないときにも
私がまず「隠す」ということをやり続けてきたため、
母は、ともかく心配し、干渉し、そして反対するのでした。

おそらく、私がやってきた行動は、
母が知ると「怒られて反対されるにちがいない」という思いこみからきています。
でも今大人の目で見て考えると
ほんとうは、母はやみくもに反対したり怒ったりしたのではなく、
ただ娘のことが心配だったのだ、とわかります。
だとしたら、怖れから繰り返してきた子どもっぽい行動パターンから
少しだけ、外に出てみれるかな?と思いました。

先週、大阪に引っ越して初めて両親をうちに招待し、来てもらいました。
そのときに困ったのが、うちにあるアヤシイ系グッズの取り扱いです。
神仏とか宗教とか精神世界とかにアレルギー反応をおこす母。
きっと何か言われるにちがいない・・・
そう思うだけで、子どものときのように胸がドキドキします。
祭壇の仏像、数珠、蝋燭。
しかも、うちには、和尚ラジニーシの写真がふたつもあります!

いっそ両親が来ているあいだ、全部押し入れになおしておいてもいいのですが、
それでは、また、ライフスタイルのいう通りに動くことになってしまいます。
私は、もう子どもっぽい怖れに振り回されることなく、ただ、
老いた母によけいな心配をかけないことだけを気にして、行動したいと思いました。

前夜にシミュレーションしてみました。「あ」は私です。

lotus.JPG母:これはなあに?
あ:ん?虚空蔵菩薩よ。
母:どうしてここにあるの?
あ:もらったの。
母:こんなのをくださる人がいるの?
あ:そうよ。きれいでしょ。
母:なにかの宗教なの?
あ:虚空蔵菩薩は仏教の知恵の神さまよ。
母:そうなの。

母:あれはなあに?
あ:ああ、和尚。
母:日本人に見えないわね。
あ:インド人よ。
母:誰なの?
あ:ヨガのお師匠さま。
母:まあ、ヨガを習っているの?
あ:そうよ。
母:ああして写真を出しておくものなの?
あ:インド料理屋さんでも、お店のお師匠さまの写真をかけてあったりするじゃない。
母:そうかしら?
あ:そうよ。
母:宗教じゃないの?
あ:ヨガよ。
母:ならいいけど。

ポイントは、堂々として、「しれっ」と言うことかなぁ。
自分でもわけわかんないな~と思いつつ、でも笑えるので
これでいってみようと決めて、仏像も和尚の写真も出したままにしておきました。
数珠だけは、よい説明の仕方を思いつかないので、袋に入れて片づけました。

さて実際にどうなったかというと
仏像に関しては、ほぼ上と同じ会話が交わされましたが
和尚ラジニーシの写真については、なぜか両親の目に留まらなかったのです。
A4ぐらいの写真で写真立てもかなり大きいのですけど
あれって、見えない人には見えないものなんでしょうか?
不思議です。

lotus2.JPGそのかわりに注目されてしまったのは、蓮の花グッズでした。
私の気に入っているガラスの蝋燭立てと
トイレにある、水はね防止の蓮の花に目を留めて、
母:「これもハスだわ。あれもハスだわ」と、呟いておりました。
あ:「ええ、ハスよ」(笑)

まったくこの年になって「母を怖がる」もないものです。
ちょっとだけですが、成長できたかな。

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