2010年3月アーカイブ

沼津

| コメント(0)

とても透明なうつくしい土地でした。
スピリチュアリティのお勉強をしに行ったのですけど
このたびはあんまり言葉になりません。
ひたすらに心地よく、ゆったりと過ごして参りました。

お宿は思ったよりもこじんまりとしていて、それがとても快適でした。
また、心のこもった行き届いたお世話をしていただきました。
コーヒーのサービスをはじめとして、
お食事もとってもおいしくて
4日間で、少し太ってしまいました(^^;)

しかも、すぐ裏が浜でしたから
朝な夕なに駿河の海を堪能することができました。
夜中の激しい雷雨も、一両日うなり続けた風の音も
最終日の朝、美しい富士がその姿を現す前の
プレリュードだったのかもしれません。

numazu.jpg

印象に残っているのは「スピリチュアリティようかん説」です。
どこを切ってもどんな小さな部分でも、ヨウカンはヨウカン。同じように、
一枚の葉、一陣の風、一瞬の出会い、一個の細胞に、神は宿っています。
汎神論ですね。

でも大切なことは、それら全ての上に
世界の流れを決める大きな「全体」があるということ。
絶対的全体論です。
この視点を忘れると単なるアニミズムになってしまう、と教えていただきました。

「全体」とも「流れ」とも「神」とも呼ばれる存在には
人間性がありません。
だから、神が私たちの願いを聞いてくれると期待はできないし
その意志は私たちに理解できるものではありません。
神や仏の気持ちを、忖度(そんたく)してはいけないのです。

私たちにできることは、運命を愛すること。
自分の居場所で自分の力を活かして
神さまといっしょに暮らすこと・・・

私はとても小さな存在だけれど
大きな全体の中で、いまここに存在している必然なのです。
大きな存在の中の、自分の小ささを自覚すると同時に
それでも必ずなすべき役割があるはずだ、と
胸のふくらむ思いもするのでした。

fuji5.jpg

ぼろんぼろん

| コメント(0)

明日から沼津で、3泊4日のスピリチュアル・ワークです。
昨年1月の周参見と同様、
すべてのお世話をさせていただいています。

昨年7月の秋田SWや
12月の琵琶湖SWでは
地元の方々が集客に努めてくださったり
お宿の手配をしてくださったりしたので
こちらはとってもラクさせていただきました。
招致してくださる各地のアドラーグループには、いつもほんとうに感謝です。
今回も、静岡を中心とした関東方面の方々に、たいへんお世話になりました!

しかしこの不況、
やっぱり集客には苦労いたします。
行く!と決めておられる方は、ほんとうに早い時期から
お申し込みしてくださっていますので、ある程度の人数は集まるのですが、
問題は、そのあと。
参加人数が伸び悩みます。

以前は、人が集まらなかったらどうしよう~と胃が痛くなったりもしましたが
私も、こういうことに少しずつ慣れてまいりました。
ヨランタ・プロジェクトで、いろいろと鍛えていただきましたし。
各方面へチラシを郵送したり
メールを出したり、声をかけさせていただいたり・・・
こういうのは苦手課目ですけど、そうも言っておれません。

そのうちに、ありがたいことに、少しずつ、お申し込みが増えてきました。

3月にはいった時点で
「先生、今これぐらいです」とご報告。
「そうかい」
「ちょっと少ないですね」
「毎日となえているんだけどなあ」
「何をですか?」
「おまじない。ぼろんぼろん」
「!?」

よくわかりませんが、「ぼろんぼろん」って
唯識仏教の呪文の一部なんだそうですよ。
不思議なことに、これが効くのです。

先週ふたたび
「先生、今これだけです」
「そうかい」
「あと3人ほど増えてほしいですね」
「そうかい、がんばろう。ぼろんぼろん」
「よろしく。ぼろんぼろん」

なんとその後、数名の方が駆け込みで問い合わせてこられて、
きっちり3人の方がお申し込みをされました。

恐るべし、ぼろんぼろん。
いつだってこの仕事は神がかりです。

いつも私にできるだけのことを一生懸命やっていたら
何も思い煩うことなんてないのだということが
だんだんと、ほんとうに分かってきました。

あるとき、どこかで、個人の力以上の力がはたらいて
来るべきことになっておられる方々が
来るべきことになっているだけの人数、
きちんと集まって来られるのです。

明日からのワーク、準備万端漏れなく手配できているだろうか
などと考えても、今さら無駄なこと。
どうせきっと、何か予測していないできごとが起こります。
そのときは、また
私の小さな能力で、できる限りの対処をすればよいのです。
起こるべきことだけが起こるのですから。

さてそういうわけで、お気楽な秘書は
今から荷造りして、名簿をもって、行ってまいります。
楽しめそうな予感がしています。

人のせいにしたということ

| コメント(0)

上巻『昭和精神史』の「ガダルカナル戦詩集」にあったように
「よみの国」を渉るしか故郷に帰る道のないことを覚悟した人々がいました。

それはひょっとしたら、「国のため」とか「家族のため」とか
きれいに割り切れるような覚悟ではなかったかもしれません。
でも、こういう「物語」の一人として生きて死ぬということが
当時の社会に組み込まれ、所属するための方法だったのだと思います。

しかるに
戦時中に戦争を賛美する作品を書いたというかどで
戦後、批判された作家がたくさんいました。

たとえば私が中学生のとき大好きだった太宰治もそのひとりで、
戦中の彼の作品を否定した評論を読んで私は
あぁ戦争に賛成してはいけないな~と、
当たり前のことにように思ったものでした。

だけど、今は思います。
あの「物語」を全否定してしまったら、
その中で死んでいった人々は、いったいどうなるのでしょうか。
過去たしかにそれぞれの胸の内にあった「物語」を抹殺してしまったら
あとに何が残るというのでしょうか。

太宰は終戦から3年後、昭和23年11月に愛人と玉川に入水自殺しました。
この死を、この作家の終戦体験と結びつけて理解する視点すら
私は今までもつことができないでいました。

あの戦争をまたいで生きた人々への理解の仕方が、
なんだかまったく間違っていたように思います。
無意識のうちに、あの戦争を、見てはいけないもの、
見たくないものとして、まるで無視していたような気がするのです。

私の中で、あるいは大多数の日本人の中で、
歴史が断絶しています。
歴史の精神が、途絶えてしまっています。


終戦の詔勅と
そのあとの混乱。
占領軍による検閲と歴史の書き換え。
すなわち東京裁判史観の押しつけ
天皇の位置を温存しておくことによる、日本人の懐柔
アメリカ民主主義の美化。


とつぜん、電車の中で
考えがふってきたかのように
何が起こったのか、私にも理解できました。

日本人はあの戦争を、「人のせい」にしたのです。
占領軍のプロパガンダは、渡りに舟だったのです。

ずっと通史として昭和の初めからの日本人の考えのありようを読んでくると
戦争をやりたかったわけではないけれども
戦争をしなければどうにもならなかったのだということを
みなが理解していたことは明らかです。

ところが
国破れた日本人たちは、
あまりの国土の悲惨さに
多くの者を失ったあまりの悲しさに
憤りの念をどこにどうもっていけばよいのかわからず
これらをすべて
人のせいにしてしまったのだと思います。

あの戦争の責任はA級戦犯にこそある
兵隊さんたちは極悪非道な戦犯にだまされて死んだ
好戦的な日本の指導者が、無謀な戦争を始めたのだ
私たちは悪くない。だまされていたんだ。
あの戦争はまちがっていた、と。
・・・・・

夫や妻や子どもまでを失って、それでも生きていかなければならなかった人々は
やり場のない悲しみを、人のせいにせざるをえなかった。。。
それを思うとほんとうに哀しい。それでも、やはり
命を賭して亡くなっていった人たちと、共に紡いだはずの「物語」を
まったく違うお仕着せの「物語」に、書き換えてしまったのだ

・・・と気づいたとき、
自分自身の罪深さ
いえ、日本人全体の罪深さに震える思いがして
私は電車の中でしばらく瞑目しました。


死んだ人々は黙して語りません。

あの終戦の瞬間を体験した世代の人々も、
語らないけれども
何かずっと深いところでだまされ続けていることを
でももうむしろ、深く考えることを放棄して
だまされたまま、それにのって生きること選んでしまったことを
感じておられるのではないでしょうか。

私は父母の世代の人々の哀しい心持ちを
責める気持ちもないし、えぐるつもりもありません。

しかし私たちと次の世代の者たちまで、
気づかないふりをして、
間違った物語の中に生きることは許されないと思います。

やっと読了

| コメント(0)

book.jpg桶谷秀昭氏の『昭和精神史』と
『昭和精神史 戦後編』を通読しました。

著者にとっての「昭和」とは、
大正天皇崩御の夜から
三島由紀夫の自刃までです。

三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊本部で割腹自殺をとげたのは
昭和45年11月でした。
みなさんは、あの事件をご存知でしょうか?
年がばれてしまいますが、私は当時中学1年生で
下校の電車の中で、前の人の拡げていた号外を見て知りました。
立てこもった陸上自衛隊総監室の露台で三島由紀夫が演説している、白黒写真。。。

有名な作家の無法行為、しかも日本刀による割腹と介錯という衝撃的な事件でした。

その後も20年近く、年号としての昭和は続きますが、
著者は、三島由紀夫の死でもって昭和の精神は完全に終わったと書きます。


はじめは、旧仮名づかいのこんな分厚い本、私に読めるかどうか自信がなくて
まずは大きなJ先生にお借りして読み始めたのですが、
そのうちにどんどん引き込まれ、
印をつけておきたい箇所が多くなってきて、
自分の本として持っていたくなりました。
それで、新たにAmazonで購入して、新しい方の本を先生にお返ししました。

単純に、おもしろかった、とは言えません。
むしろ、しんどかった、というのが正直な感想です。

読んでいて思わず涙ぐんでしまうことが、よくありました。
淡々とした事実の記述に、なぜこのように感情が動かされるのか、わかりません。
たぶん、著者の文脈の中で、何かひらめきのように降りてくるものを
ときどきは、かすかに私も掴むことができたのでしょう。

著者の書いておられることをきちんと理解するためには、
2度3度、くり返し読むことが必要だと思うし
またそれに充分値する本だと思います。

かといって、いつか読もう、という本をた~くさん積み上げているだけの私、
いつまたこの大部の本2冊を通読できるかわかりません。
とりあえず今の時点で、印象に残ったことを書きとめておきたいと思います。
しばらくの間、お付き合いください。

このアーカイブについて

このページには、2010年3月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年2月です。

次のアーカイブは2010年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。