2010年8月アーカイブ

一点突破とこれからのこと

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このブログを読んだ方から
「まるで虎の穴みたいだね」との感想をいただきました。
が、決してそんなことはないのです。
ICASSIの敷居が高くなってしまってはいけないので
少し説明させていただきますね。

「虎の穴」(←タイガーマスク。古っ!)というなら
今ちょうど行われている「カウンセラー養成講座」こそ、それでしょう。
(みんながんばって~)

講師の先生たちの真剣さは同じですが
ICASSIの参加者はプロからアマまでさまざま、参加のしかたもさまざまです。
それがまた、素人でも高度な授業を受けることができるという
ICASSIの魅力になっていると思います。
なんでもそうでしょうが、それをどんな体験にするかは、
各自のライフスタイルと参加の仕方によります。

今回の私の作戦は、一点集中・一点突破でありました。
つまり、履修したコース(午前2時間+午後2時間)についてだけ、
全力で集中するのです。

目的はイヴォンヌからカウンセリングを学ぶことなので
その他のお楽しみイベントや夕方のプログラムには、ほとんど参加しませんでした。
実を申せば年齢的に、そこに費やすエネルギーは
かなしいかな、あまり残っていなかったのです~(T_T)

toryanse.jpgとはいっても、
1週目のパーティで、本場のチャルダーシュのバンド演奏はうれしくて、
狂喜乱舞にしっかり参加しましたし、
International Diversity Night では
イスラエルの人たちと組んで「とおりゃんせ」をして遊んだし
Music Night では、野田先生の祝詞と笛に支えられて
日本からの参加者みんなで盆踊りを踊りましたし。。。
じゅうぶんに楽しんでますね(^o^)v

英語に関しても、一点集中・一点突破です。
若い方は、これからどんどん英語に接して
ヒヤリング能力を向上していかれるのがいいと思いますが
もう私ぐらいの年になると、今から耳を鍛えるのは少々むずかしいように思います。

1対1での会話能力は、慣れれば必ず向上しますし
英語の訛りの聴きとりも、耳を鍛えるというよりはチューニングする感じでなら、
慣れていくことができます。

しかし、若い頃に留学した経験もなければ海外で暮らした経験もないので
私にはやはり、ネイティブ同士の会話、早口での全体講演など
あぁこれは無理!というものがたくさんあります。

そういうときは、もう、すっぱりあきらめました!

ニュース英語や映画の英会話は、聞きとれなくてよいのです。
その目標設定はバカげているのだと、この年になってようやくわかりました。
これは劣等コンプレックスではなくて、
私の、日本人としての平等の位置だと思います。

それよりも、自分の選んだ先生から、できるかぎり吸収する。
わからなければ質問する。
レジュメがあればそれで復習する。
これが、私にできることです。
それがわかると、限られた自分のエネルギーの使い方もわかってきました。

goats.jpgまあ、英語でカウンセラー役をするという強欲な試みをしたおかげで
かなりハードにたくさん学ぶことができましたし
英語のカウンセリング・デモが聞きとれないとぼやいたことから
ビシバシご指導をいただくことになりましたが

それもこれもありがたい学びです。
なにより、楽しかったです。
だって試験がないんだもん~!(^o^)v


さて、学んだものをどう活かしていくか
それがこれからの課題です。

イヴォンヌが今年教えてくれた My Personal Life Style シートは
今までのチューリッヒシートのシートCよりも私には使いやすく思えますので
日本語に訳して、現場ですでに使い始めています。
ゲッシングの習慣もついてきました。
しばらく試してみようと思っています。

「相手の靴に自分の足を入れる」話の聴き方も
実習やイヴォンヌのデモで見た感じを思い出しながらやってみると
いままでよりも、少しはクライエントさんのお話を
共感をもって聴けるようになったような気がします。
これも、続けていきたいと思います。

あと、ヴラッドに教えてもらった METAPHOR THERAPY については、
Richard Kopp の本も読んで、教わったとおりに一度やってみました。
しばらく経過観察して、ご報告できるときが来ればいいなと思っています。


最後に、みんなで踊った盆踊り。
異国の友は、なんとなく東洋の神秘に触れたように喜んでくれましたが、
踊りながら私たちがブツブツと呪文のように歌っていたのは、
手振りを忘れないための次のような台詞でした。
Y子先生作詞のこの歌も、たのしい思い出なのでシェアしますね。
どんな手振りだったのか、よければ想像してみてください~

♪ おさえてかえしておさえてお山。
♪ おさえてパパンでひかえてどうぞ。
♪ おせんべやけた。もひとつやけた。
♪ まどあけて。まどあけて。
(以下、延々とくりかえし)

brasov2.jpg2週目の参加者は17人。
ルーマニア5人、イスラエル5人、日本4人、
アメリカ、トルコ、スイスが各1人という構成です。

17人のうち、1人はイヴォンヌのクライエント。
あとの16人を、カウンセリングの練習をしたい人と
自分のライフスタイルを知りたい人とに分け、
8人のクライエント役が、ずらっと並んだ8人のカウンセラー役から好きな人を選ぶことになりました。
「飾り窓」状態です(^^;)

私を選んでくれたのは、ルーマニア人の、若いきれいなお母さんでした。
家の仕事を手伝いながら大学で心理学を勉強していて、
2人の子どもと夫とともに、このICASSIに初参加していました。

彼女はとても英語が上手で、たくさん喋ってくれました。
キーワードだけはなんとか押さえるよう、必死になって聴いていましたが、
こまかい部分は、どうしてもポロポロこぼれていってしまいます。
しかし、全ての情報がライフスタイル分析に必要なわけではないと
自己勇気づけしつつ・・・でも本当はドキドキ。

イヴォンヌが見せてくれたデモの手順にそって
クライエントの現在の問題を聞き、
次にクライエントの家族が大事にしていた「価値」を聞いていきます。
たとえば「勤勉」「家庭内の調和」「お金もうけ」などなど。
その中でクライエントが選んだものはどれで、選ばなかったものはどれか。など。

むずかしいのは、そういった情報の骨の部分をきちんと受け取ること以上に、
クライエントに質問を発するときです。。。
特にこちらのゲッシングを確かめる質問がうまく伝わらず、
微妙に話がずれてしまうように感じました。
話がそれないようにしようとすると、どうしても閉じた質問になってしまいます。
日本語だったらどう言うかな?などと考えるヒマも余裕もありません(>_<)
まだ情報収集の段階なのに、
「閉じた」「直線的」質問ばかりになってしまうのです~

初日の実習後のシェアリングで、私のクライエントさんは、
「たくさん聞いてもらい、わかってもらえたと感じた。
発見もたくさんあった」と言ってくださいましたが

自分としては行き当たりばったりの感じ、
こちらは向かう方向がまったく見えていないのに
クライエントが、先にどんどん進んでいっているような感じがして
と~っても不安でした。

icassi14.jpgこれを救ってくれたのは、イヴォンヌの見せてくれた
ゲッシングのデモンストレーションでした。
イヴォンヌはとても直感的なライフスタイル分析の達人ですが、
一方で、とても用意周到な、準備を怠らない人でもあります。
水曜日に彼女は、面接前の準備のやり方を見せてくれました。

たとえばクライエントとの前回のセッションでとったノート
(このときは、現在の問題と家族の価値についての情報)
頭の中にあるあらゆるクライエントの情報
そして「ライフスタイル・シート」と鉛筆を持って
面接の半時間~1時間前に部屋に入ります。
そして、「ここから考えられるクライエントのライフスタイルはこうかしら?それともああかしら?
あの言葉を言ったときの反応はああだったわ、じゃあこうかしら?」と
あらゆるゲッシングをシートに書き留めていくのです。
そうしておいてから、クライエントに会うというのです。

こんな先生でも、こんなふうにきちんと準備をして、
そうやってライフスタイルを見つけ出していくんだな
こういうひとつずつの手続きが大事なんだな
私もひとつずつやっていこう~と、とても勇気づけられました。

そしてこの方法は、情報処理に時間のかかる今の私の助けになると思いました。
夜、部屋でゆっくりとソファーに寝転がって
クライエントとの最初の日の対話と
クライエントの作った家族布置の粘土細工をちらっと見たその記憶とから
「ライフスタイル・シート」を埋めてゆきました。

ゲッシングですから、なんでもあり!です。
間違っているかもしれないけれど、ともかく書いてみよう。
いちど書いて読み直してみると、やっぱり違うなと削除できるものもあり、
ひょっとしたらこうかな?とさらに考えが進むものもありました。
この作業は、なにかパズルを解いていくみたいで、
無責任に(^^;)面白いのでした。


木曜日、このゲッシングを念頭において
ペアで2度目のカウンセリング実習をしました。
題材は、クライエントが前の日に作った6歳の頃の家族の粘土細工です。

このとき私のクライエントは、自分がどうして
粘土の自分を粘土の家族より上に配置したのか疑問をもって
私に「どうしてかわかる?」と尋ねました。
私がわからないと答えると、すぐにイヴォンヌを呼びました。
おかげで、私がゲッシングを済ませたクライエントへの
イヴォンヌのライフスタイル分析を、間近で観察することができたのです。

まあその短い対話の素敵だったこと!
イヴォンヌはとても母性豊かなカウンセラーで
「おお、」とか「まあ、それじゃ~」とか「あぁなんてこと~」のように
共感性たっぷりにあいづちを打っていきます。
イヴォンヌの一言一言に、クライエントの顔はどんどん変わっていきます。
明るく輝き・・・そして、琴線に触れて泣き出しました。
私と話しているときには決して見せなかった表情を
イヴォンヌは5分ほどの間に、たやすく引き出したのです。Wow!

その場でクライエントとイヴォンヌが合意したライフスタイルは
私が前夜ゲッシングしていたものと、大筋では一致していました。
しかし、どうしてもわからない部分があったので

私は勇気を出して
その夜のお楽しみイベント「ミュージック・ナイト」の合間に
イヴォンヌに、私のゲッシングを見て欲しいと頼みました。
お疲れだろうに・・・快くOKしてくださって、
1項目ずつ丁寧に、教えてくださいました。

イヴォンヌに暖かく指導していただいたあの時間を考えると
私はなんだか涙腺がゆるんできてしまいます。

「GG(共同体感覚)はふたつの柱(pillar)で支えられているの。
ひとつは Self-esteem もうひとつは Belonging よ。
クライエントの劣等の位置が、そのどちらが欠けているのか知っておかないとね。
この人の場合はどっちだと思う?」
「それを確かめるには、そうね、こんな質問はどうかしら?」
「劣等の位置はほとんど合っているわね。
でも、ここは違うわ。これはゴールじゃなくて手段じゃない?」
などなど。

そしてクライエントの優越目標に至る手段のひとつに、
『批判する』というのがあることを見つけました。
「そうよ!」とイヴォンヌは楽しそうに笑って
「そして『人を見下す』というのもあるわ!
言ってごらん。きっと彼女は反応するから」と言います。

私はたじろぎました。
それを言うのは、クライエントにとってかなり厳しいのではないかと思ったのです。
「イヴォンヌ、そ、それを言うのですか?」
「そうよ。言ってごらん。Could it be~~?を使えばいいわ」
「あの、それは、関係ができておれば言えますが、彼女と私とはまだ関係ができていないように思うのです」
「でも、彼女があなたをカウンセラーに選んだじゃない」
「それはそうですが・・・イヴォンヌ、あなたが彼女をカウンセリングしたとき、私は横で、彼女の顔がどんどん変わっていくのを見ました。あんなに固かったのに、泣きさえしました」
「でも一瞬だったわね」
「ええ。でも。彼女は私には開いていない(She is not open to me)と思います」
「ちがうわ、アヤコ。彼女はすでに開いていたのよ(She has already been open to you)。Just say it!そしてどんな反応(recognition)がおこるか見ればいいの。反応がなければ、それならそれで終わり。でも私は、きっと彼女は反応すると思うわ!」


イヴォンヌに教わった多くのことを忘れてしまってはもったいないと
その晩のうちに、もう1度ノートを見直し、シートを書き直し、
クライエントと会う最後の機会に何を伝えて何を確かめなければならないか、
たくさん付箋に書いて貼りました。

こういった全てのこと、学び、実習し、また学んで復習し、
アドラー心理学に基づいてクライエントのことをずっと考え続けたこの時間が、
いま思うと、私にとって、とても意味があったのだろうと思います。


翌金曜日は、結局イヴォンヌの早期回想デモだけで終わってしまい
どのペアも、クライエントとのセッションを仕上げる時間がありませんでした。

少し残ってお喋りをするぐらいの時間はありましたが
そんな形で伝えきれることではないと思いましたので、
例の、イヴォンヌとゲッシングした彼女の「手段」については、話しませんでした。
中途半端に投げかけたままで終わりにしたくなかったのです。

そのかわり、昨晩たくさん見つけておいたクライエントの
Assets and resources(強み、能力)だけを、
私のクライエントにすべて伝えました。
彼女はとても喜んで、ひとつひとつ同意し、ノートに書き写しました。

そのとき気がついたのですが、彼女は私が書いた英文を読むと、
そのまますぐにルーマニア語に変換して書いているのです。

icassi13.jpg前夜、イヴォンヌがこう言っていました。
「考えてごらん。私は英語を使うスイス人、
あなたは英語を使う日本人、
クライエントは英語を使うルーマニア人よ!
クライエントの劣等の位置や優越目標は、
英語じゃなくて、彼女の言葉で考えてもらうべきよ」

すでに自分の言葉で考えていた、
かしこいクライエントさん。
日本人をカウンセラーに選ぶ勇気があって、
自分の力で前進して、自分の能力を使って
ライフスタイルを見つけていくことでしょう。

この1週間の、とてもとても濃密な時間。
私に大きな学びの機会をつくってくれた
イヴォンヌにも、このクライエントさんにも、
こころから感謝します。

2週目のイヴォンヌのクラスは、Using Lifestyle for Problem Solving
「ライフスタイルによる問題解決」というテーマでした。
やったことは1週目と違って、早期回想からではなく
おもに Family value(家族の価値)と Family constellation(家族布置)から
ライフスタイルを診断する、というものでした。

「早期回想からライフスタイルを見つけるのはとても簡単なのだけど」
It's easy, very easy と、イヴォンヌはこともなげに言います!
「ライフスタイルは一貫しているから、何からでも見つけることができます。
このクラスではまず、家族の価値と家族布置から分析することにしましょう。
そして最後に早期回想を聴けば、ゲッシングが合っているかどうか確認できます」

イヴォンヌのカウンセリング・デモでまずクライエントになったのは
アルゼンチン生まれ、現エルサレム在住の女性でした。

感情豊かでとても愛すべき方でしたが、(南米の?)訛りが強く、
私にはイヴォンヌとクライエントの対話が
なんとなくは分かるのですが、はっきりと聞きとれません。

せっかく奇跡のように認識反射が起こって、
日を追って顔つきもどんどん変わっていかれるのに
どこの台詞でそれがどう起こっているのかわからなくて、
とっても悔しく、もどかしく感じました。

悔しい悔しいと呟いていると、野田先生のご指導が入りました。

「君たちが日本語のカウンセリング・デモを見ているときだって
全ての対話が聞き取れているわけじゃないでしょ。
たぶん聞こえなかった部分を、前後の文脈から想像して埋めているのじゃないか?
あなたがわからなかったというのは、英語の能力の問題ではない。
あなたは、カウンセリングの流れをつかみそこなっているのだ」

・・・たしかに、このクライエントの現在の問題を
私は「見える」ようにはっきりとは掴めていませんでした。

「それなら聞きなよ!
カウンセリング中に聞けなければ、終わってから、
『今のは私にはよくわかりませんでした』と聞けばいいじゃないか」

・・・イヴォンヌの話については、ひとことも逃したくなかったので
わからないところがあれば、すぐに質問をしていました。
でもカウンセリングのデモに関しては、私にわからないのは仕方がないと、
なんとなく最初から、あきらめて見ていました。

英語が不完全な私のままで、それでも学びたいなら、質問するしかなかったはずです。
『今のは私にはよくわかりませんでした』と尋ねさえすれば、
きっとクライエントの問題をかいつまんで、イヴォンヌは教えてくれたでしょう。

それなのに私は質問せず、漫然と日を過ごしてしまいました。
このクライエントのカウンセリングは、もう終わってしまったのです。
そして今ごろになって、わからなかった、悔しい、と言っている私。
これはまたしても、劣等コンプレックス・・・!

「ここであなたが学ばなければならないことは、細かい英語の言い回しじゃないだろ。
日本に帰って英語でカウンセリングをするわけじゃないんだから」
と、さらにご指導は続きます。
「あなたが学んで帰らなければならないのは、ライフスタイル分析の構造です。
イヴォンヌの職人技にこだわることはない」

はい、そうでした・・・。
イヴォンヌの技を見逃したことが私の問題ではなく、
カウンセリングの骨子を見逃したことが私の問題なのです。
そしてそれを英語能力の不足のせいにしていたことも。
反省の極<(_ _)>

yvonneclass.jpg最終日イヴォンヌは
もう1ケースのライフスタイル診断を、
早期回想からだけでやって見せてくれました。
今度のクライエントは、やはりイスラエル人ですが
いつも昂然と頭と顎を上げて話す
見るからに有能そうなセラピストで、
私にはなんだかずっと怖い人でした。

今度こそはカウンセリングの流れを見失わないぞ、と一生懸命ついていきました。
そして、なんとかついていけました。
たぶん早期回想だったから、私にも分かりやすかったのでしょう。
早期回想はコンパクトで、骨にあたるお話ですから。。。
Easy とはいえないけれど、確かに
Family value や family constellation より easier だったように思います。


イヴォンヌのライフスタイル分析は、どちらのケースもそれは見事でした。
クライエントたちの表情を見ていれば、よくわかります。
1人目は、家族の価値と家族布置から
2人目は、早期回想から
するすると、軽やかに、楽しげに、
劣等の位置と優越目標と手段、リソースが引き出されました。

私にとって、1人目のクライエントは親しみやすいタイプでした。
でも私はカウンセリングの流れについていけなかったため、
分析されたライフスタイルを、言葉として把握できても
深いところで納得するようにはこの人を理解できませんでした。

2人目のクライエントは、私にとって苦手なタイプでしたが
ライフスタイル診断の流れ、イヴォンヌのカウンセリングの構造が見えていたので
でてきたライフスタイルに、私も深く納得し、

なんといえばいいのでしょう、
このクライエントの物の見方、感じ方、考え方、ふるまい方が、
あぁもっともだな~と理解できる気がしたのです。
もう、怖い人などではなくなって
この人の、固い、いつも何かに耐えているような横顔を思い出すと
今もちょっと胸がきゅんとしてしまうほどです。。。

brasov.jpg人が人を理解するって、どういうことなのか?
アドラーは言いました。
相手のライフスタイルを知ることだと。
相手の見るように見、相手の聞くように聞き、
相手の感じるように、こちらも感じるようになることだと。

1週目の実習で、私のカウンセラー役が
私の「靴」に彼女の「足」を入れてくれたことを思い出します。

人が人を理解するとは、
自分と相手との「同じ」を見つけることではなく
自分と相手とがどんなふうに違っているか、
それぞれの「違い」方を知ることなのかもしれない。

火曜日からは、イヴォンヌのデモに倣って
ペアを組んでのカウンセリング実習が始まりました。

たまたま横に座っていたオランダ人女性に誘われて、ペアを組むことにしました。
彼女もイヴォンヌのクラスに入るのは初めてということでしたが、
とても積極的に発言し、質問し、クラスにたいへん貢献している人でした。
私がクライエントになり、彼女がカウンセラーをすることになりました。

彼女は私の現在の問題を聴きながら、
それはこんな気持ち?こんな感じ?と、
ノートにさらさらと絵を描いてみたり
彼女自身の言葉で状況を言いなおしてみたり、
言葉の足りない私の話を、一生懸命、理解しようとしてくれました。

彼女が私に起こったある場面を、彼女の言葉で描写してくれたときには
私は思わず笑って、「まるで見ていたみたいね!」と言いました。
それほど、よく理解してもらえたように感じたのです。

彼女は、「違うわ。ただあなたの靴に私の足を入れてみただけよ」と言いました。
この言い回しは、ICASSIでよく使われます。
意味は、「あなたの状況にもし自分がいたとしたら、
どんなふうに感じてどんなふうに考えてどんなふうに行動するか
言ってみただけよ」ということです。

金曜日までの彼女との共同作業で見つけ出したライフスタイルは、
私の、ほぼ根幹の部分を当てていたように思います。

でもね、よく考えてみると、不思議だと思いませんか?
だって思い出の中の私は、古い日本家屋の、畳の部屋にいるのですよ。
彼女の目には、これと全く違う、似ても似つかない景色が見えているはずです。
それでも、相手のことを理解できる?
それってどういうことなのでしょうか?


firework.jpg人はそれぞれ感じ方が違う。考え方が違う。それに加えて、
ここでは、もともとの言葉が違う。
文化が違うのです。

ひょっとしたら、細部の違いは大事ではないのかもしれません。。。
いや、むしろ、
英語というお互いにとって外国語を使ってのコミュニケーションだったから、
細部の違いが大事でなくなったのかもしれません。

クライエントの問題をカウンセラーの目で「見える」ところまで聴くには
工夫もいるし、想像力もいるし、粘り強さもいります。
でも、クライエントと全く同じものをカウンセラーは見ることができません。
それは無理なことです。

だからおおざっぱに、
大事な部分だけを掴む。。。

生きた早期回想は、ぴちぴちはねる魚のようなものです。
傷つけないように、大切に扱わなくてはなりません。
その魚のユニークさを調べるために
ひとつひとつのウロコの色に注目していては、
かえって全体の色を見失ってしまうでしょう。

ひょっとしたら、英語で語るということそのものが
適度なフィルターとなって
出来事の不必要な細部を消し、
全体のシルエットを浮かび上がらせてくれるのかもしれません。


日本人でない人にきっちりライフスタイル診断をしてもらうのは初めてでしたが、
こんなふうに興味深い発見もあり、とても楽しいものでした。
それに、なんといっても、クライエント役はラクでした。
聞かれたことに答えていればよいのですから。

これに味をしめ、
来週のコースでは、是非ともカウンセラー役を体験してみようと秘かに心に決めました。
それは、やってみると、かなり大変で
またまた私の劣等感を刺激するものとなったのでした~

ライフスタイルは赤い糸

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イヴォンヌの授業を受けるのは、初めてです。
正直言って、少し怖かったのです。
なぜかって?・・・
今までに彼女のコースを履修した日本人は、野田先生にY子先生。
イヴォンヌが日本人を気に入っておられるのは
今までの生徒さんが優秀だったからにちがいありません!

・・・なぁんて、もちろん、劣等コンプレックスです。
まあ、ご想像どおり、飛び込んでみると、劣等の位置はやはり私の幻想でありまして
そんなこと気にしている人は、私以外、誰ひとりいないのでした(^_^;)

イヴォンヌは、彼女のもっている智恵のありったけを
生徒ひとりひとりに分けへだてなく、心をこめて教えてくださる方でした。
まるで、アドラー心理学のライフスタイル分析を使命として
人々に貢献することを決めた巫女のような方でした。


goat.jpg1週目午後のクラスは「ライフスタイル分析の実践方法」
参加者は全部で14名、ルーマニア4人、アメリカ3人、日本3人、オランダ2人、
そしてトルコとスイスが1人ずつという構成でした。

大きなテラスが部屋の外にはりだしていたので
イヴォンヌの提案で、
みな椅子をもってテラスに出て、輪になって座りました。
下の草地では、山羊(!)が数匹、緑の草をはんでいます。
ときどき首につけたベル(goatbell?) と鳴き声が聞こえてきます。

自己紹介のあと、ライフスタイルに関する短い講義がありました。
イヴォンヌは言います。
「アドラー心理学の理論はひとつの仮説にすぎません。
他にも仮説はたくさんあります。
でも、いちどアドラー心理学のこの仮説を採用することに決めたなら、
ほかの仮説と混ぜて使ってはいけません」
このときのイヴォンヌの力強い声は
アドラー心理学への揺るぎない信頼を伝えていました。

これ。これが好きなんです、私。
ICASSIに来てぞくぞくするほど嬉しいのは、
こんな情熱的な先生に、たくさんお会いできることなんです!

ライフスタイル診断のモデルを見せるため
イヴォンヌがデモンストレーションをしてくれました。
クライエント役に手を挙げたのは、トルコからの参加者でした。

カウンセリングを始める前に、イヴォンヌは言います。
「私がいったんカウンセリングを始めたら、たとえデモでも、
彼女は、私のクライエントです。
私が彼女と話している間、誰も口をはさんではいけません。
質問は、後でするように」
なんてきっぱりした態度でしょう!
どれだけ目の前のクライエントを尊敬しなければならないか、
そして自分の仕事に責任をとらなければならないか、
この一言から学ぶことができました。

red_thread.jpgさらにイヴォンヌの説明の、詩的なこと!
「ライフスタイル分析は出来事と出来事の間の
『赤い糸』を見つけ出すことです。
赤い糸ってわかる?
むかし病院や宿舎で、よそのものと交じらないように、
シーツやリネンに1本だけ、目印に細い赤い糸を縫い込んだの。
私たちはみな、ひとりひとりに『赤い糸』があります。
カウンセラーの役目は、
クライエントに自分のそれに気づいてもらうことです」

イヴォンヌは視覚型らしいですが、
同じく視覚型の私には、とても印象的な説明でした。

アンドリエッセンスの「早期回想分析シート」の使い方とか
初めて見る「私のライフスタイルシート」の使い方とか
達人のコツのような、たとえば、
現在の問題を、具体的に「見える」ように聴いていかねばならないとか
ふたりとも「見え」たら、すかさず早期回想を聴くとか
カウンセラーはクライエントの早期回想を覚えておいて何度も証明してみせるとか、
技術的なこともたくさん教えていただきましたが、

やっぱり私が最も感動したのは、
イヴォンヌのアドラー心理学に対する、熱い思いでした。

そして彼女の人柄・・・
きっぱりとやさしく
かしこくてお茶目。
人々と世界を愛する、とてもチャーミングなイヴォンヌ!

icassi12.jpgイヴォンヌの言葉と情熱をシャワーのように浴びて
私は感動して、
何もかも吸いとりたいと願いました。
もちろん全部吸収するのは無理ですけど、
興奮のあまり、毎日、部屋で、
その日のノートを清書して復習しました。

窓の外にはカルパチア山脈。
山羊や羊や、雨や風の息づかい。
私はこの場でこの先生に学べることを
ほんとうに幸せに感じました。

英語で基礎講座

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2週目の午前は、ヴラッド・グリゴレスクの
Adlerian Psychotherapy というコースをとることにしました。
ドライカース、モザック、シャルマン先生たちのまとめた
「シカゴ・スタイルのアドラー心理学システムの講義」をしてくれるということです。

野田先生はシカゴで、シャルマン先生からアドラー心理学を学ばれましたので、
シカゴ・スタイルというのは、私たちの学ぶアドラー心理学とほぼ同じです。
この機会に、これまで日本で学んできたアドラー心理学を
英語でおさらいするのもいいかもしれない~と思ったのです。

ヴラッドとは、私は面識がありませんでしたが、
全体の集会や講義でも通訳を担当しているルーマニア人男性で
このコースも「ルーマニア語あるいは英語」で行うらしく、
きっと地元ルーマニア参加者のための基礎入門コースだろうなと考えました。
そうすると、英語を母国語としない人が多く参加するでしょうから
私にとっては、ハンディキャップが少なくていいかも~と期待しました。

が、そんなふうに劣等コンプレックスを使って、うまくいくわけがありません!
みごと、思惑ははずれました~

2週目最初の日に教室に行くと、講師のヴラッドしかおりません。
彼はけっこうイケメンなんですが、
短髪で、こわもてで、少し暗い感じで、なんだかとっつきにくい雰囲気なんです。
次に現れたのはイヴォンヌのクラスでも一緒のフローリンという若者。
それだけ。。。
つまり、講師ひとりに生徒ふたりという、
超・お得ともいえますが、
超・気の抜けない、濃密なクラスに入ってしまったのでした(*_*)

フローリンは、もともとヴラッドの生徒です。
彼は英語に不自由しないので、3人だけのクラスは、どんどん英語ですすみました。
こんなつもりではなかったのですが~

でもね、この環境は、かえって良かったようでした。

基本前提などの理論の説明から始まって
カウンセリングの進め方、ライフスタイル診断書の書き方まで、
カウンセラー養成で習うような実践方法。
さらに、すぐに使えそうな技法の数々。
ヴラッド自身の経験や事例、彼の師であるハロルド・モザックの事例など、
彼はノートもメモも使わず、百科事典的に網羅して次々と教えてくれます。

ひょっとしたら大当たりだったかもしれません(^_^)v

icassi11.jpgフローリンはとても勉強熱心な、心やさしい謙虚な若者で、
おかげで私も質問しやすく、
質問するとヴラッドは喜んで、どんどん話を拡げてくれます。
彼らもだったでしょうが、私も、だんだん居心地よくなりました。

ヴラッドは、こちらのニーズに合わせて
理論的なことに加え、技術的なことをたくさん講義してくれましたので
思っていた以上に多くの新しいことを学ぶことができました。
特に Richard Kopp の Metaphor Therapy の本を教えてもらったのは、
私にとって大収穫でした!


毎週水曜の夜、ICASSIはフリーで、多くの人がブラショフに遊びに出かけます。
友だちがいなくて手持ちぶさたにしている様子のヴラッドをみつけて、
野田先生が声をかけられました。

あとで彼が言うには、「声をかけてもらって本当にうれしかった。
僕はシャイすぎて、友だちになりたくても自分からは言えないんだ」
のだそうです。
(^_^;)

最初は野田先生主導の会話だったのが、
うちとけてくると、後半はヴラッドがのりまくり。
1時間以上、(私は主に聞き役ですが)あれこれお喋りしました。

彼はブカレストで心理の勉強をしたあと、
トロントのアルフレッド・アドラー・スクールに留学して2年間学び
その後またブカレストに戻って、個人オフィスを開業した人です。
野田先生がシカゴから日本にアドラー心理学を持ち帰られたのと同じように
彼がルーマニアに最初の種を、20年以上前に植えました。

今では、ルーマニアでICASSIが開催されるほどにグループは成長しましたが、
まだ人数は少ないようです。
日本アドラー心理学会の会員が800人以上いると聞くと
たいへん驚き、そして、とても勇気づけられたようでした。
どのように日本でグループが成長してきたのか、熱心に聞いていました。

ああ、ここにも、アドラー心理学の普及に人生を賭けた人がいる。
自分の成功のためにではなく・・・
・・・この人はアドラー心理学がほんとうに好きなんだな。
そう感じながら、少年のように語るヴラッドの顔を見ていました。

こうしてヴラッドは野田先生のお友だちになりました。
最初会ったときと雰囲気が全然違います。
なんだかひどくカワイイのでした・・・
まあ私としては、仲人として貢献できたのかな(^^)

ヴラッドはウィーンで博士号をとるために、論文執筆に忙しいようです。
むずかしい顔をしているのは、そのためかもしれません。
がんばれー!

今年のICASSIで出会った、忘れられない師となりました。

協力へのグループ・プロセス

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ICASSIの1週目、午前はエリカのコースをとりました。
エリカはクラスルーム・マネージメントの本も出している
とても有能なスイスの小学校の先生です。

「Group Process for Cooperation」というコースで、
学校現場だけでなく、どんなグループでも使える協力の仕方が学べます!
ということだったので、自助グループで使えればいいなと思い、
このコースを選択しました。

エリカとは、3年前のICASSIのインターナショナル・ナイトで
ともに舞台に立って、おバカなスキットを競演(?)した仲です。
彼女はワイヤーハンガーを角に仕立てて牛に化け、
私は即席で合気道マスターに化けたのでした。
さらにそのとき、同じく牛に化けた友だちのウルスラ・ウィドマーが、
英語があまり得意でないエリカのために、このコースのお手伝いに入っていました。

erikclass.jpg参加者は15人で
通訳つきのブルガリア人の団体が7人と、
あとアメリカ人3人、
ハンガリー人、
ドイツ人、
香港人が各1人、
それに日本人2人という構成です。

ブルガリア人の中には
ほとんど英語を解さない人もおりました。
通訳のアントンという若い男性が、
エリカやウルスラが話した後
それを逐一ブルガリア語に訳し
(エリカの英語もあやしいもので、ときどきウルスラが手伝います)
誰かが自分の意見や質問をブルガリア語で話し
それをまたアントンが英語に訳す、という形で
ゆっくりゆっくりと、グループ全体の理解がすすんでいきました。

そうやって、英語を母国語としない人たちが、
自分たちが理解するために時間を使うことを悪びれず、
恥じることなく自国の言葉で発言し、積極的にクラスに参加しています。

嫌がる人なんてひとりもいなかったし、
もしもいたとしても、言葉の不自由な側が
学ぶ権利を放棄する必要はないのです。

私は彼女たちの参加に仕方に感心してしまいました。
日本人って、いつも何を遠慮しているのでしょうね?
通訳なしで参加していることだけでもエライことなのに。。。

icassi8.jpgコースでは一貫して
「民主的な」グループ運営の方法を教えてもらいました。
・グループ形成の4つの段階
・Contract(契約)を作る
・問題解決の話し合い
・クラスミーティング
などです。これらは当然、学校現場だけでなく、
家族会議や自助グループなどで応用できそうです。

いえ、エリカとウルスラの5日間にわたるコースそのものが、
このプロセスの実践でした。

小さなワークが毎日あって、数人のグループに分かれ(分け方は毎回変わります)
ストローと虫ピンだけで、できるだけ高いタワーを作ったり
グループのルールを話し合って決めて発表したり
問題解決のための話し合いをロールプレイしたり、

icassi7.jpg私もワークで書記をさせてもらったり
ロールプレイでクライエント役をしたり

もちろん言葉の障壁はありました。
だまって話を聞くだけのコースではなかったので
いろいろなワークの指示を聞き分けねばなりません。
全身耳のようにして
かなりなまりのあるエリカの英語を聴きとろうと集中したので
午前の2時間が終わると、いつも疲れ果てていました。

それでも、自分もこのグループに所属している、
貢献しているのだと感じ、
協力のプロセスを体験することができました。

忘れられぬ友だちもできました。

ブルガリアンは、みな美しく陽気です。
日本語に興味があるみたいで、自分の名前を日本語で書いてくれとせがんできます。
ノートにひらがな、カタカナ、漢字(当て字)で並べて書いてあげると、
とても喜んでくれました。

ドイツで親教育プログラムのリーダーをしているという
「STEPおばさん」(←私の勝手な命名)は、とても美しい上品な英語を話します。
聞くと、むかし英語の先生だったとか。
日本の Passage の話をするとたいへん興味をもっていました。

ボランティアでハンガリー語と英語の通訳をしているキンガは、
黒髪・黒い瞳、ナイスバディでさっそうと廊下を歩く姿は自信に満ちていて、
ほれぼれするぐらい素敵でした。
ほんとうに親切な人で、彼女がいるだけであたりが華やぐようでした。

最後の日に、両隣の人たちに、
それまでに見つけたその人の素敵な点をカードに書いて渡す、というワークをしました。
いただいたメッセージがとても嬉しかったので♪
記念にここにも書かせてくださいね。

Ayako, I very much appreciate your thoughtful, respectful, warm and kind way of connecting to people and like a lot your charming smile :) Stay as you are - It would be lovely to meet again! (ステップおばさんより)

Ayako, I like you for being so kind and tolerant, a loving and caring person who really takes care not to hurt other people.(キンガより)

おまけ(ウルスラより)
Ayako, it was so nice to meet you again - although we did not have much time together. I liked to have you in the group and to look at your smiling face.

erika,ulsura.jpg
      エリカ  と  ウルスラ

そして今年の課題は

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今年のICASSIの目的は、最初からきわめてはっきりしていました。
イヴォンヌ・シューラーからライフスタイル分析を学ぶことです。

現場で実際に自分で使えるようになるためには、
わからないことはわかるまで聞いて、解決して帰らなければなりません。
「いいお話を聴いたわ」で終わっては、
高い航空運賃を払ってルーマニアまで行って、なんにもならないのです。

cornina.jpgそれには英語のヒアリングの問題があります。
イヴォンヌはドイツ語を話すスイス人ですので
英語にもドイツ語なまり(スイスなまり?)があります。
それは私にはとても聞きとりにくい発音なのです。

ではどんな英語なら聴きとりやすいのかと聞かれると、困ってしまうのですが
ヨランタのように発音記号通りに正しく英語を話してくれる人って、
ネイティブではあまりいないのかもしれませんね。

・・・でも、ぼやいていてもはじまりません。
イヴォンヌのコースを2週連続20時間履修するのに加え、
(Lifestyle Analysis: A Practical Approach と Using Lifestyle for Problem Solving)
1週目の午前はエリカ・エクレの Group Process for Cooperation をとります。
エリカもスイス人で、はげしいドイツ語なまり(スイスなまり?)をもっています。

今年は否応なく、「スイスなまり英語に耳をチューニングする」
ことが、私の課題となりました。


ICASSIへの参加のしかたは、人それぞれ、さまざまだと思います。
アドラー心理学を学ぶ以外に、お楽しみイベントがいろいろありますから、
友だちをつくること、他国の文化を知ること、英語を使ってみること、などなど、
その人なりに楽しんで参加できる機会がたくさんあります。

3年前私は、特にこれといって考えることなく、
何はともあれ一度体験してみましょ、で参加しました。
それでも、ハラやマリオンとの関わりの中で、
私に値するよりもはるかに大きなものを、いただいて帰ることができました。

しかしそのとき私は、野田先生が補正項に書いておられるように
半分程度しかわからない英語の只中で、「私なんか」が質問することをためらい、
わかってもいないのにわかったような顔をして、
たくさんのことをあきらめて、スルーしてしまいました。
まわりからどう思われているかとか、そんなことにエネルギーを使い、
まったくもって self-centered で、非協力的だったなぁと、
とても恥ずかしく思い出します。

いまも私は相変わらず self-centered でありますが、
今年は目的がはっきりしていましたから、
どのクラスでも、わからないことがあれば機会をさがして質問しました。

先生たちは質問を喜んで、とても丁寧に答えてくださいましたし、
ときにはクラスメートが、積極的に援助してくれました。
思わぬ人が、思わぬ形で手をさしのべてくれるのです。
こちらが関わった分だけ、人も関わってくれるという体験。
これを sense of belonging といわないで、なんといいましょうか。

そうしていると、
教わったことをわからないままで放っておくという行為は、
自分ひとりの問題ではなくて、
先生や仲間たちに対して、
たいへん失礼で無責任な態度なのだと気づきました。

イヴォンヌは共同体感覚 (Gemeinschaftsgefuhl)を
略して「GG」と書いていました。
決して英語が100%わかるわけでないこの私が、
私のままで積極的にクラスに参加することが、
それだけで共同体に対して建設的、GG だったのです。

気がついてみれば、とてもシンプルです。
自分のことにばかり向いている目を
他者に向ければいいのですから。
ああ、いつも問題は自己執着 self-attachment にあるのですね!

poiana.jpg

さておもしろいもので、スイスなまりに耳が慣れるに従って、
今度はアメリカ英語やイギリス英語が聴きとりにくくなってしまいました(^^;)
でも目的はイヴォンヌから学ぶことですから、
この秋までは、しばらくこの耳のままでおりましょう(^^)

まずは宿題報告から

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3年前のオランダ・メノローデのICASSIで
私は大きな宿題をもらったように感じました。
そのことは、2008年2月の『アドレリアン』55号に
次のように書かせていただきました。

「私は、アドラー心理学が人類の宝であるということを全身で学んだ。この宝を伝え継ぐために、私が橋となり、私がのろしとなるために、私が次にどう行動するか。出会った師たちに語るべき次の言葉は、その決意であるはずだった。それが、私がICASSIからもらった宿題である。」  2007年ICASSI体験記(2)

この夏、
ルーマニアのポイアナ・ブラショフという町のホテル・アルピンで
私は懐かしい師や友に再会することができました。

やっぱり青い服が抜群に似合うハラ・バック。
「青は私のラッキーカラーなのよ!」
弾丸トークのマリオン・バラ。
「今年も2週間参加する? Good!たくさん話す時間があるわね!」
(といっても彼女は忙しすぎて、けっきょく話す時間はほとんどなかったのでしたが)
歩いていると後ろから「Here I am ♪」と抱きついてきた陽気なアンシア・ミラー。
体をゆすって笑うビル・リンデン。
また一回りおなかの大きくなったジョン・ニューバウワー。
国際学会で座長をしてくださったジヴィット・アブラムソン。

icassi5.jpgみなそうそうたる学者であり講師の先生であるのですが
ICASSIでは、野田先生(ジャルシャ・ノダ)も含めて
先生も生徒も、親しくファーストネームで呼びあいます。

3年前ICASSIに参加して、アドラー心理学に対する私の姿勢は、劇的に変わりました。
アドラー心理学は私の身の回りの個人を幸福にするツールだったのですが、
それが人類全体の幸福につながり得る「鍵」なのだと、信じるようになったのです。


2007年秋の総会発表につづき、
翌2008年夏の国際学会での発表。
アドラー心理学への「狂信」なくしては、
こんな舞台を踏むことは、私には決してできなかったでしょう。
臨床で実際にカウンセリングをするようにもなりましたし、
2009年秋にはヨランタ・プロジェクトをとり行いました。

私はますますアドラー心理学に、どっぷり浸かるようになりました。
こんなに積極的に生きるようになったお礼を
私はどうしても、師に伝えなければなりません。


意図して持って行ったわけではなかったのですが、
ヨランタたちと訪れた高野山で買った曼荼羅の絵のついた小さな手鏡を、
私はスーツケースのポケットに入れていました。
これをハラにあげようと思いつきました。

開会式前、座っているハラのそばに行って言いました。
「ハラ、これはあなたへのプレゼントです」
「How sweet you are! Beautiful! これはなあに?」
「曼荼羅の絵の一部です。高野山という仏教の聖地で買いました。あなたのコースに出たことは私にとって、とても助けになったので、本当に感謝しているんです」
「曼荼羅は聞いたことがあるわ。嬉しいわ!アートセラピーはしてみた?」
「いいえ、アートセラピーはステキだけど、私はきちんとアートの勉強をしたことがないので、私のする仕事ではないと思います。私のすることはむしろ、翻訳とか文章を書くことじゃないかと思って」
「すばらしいわ」
「それで、日本のアドレリアンに向けて、あなたのコースでの体験を書きました。これが日本の学会誌で、ほら、ここに、あのときの写真があります」

私はハラに見せるため、上の『アドレリアン』55号を持参していました。
ハラはものすごく喜んでくれました。
目を細めて白黒の小さな写真を眺め、小見出しのタイトルを読み、
「ああ、読んでみたい!これを英語に訳してもらえないかしら!」と叫びます。
「ううん、エッセイなので、英語に訳すのはとても難しいのです・・・」
「でも、せめて要約だけでも!」
「そうですね・・・トライしてみます」
「お願いね!」

・・・とまあ、また宿題を出されてしまったというわけです~(^_^;)


icassi3.jpgハラのコースに出られた方々、
感想を書いて送ってあげるとハラはほんとうに喜んでくれますよ。

だって彼女は言っていましたもの。
「私のコースのメンバーを、私はぜったいに忘れないのよ。
 その人の絵といっしょに覚えているの!」

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