2010年1月アーカイブ

日曜の外歩き

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ひさしぶりにゆったりとした休日です♪
朝の陽ざしにさそわれて、少し遠出のお散歩をしました。

うちから南へま~っすぐ行くと、聖徳太子の四天王寺に着くのですが
その周辺の「四天王寺前夕陽ヶ丘」というあたりが、なんとなく面白そうです。
地下鉄の駅なら2つ離れたところです。

sunday1.jpg谷町筋を南へ、どんどん歩きます。千日前線を越えて、
まずは生國魂神社にお詣りを。
ちょうどご祈祷を受けている方がおられて、
神主さんのお祓いのあとの横笛の演奏と
巫女さんの舞を拝見することができました。

四天王寺が建立された頃は、
西門のすぐ前まで海が迫っていたそうです。
大阪はどんどん西へ西へと
埋め立て地を拡げていきました。
だから、上町台地の西側は、とても坂が多いです。
天王寺七坂とか八坂とかいうらしいです。

右の写真は口縄坂の階段。
たくさんの日曜絵描きさんたちが場所取りしていました。

sunday2.jpg口縄坂を降りて、今度は少し南の愛染坂を上ります。
この階段も、日曜絵描きさんたちお気に入りスポット。

坂を上りきったら、すぐに大江神社。
ここでも、たまたまお祓いを受けておられる方がいらして
(こんなのばっかり。今日は何か特別な日だったのでしょうか)
めずらしい女の神主さんの祝詞を聞くことができました。

ほんとうに次から次へと、お寺や神社が並びます。
愛染まつりで有名な愛染堂(勝鬘院)は、
もと四天王寺の施薬院。
さらに南へ向かうと、浄土宗の総本山、一心寺。

sunday3.jpg一心寺は、青銅の仁王像や現代アートの山門があって
「喫茶一心寺」とか「一心寺シアター」とか経営していて
なかなかがんばっているねというか、
お寺さんもたいへんね、っていう感じのお寺です。
でも冬の午前の光に照らされた善男善女たちの姿は美しかったです~。

sunday6.jpg最後は、四天王寺南の
庚申堂にお参りしました。
青面の金剛童子がおられるみたいなのですが、
残念ながら秘仏でした。
60日ごとの庚申の日には
縁日がたつようですが、
今日はひっそりと
静かな境内でした。

たくさん歩いたので、血のめぐりがよくなって、
凝っていた肩もラクになった感じで、
おうちに帰っておうどんを食べました。
洗濯物もすっかり乾いたし、満足な休日でした~(^_^)v

「本質」

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先週のカウンセリング講習会で
事例をもとにした早期回想の読み方を指導していただきました。

その中で、劣等の位置( I am ~ )は、
まわりの人たちとの関係で変化するものではなくて
その人の本質(エッセンス)を表すものでないといけない
ということを習いました。

たとえば「私は嫌われている」というのは間違っていて(←相手に左右される)
たとえば「私はわがままだ」というのならOK(←その人の本質・存在の定義)

そして、「アリストテレスを読みなさい。
西洋人はみな一度はアリストテレスをどこかで読んで習っています。
アドラーもアリストテレスの哲学の上に立っているのだから
あなた方も一度は読んでおくべきです!」と言われました。

aristotle.jpgて、哲学ですかっ・・・・・
しかし素直な弟子である私は、
(というか、現場でライフスタイル診断をさせていただいているので
いわばお尻に火がついているのです)
勧められたアリストテレス『形而上学』の
第五巻とか第七巻とかをつまみ読みしました。

いやしかし、これはちょっと私には・・・
だって・・・、

各々の事物の「なにであるか」(本質)というのは、その各々が「それ自体で」
なにであると言われるその「なにか」のことである。というのは、君の君である
こと(君のなにであるか、君の本質)は、君が教養的であることではないからで
ある。すなわち君は、君自体で教養的であるのではないから。かえって君は、
「君自体で」或る「なにか」なのであり、この「なにか」がまさに君の(君たる
ゆえんの)「本質」なのである。

   アリストテレス『形而上学(上)』出隆訳、岩波文庫、第七巻第四章 p.234

って、・・・・・どうよ!(ノ-o-)ノ-|∵:.

私は頭でっかちなくせに非論理的なところが多々あるので、
緻密でロジカルな思考方法を身につけたいと思ってはいます。
でもこれはひどい。。。これでは本質って、
「それがそれであるところのそれ」(?_?)
ってことぐらいのことしかわかりませ~ん!

師匠には申し訳ございませんが、
私には哲学を今から勉強するのは無理でございます。
劣等コンプレックス?はいそうでございましょうとも(開き直り)。
でも要は、アリストテレス哲学を学ぶことではなくて

アドラー心理学のライフスタイル分析における劣等の位置を探し出すときに
「これはこのクライエントさんの本質かな?そうでないかな?」
というアスペクトから、もう一手間も二手間もかけて
検討することです。よね。

早期回想を上手に読めるようになりたいです!
ならなければなりません。
明日もさっそく現場でクライエントさんにお会いします。

ゆっくりお話をお聞きして、いっしょにうんとこさ考えて
「その人のその人であるところのそれ」を探しだしたいと思います。
そうすることが、その人にとって最良の援助になるはずですから。
ともかく目の前にいる人を、理解しようとすること。
理屈ではなく、そこから始めるしかありません。
がんばるぞ! <( ̄^ ̄)>

1月17日

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息子の mixi に、こんな You Tube がはりつけてありました。
「成人」というタイトルをつけて。

「このCM見てジーンときてしまいました。 もう15年かあー」と書いています。
彼の昔からの友だちが、「この曲は、反則すぎる。。」とレスをつけています。


あの日息子は幼稚園の年中で5歳でした。
娘は小学校3年生で9歳でした。

私たちの住んでいたマンションは、1階の店舗と駐車場が押し潰され全壊しました。
見つけ出した懐中電灯をたよりに、崩れた建物から脱出しました。

いまでも、そのとき考えたヘンなことを覚えています。
何か着るものを探して、普段着のスカートとストッキングを見つけたのですけれど、
自分が遺体になって運ばれるときに
もし靴下に電線が入っていたらみっともないと思い
むしろパジャマのズボンのままでいる方を選んだのでした。

まだ家の中にいて、何の情報もなかったのですが、
激しい揺れのあと、やけに静かになった外の気配に、
どんな事態になっているのか、おおよそ察していたのだと思います。

頭を保護するため、息子には、白いニット帽をかぶせました。
折り返しの部分が青くて、正面にミフィーちゃんがついていました。

小学校に避難すると、校庭の池は地割れで水が涸れて、
鯉が何匹も取り残されてばたばたしていました。
かわいそうだったけれど、どうしようもありませんでした。

日が昇って少し状況がはっきりしてから
通帳や実印などを取りに、崩れたマンションに戻りました。
夫が取りに入っているあいだ、近所の人たちと再会しました。
息子のミフィーちゃんのニット帽は、知り合いの人たちの笑顔をさそいました。

15年前ですから、あのとき、私はまだ30代でした。
思えば若いお母さんだったのですね。

東灘は大火にはならずに済んだのですが、いくつもの火事を見ました。
燃えている家の横に、ただひとり立っている男の人がいて
半ば麻痺した頭で、なぜ何もせずに立っているのだろうかと考えたのですが、
あれは、もう、なすすべがなかったのですね。

その日の夜から、兄の家に泊めてもらいました。
ひとつの布団にふたりずつ、からだを寄せ合って寝ながら
この子たちがひとりでも生きていけるようになるまで、
この子たちを守って生きていく。
と誓いました。

だから、このCMのテロップはとてもよくわかります。

あの現場にいた者としては、
暗闇にやっと電気がついたときの喜びも
その年の1回目のルミナリエの、夢のように美しかったことも、忘れません。
光を見上げる人々の顔の、なんと癒やされ輝いていたことか。

そのすべてを一緒に体験した子どもが
おとなになって15年前を振り返り、
あのときの親の気持ちに思いを馳せれるようになったのですね。

良かった。
これでもう充分です。


つい先日、ハイチで大地震がありました。
映像を見ると、あの日と同じです。

全ての亡くなられた方
傷ついている方たちのために

合掌。

ライフスタイル分析のカウンセリングも1年を越えました。
お会いした人数は20名、
うち曲がりなりにも分析を終結した方は、ちょうど半数の10名です。

今現在は、分析終了後のいわゆる「再教育期」中の方が3名
これから再教育期に入るという方が1名、
分析真っ最中の方が2名、
計6名の方と継続してお会いしています。

再教育・・・Re-Orientation は
フロイト流に Working-Through 「徹底操作」と呼ぶこともあります。
ライフスタイル分析後、クライエントが特有の私的意味づけから抜け出して、
より共同体に貢献的な行動パターンを学んでいただくための
カウンセリング期をいいますが

まあ、ライフスタイル分析じたい、手探りでやっておりますので
やっとこさ分析して「あ~そうだったんだぁ!分かりましたぁ」のあと、
「それは分かったけど、じゃこれからどうすればいいの?」のカウンセリングなんて
もちろん初めてなのです。
で、こちらも、よたりよたりと手探りで(>_<)
主治医の先生方や指導者さまのお力をお借りしつつ、させていただいています。

これも場数だ、といわれてしまえばそれまでなのですが、
どうもこの「再教育」あるいは「徹底操作」期はむずかしい。。。

ひとつ、夏頃に成功体験があって
たいへんうまくLS分析→徹底操作から円満終結に至ることができたのですが、
このときの成功要因は
1)クライエントさんとの関係(ラポール)が良かったこと
2)目標がはっきりしていたこと
だったように思います。

それが、その後次々とLS分析を終えた方々の徹底操作期にはいり、
どうもいまいちうまくいかないのです。
1)のラポールが不十分なのかなあ
2)を明確にできないなあ

クライエントさんの「劣等の位置」が低いと、それに伴って「優越目標」が高く、
そうすると新しいやり方を試してみる勇気も、なかなかもてないと思います。
心療内科に通って服薬もしておられる患者さんたちですし
子どものころから何十年続けてきたパターンを手放すという相談なのですから
たとえそれが「幻想」だと気づいたとしても
エネルギーが下がっているときは、きついことでしょう。
十分な勇気がないと、次に踏み出すことはできません。

必要なのは勇気づけよ!勇気づけ!と思いつつ。。。
それもそうなんだけど、それだけではないような気がします。

野田先生は、アドラー心理学の理論を教えることこそがクライエントを救うのだ!
とおっしゃるのですが、いや、講義、私できへんし。。。

そんなことをごちゃごちゃ考えて困っていると、先生はこうおっしゃいました。
「うまくいかないのは、
・目標が一致していない
・現在やっていることが目標に向かう道筋だとわかっていない
・カウンセラーの言うことが理解できていない
のいずれかです。
抵抗されているなどという消極的なとらえ方を最初からしないことです!」

はぁい・・・

もういちど、LS分析シートをじっくりと見直して、
その方の「劣等の位置」「優越目標」「そこに至るための手段」を検討しました。
そして、その方が「所属」するために何を学んでいただければよいのか、
欲張らずに、ひとつだけ、「欠けているピース」missing piece を探しました。
たとえば、「無能さを認める」とか「もらうだけじゃなくて与える」とか
そういった行動です。

そうです、この作業がおろそかだったように思います。

こうやって、学んでいただくべきことをこちらが掴んだ上で
クライエントさんにお会いすると、あら不思議、
その「欠けているピース」さえ嵌めこめば解決するような問題をお話しなさるのですね。
(LS分析のあとなのですから、分析が当たってさえいれば、当たり前です ^^;)

これを学んでいただきたいというこちらの課題と
その問題を解決したいというあちらの課題が一致して
50分のカウンセリングのあと
「すっきりしました。やってみます」と笑顔になっていただけると
とってもうれしい!

なんだ、結局、いつもと同じで
方向が定まっていなかったために、ウロウロしてただけじゃないか。
それなのに、関係が作れていないのではないかとか
クライエントのLSのせいにしてしまったりとか、
劣等コンプレックスを最大限に使ってしまっていたのは、
私のいつものパターンでした。。。

私のするべきことは、まだまだありました。

ほんとにゆっくりとしか前に進めませんが、
来てくださる方のおられる限り、ありがたく修行して参ります。

何度も唱えなければなりませんね。
目標の一致!

九段の桜

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何ヶ月も前に訪れたのですが
言葉にならないまま時間が過ぎました。
年末のスピリチュアル・ワークで、みんなの前で少しお話しする機会があり、
それ以来、やはり、言葉にしておこうと思うようになりました。

靖国神社は、もとは招魂社といい、東京の九段という所にあります。
明治のはじめに
戊辰戦争や西南の役以来、日本の国のために戦い命を落とした
すべての人の魂を鎮めるべく、建てられました。

政治的になにかと物議をかもしていますが
ともかく行ってみて、態度決定しようと思いました。


広大で清浄な靖国神社の一角には
「遊就館」という資料館があり
そこには膨大な数の写真、手紙、遺物が収められています。

天皇の霊鎮めの和歌に始まって
日清、日露戦争・・・満州事変、支那事変、大東亜戦争。。。
ミッドウェー・ガダルカナル・ニューギニア。。
アッツ島・硫黄島、そして沖縄。

「靖国の神々」としてショーケースに並べられた
圧倒的な量の遺品。

それらをひとつひとつ見ていくことの
なんと体力のいることだったでしょう。
どれだけの涙が流れたでしょう。
しかし、ただ泣くだけではいけないということも
私にはわかりました。

私はまったく知りませんでした。
こういうことが起こったというのは
もちろん教科書にも載っているし、本でも読み、映画やドラマで見たこともあります。
しかし、生の手紙、生の筆跡、生の写真
・・・生の声、生の顔
を、感じたことはなかった。


・・・日本へ帰りたい。おかあさん。
たとえこの身は南海の島に果てても
私の魂は一瞬にして、なつかしい故国に飛んで帰れることを知っています。
九段の桜の下で、きっとお会いしましょう。・・・
先に行って待っています。


彼らは、(たとえその局地戦で勝てなくても)ひとりでも多くの敵をやっつけることが
国に残る愛する人を守ることになると信じて戦いました。
そうしないと、母が、恋人が、妹がいる故国が、敵に蹂躙されてしまうのです。
どうして命を賭けないでおれますか?

死を覚悟した彼らにとって、英霊として九段の社に祀られることが
どれだけ大きな意味をもつ物語だったか、も、理解できます。

この物語、「かのように」があったからこそ
彼らは散ることができたのだと思います。
美化するつもりはありませんが
この「かのように」がなければ、彼らの魂は救われなかったろうと感じます。

故郷で待つ家族たちもまた、この物語を共有し、
それにすがることで、生きつづけることができました。
九段に帰ってきた魂たちを祀り、鎮魂することで
またみずからも静まっていったのでしょう。

死んだ息子のために、母親は、特に美しい花嫁人形を選びます。
靖国に納められた、何十体もの花嫁人形の陳列。

しかし、不幸にして家族と出会えなかった魂でしょうか。
いまなお多くの鎮まらぬ死者たちが
桜や銀杏の樹間をさまよっているのを感じました。
怒り・・・ではなく
ただ、悲しみを感じました。


私は、マインドの知識として知っていただけで
彼らの思いを、何も知らないで生きてきました。
次の世代の日本人のために、この国を守ろうとした人々のことを。


私の叔父のひとりは南方戦線を戦い、
別のひとりはシベリアに抑留されていたと聞きます。
でも彼らは、彼らの思い、葛藤、こころの苦しみについては、
姪の私に話そうとしませんでした。

つらすぎたのかもしれません。

だからこそ。
情緒ではなく。

私に何ができるのでしょうか。
この人たちの残した思いを、少しでも鎮め、伝えていかなくてはいけないから。
こうして文章にすることが、始まりだと思います。

いきなり、山伏

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あけましておめでとうございます。
みなさまには、やたらと特化しつつある当ブログを読んでいただいて、
ご厚情にたいへん感謝いたします。
今年もつれづれに書いてまいりますので
どうぞよろしくお願い申しあげます。

今日は元日。
ヨランタたちの愛した高津神社に、初詣に行きました。

高津神社の向かいに、小さなお寺があります。
真言宗報恩院と書いてあります。
寺町なので、浄土宗、日蓮宗、真言宗とたくさんのお寺が林立していて
いままで特に気にしていなかったお寺なのですが
きょうはにぎやかで、どうやら護摩の火を焚いているもようです。

のぞいて見るとびっくり!(@_@)
紫の衣を着たお坊さんが戸外にしつらえられた壇にすわり
金の法具を持ち、祈祷しておられます。
(まるで、弘法大師の雨乞いの図みたいです)
その壇を取り囲むように、山伏装束のおじさんたちが居並び
正面には、石造の不動明王。

するといきなり、ホラ貝がぷぉ~と吹かれて
おじさんたち全員が、全力で般若心経を唱え始められました。
声をはりあげ、ものすごいスピードで詠じられます。
おお、トランス!こんな般若心経は聞いたことがありません。

不動明王の前の山伏さんふたりは、護摩木をどんどん積み上げて燃やします。
炎は強風にあおられ、向かって右手のおじさんの顔を焦がし
上から吊り下げた飾りを燃やさんばかりに、勢いよく燃え上がって
それはもう、ものすごい迫力です。

yamabushi.jpg昨年は、高野山や四国遍路に行く機会をいただき
弘法大師さんとご縁ができたようだったのですが
また今年はいきなり、真言宗の中でも、
山伏さんのご一派ですか・・・!

山伏さんの護摩祈祷に出会ったのは2度目です。
こういうのすっごく好きなんですけど
女性は山伏修行に入れないので、残念ですわ~

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