2010年12月アーカイブ

2010年の終わりに

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いつもアルフレートな日々におつきあいくださいましてありがとうございます。
おかげさまで私も大過なく一年を過ごすことができました。
今年はお師匠さまにならって、私もたわむれに1年のまとめをしてみましょう・・・

まず、アドラー心理学関係では、
7月にルーマニアで2度目のICASSIに参加したこと。
そしてICASSIでの師イヴォンヌ先生が、
10月から1ヶ月半、日本に来てくださったこと。

私にとって何が良かったといって、
日本の先生方と全く個性の違う、
「おしゃべりな」イヴォンヌ先生のカウンセリングを見せていただいたこと以上に
多くを学べたことはありません。

違うタイプの治療者のやり方を見せていただくことで、かえって
背後にあるアドラー心理学の構造がはっきりしてきたように思います。

なんだか私は、カウンセリングでは、習った通りに
ある型にきちんとはまって動かなくてはいけないと思いこんでいて
そのくせ型どおりにはなかなか動けなくて、
そのため勝手に穴に落ちたり這い上がったりしていました。

しかし、イヴォンヌ先生のカウンセリングを見せていただいて
相互信頼、相互尊敬、協力、目標の一致があれば
そしてアドラー心理学の構造、基本前提に忠実に動けば
さまざまな個性は、とても大きな力になることを知りました。

私は私のこの身の丈のまま、
クライエントさんと誠実に関わっていけばいいのかもしれない。

この気づきは年末のASMIでの学びとも呼応して
なんとも深い安らぎに私を導いてくれます。
ありがたい年の終わりです。


さてプライベートでは、

なんといっても娘が母となり、私がおばあちゃんになったことでしょう。
子どもを生み、その子が孫を生み、
こうして、次の世代を育てるというお役目だけは、
離婚してもかろうじて果たすことができたのだなぁと感慨深いです。

息子も21才になって
あいかわらず好き勝手をしながらも、
教育実習では中学生にすっかりおっさん扱いをされ(笑)
秋には実家を出てひとり暮らしを始めています。

もうふたりとも、私の羽根の下にはいないのだな~と
当たり前のことながら、しみじみと思うこの頃です。


本もたくさん読みました!
むずかしい昭和史や政治系の本は別にして、
今年読んだ私好みの「うっとり系」の本をいくつかご紹介しておきます。

梨木香歩『水辺にて』
タブッキ『インド夜想曲』
ツヴァイク『昨日の世界』
エリアーデ『エリアーデ幻想小説集』
ユルスナール『東方綺譚』

いや~われながらロマン派です(^^;)

そして、良かった、というか
今年、何度も何度も何度も何度も繰り返し聴いたCD。

"Rain of Blessings" by Lama Gyurme
"Mantras for Precarious Times" by Deva Premal

どちらもサンスクリットのマントラですが
上はチベットの僧侶によって伝統的節回しで歌われています。
下は、短いマントラを全て108回ずつ繰り返し唱えているという
とんでもない代物で
どちらもかなりオススメです。


今年も暮れていきます。
ひどい寒波です。
鳥取の娘たちの家は雪の中かもしれません。
息子は父親の神戸の家に帰っているとのこと。
私は大阪。
こうして離れて暮らしている相手をどうしているかな?と思いやる気持ち
一緒に暮らしている以上にこの気持ちはあたたかい。
このあたたかさを、ありがたく味わっています。

みなさまどうぞよいお年をおむかえください。

ピンポンゲーム2

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2週間ほど前、とあるアドラーお勉強会にて
事例を出す必要があったので、
せんだっての娘とのピンポンゲームの話を、またしました。

1回の権力闘争で2度おいしい・・・(笑)
いえ、せっかくですからこの題材からたくさん学ばなければ。

ピンポン理論のおもしろいところは
マイナス感情がおこる = 劣等の位置におちる。
ゆえに、劣等感を補償しようと起こすひとつひとつの行動がそのまま
優越目標に向かう上向きの矢印になっている、
というところだと思います。

だから、落ちたときの感情をくわしく聞けば
その人が相手の行動をどう解釈して
何をおびやかされたと感じたのか、
その人の劣等の位置がわかります。

そうすると鏡の像のように
逆の位置にある優越目標もわかります。

理論的には、そのはずなんですけどね(^^)

まあそれで、私の話を聞いてもらっていると
私は、最も低い位置に感情が落ちたとき
「お母さんなんかいらない」と言われたみたいに
勝手に翻訳していたことがわかりました。

そうすると目標は、「お母さんがいる(必要)」と言ってもらうこと?
子どもたちや人の役にたつこと?

うーん、何か違うぞ。
そりゃ人の役にたちたくないわけじゃないけど・・・
こう言っちゃなんですが、
私は人の役に立ちたいと思って生きるタイプではありません。
いたってワガママなもんで・・・自慢になりませんけど(^^;)

おかしいなあ~なんか違う気がする~とテーブルの4人で話していると、
おヒゲのN先生が通りがかられました。
「N先生~助けてください」とお呼びして
手短かにエピソードをお話しさせていただきました。

「役に立ちたいんじゃないんだ。このときどうなってほしかったの?」とN先生。
ーあつあつのおいしいご飯を喜んでもらいたかったんです~
「喜んでもらいたかったんだ」
ーそうそう

え?でも私、Pleaser とは違う気がするなあ・・・
となおもブツブツ粘っていると

「じゃ喜んでもらうの反対は何?」
うーんっと、うーんっと、いっぱい考えて浮かんだ答えは、
ーBoring ・・・退屈されること。
「えーそうなんだ。怒られることじゃなくて?」
ーうん、怒られるのはいいんです。私と居る相手に退屈されるのが一番イヤ。
「そうなんだ。へえ~~」
一同「おもしろ~い!」と驚いておられました。

私にとっても驚きです。
「喜んでもらう」は please じゃなくて entertain なんですね!
I should entertain people.
ひえ~私ってそんな人だったんだ!

反対語を聞いていただくことによって明らかになったんですから、
なんて素敵なするどい質問でしょうか!

でもまさしく、このエピソードで私がしたかったことは
娘を entertain することでした。
息子といるときもそうです。
面白がってもらえそうな話題を考えて、タイミングを見てそれを出す。
好みのおかずを段取りよく調理して、待たせずにさっと出す。
いつもそんなふうな工夫をしています。
「やり方が職人的なんだね」とおヒゲのN先生。

そういえば
食事中にテレビをつけられると、私は簡単に劣等の位置に落ちますし
会話中に欠伸されても、きっと普通の人より気分を害しています。
この人は私といて退屈しているのじゃないだろうか?
などと考え始めると、ちょっと神経症的になるときさえあります。

私はきっと自分のことを退屈な女の子だと思っていたのでしょう。
だから一生懸命本を読んで知識を得たり話題を増やしたりして
仲間に入れてもらうためには、そうしなければならないと思いこんでいたのでしょう。
「あなたといると楽しいわ」って言ってもらえるときだけ、
I can have a place to belong.

そんなこと、ないのにね。

いやぁ、私の思ってもみなかったライフスタイルが判明して
ものすご~くすっきりしました!
そしておヒゲのN先生の質問から、身をもってたくさん学ばせていただきました。
ありがとうございました!

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