2010年2月アーカイブ

音の記憶

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さきに引用した戦地の詩の
「山青くよみのいろ、海青くよみのいろ。」を読んだとき
しーんとなった私の耳にひびいてきたのは、
なぜかワグナーでした。
(タンホイザー「巡礼の合唱」)

桶谷さんの本には、一貫して
時代の流れのさなかに斃れていった文化人たちへの愛が流れているから、
ワグナーの悲壮でロマンティックな音を連想したのかもしれません。

しかし、ここで耳にひびくべきは、軍歌かなにかではなかろうか?
と考えて、はたと気がつきました。
私は、軍歌や、その時代の音楽を知らないのです。

book3.jpg前に『南洲残影』(江藤淳)という本を読んだときのこと。
それは、西郷隆盛の西南の役についてのお話だったのですが、
著者が思い入れたっぶりに引用している「抜刀隊」という曲を
私は全く知りませんでした。

今は自衛隊で「分列行進曲」として、メロディだけ演奏されているようです。
太平洋戦争当時は、
出征式で、兵士を見送るとき延々と繰り返されたのが、この曲だったそうです。

第1回の出征式は、降りしきる雨の中で行われたそうです。
20歳の息子のいる私は、こういうことになると、たっぷり思い入れしてしまいます。

雨の中でわが子を戦地に送り出すなんて・・・
たとえ行く先が死地であろうとも
長い行軍の最初の日から軍服が濡れそぼり
わが子は風邪をひいて熱を出すかもしれません・・・

おそらく見送りの母親たちの心の中は
ほんとうにほんとうに悲しかっただろうと思います。
勇ましい行進曲は、いつまでも耳についてはなれず
そのたびに泣きたくなったことでしょう。

そういう曲の歴史を、私は知らず、
そのため『南洲残影』では著者の意図がよくわからず
『昭和精神史』に出てくる兵士の耳に鳴る音をつかむことができず
私の知識の範囲内で、西洋音楽をひっぱってきたわけです。

これは、どう考えてもおかしなことのように思います。

戦前と戦後に大きな断絶があり
ある部分を理解しようとすると、まるで突然自分が外国人になったように
その場のありありとしたイメージをもはや持てなくなっていることに気づきます。

エピソードの中に鳴っているはずの
音の記憶がないのです。

戦中のできごとのあまりの悲しさから
私たちの親の世代は、多くを語ろうとしません。
戦前の旧仮名遣いの本を読むのは、もう面倒なことになっています。
今の若い人たちにはなおさらでしょう。
戦中戦前の音楽は、演奏されることがほとんどありませんし
悲しすぎて、実際、聞きたいとも思えないのです。

ヨランタならどう言うでしょう?
私たちのアイデンティティは、いったいどうなってしまったのでしょう?

楽しければOK
あるいは能率第一主義、
そうやって過去を根こそぎ否定してきた私たちに
責任があります。

先の記事で私は
「民族の特性、民族の文化は、生きながらえているのではないか」と書きましたが
今は細々と生きながらえているにしても、逆に言えば、
かすかな徴候に目を留めてそのつど記憶しておかないと消えてしまうほどに
あやういものになっているのかもしれません。

最近の読書

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近ごろ少々懐古趣味であります。

book1.jpg『逝きし世の面影』渡辺京二(平凡社)

とてもユニークな本です。
著者の渡辺京二さんは、特に学者さんというわけではなく、
九州の在野の思想史家だということです。
江戸から明治にかけて、日本を訪れた外国人たちによる日本についての文献を
それはもう細かく丁寧にとりあげておられます。

外国人の目から見て、当時の日本・日本人がどんなふうだったのか。
近代化に邁進した明治維新後の日本人の目からではなく、
おどろきと感動をもって「違い」を観察した異邦人たちの記録は
いくらかの偏見を差し引いて読まなくてはならないにしろ、
(しかしそれをいうなら、私たちの目も
この時代に対して、先入観という名の偏見がかなり入っているかもしれません)
ある意味、真実を伝えているように感じました。

鎖国下の日本は、どうやら、おしなべて
おおらかで、よい国だったようです。
訪れた外国人が一様に驚いたのは、
この国の民衆が、みな満足でしあわせそうな表情をしており
快活で好奇心旺盛で、勤勉で、日々の生活を楽しんでいたことでした。
季節の変化に敏感で、自然を愛し、自然とともに生きていたことでした。
また細かな美しいものを愛し、創りだし、いわゆる「下層の」民衆までもが
それらを存分に楽しむ余裕をもっていたことでした。

もちろん身分社会、階級差はありました。
天領であった土地と、比較的自由な藩の農民との差も著しかったようです。
ですが、将軍や旗本など特権階級の武士の贅沢ぶりは、
18,19世紀ヨーロッパの王侯貴族の贅沢三昧と比べたら、
何ほどのものではなかったのです。
搾取する側とされる側という構図には、当てはまらない社会のかたちだったようです。
読んでいくほどに、これらは私にも意外な発見でした。

儒学・国学や武士道の影響もあったでしょう。
寺子屋の制度もあり、当時のヨーロッパ諸国と比べて識字率は高かったと思われます。
温暖な気候と四季の変化のめぐみ。
蒸気を使わない帆掛け船の行き来する川の美しさ。
いまからは想像できないくらい静かな世界だったことでしょう。。。

そういう世界は、近代化という美名のもと、永遠に失われました。
日本が失ったのは何だったのか
失ったものの意味はいったい何だったのか
深く考えさせてくれる本でした。

book2.jpgもう一冊、『昭和精神史』桶谷秀昭(文藝春秋)

大正天皇崩御で幕をあけた昭和という時代、
そこで格闘し生きた文化人たちが、何を考え何を感じていたか
エピソードとともに取り上げられています。
たとえば、永井荷風、小林多喜二、中野重治、保田與重郎、川端康成、島崎藤村・・・
文学史として読むこともできます。

『逝きし世の面影』もそうなのですが、かなり大部の本です。
ゆっくりと読み進んでいますが、先日読んだところに
太平洋戦争中、無名の兵士が戦場でしたためた詩がありました。

 汝が兄はここを墓とし定むれば
 はろばろと離れたる国なれど
 妹よ、遠しとは汝は思ふまじ。
 さらば告げむ、この島は海のはて
 極れば燃ゆべき花も無し。
 山青くよみの色、海青くよみのいろ。
 火を噴けど、しかすがに青褪めし、
 ここにして秘められし憤り。
 のちの世に掘り出なば、汝は知らん、
 あざやかに紅の血のいろを。
 妹よ、汝が兄の胸の血のいろを。
        「妹に告ぐ」『ガダルカナル戦詩集』吉田嘉七

桶谷氏によると、
「吉田嘉七は、『萬葉集』上下二冊の文庫本を唯一の書物として携帯し、だれにみせる当てもなく、詩を書くことで惨憺たる戦闘と飢餓に堪えて、生き抜かうとした。」
「物量のあらんかぎりを投入し、豊富な火器を撃ちまくり、空と陸とより日夜間断なく攻撃を加へる米軍への敵愾心とは次元を異にする、あるかなしみと憤りがこもっている。
近代戦が呈する地獄相に由来しながら、遠い過去の萬葉集の詩心が、千数百年の時空を超えて、兵士の心によみがえる。山青くよみの色、海青くよみの色。還ることができるとすれば、南漠の底ひに沈み、よみの世界を行くことによってである。」

しばらく立ち止まってしまいました。

私たちの精神は、たしかに、
古代の防人に通じるような、この「萬葉集の詩心」を了解することができます。
ほんの少し習っただけの古典の知識でも、
おそらく西洋人には決して理解することのできないであろう
このあわれさを、胸の奥から了解できると感じるのです。

これが日本の「文化」というものなのでしょうか。

私たちは歴史の流れの中で多くのものを失ってきました。
たとえば江戸から明治に移るとき、
素朴で絵のように美しい日本、その中で織りなされる生活、
すなわちひとつの「文明」を失いました。
江戸の名残りは、いまとなっては、もうどこを探してもありません。

だけど民族の特性、民族の文化は、生きながらえているのではないかしら?

終戦によってふたたび、明治から築いてきた日本の文明が滅びました。
滅びざるをえなかったのは目に見える部分、風景や生活のスタイルなのに
私たちはひょっとしたら、なんだかとんでもなく誤解して
自分たちの精神を捨てて西洋の文化に乗っかるほうが幸せになれるって、
思ってしまったのかもしれません。

でも、そうじゃないですよね、きっと。
アイデンティティは、日本人ですから。

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