2011年3月アーカイブ

ラブラブ

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日曜の夜から、鳥取の娘の家に行っていました。
ほんとうはお手伝いのつもりだったのですけど、
地震の影響でお婿さんの学会出張がなくなりまして
すっかりお客さんさせてもらいました。

こうすけは、もう5ヶ月になりました。
もうちょっとで寝返りをうちそうです。
いないいないばぁをしてやると、声をたてて笑います。

5ヶ月にしては大きくて
おむつ替えのときに向きを変えると
ベッドの横幅ぎりぎりいっぱいの身長になっていることがわかります。
木の柵を足でぼんぼん蹴って喜びます。

bebycar.jpg今回は鳥取も昼間は暖かくて
ベビーカーでゆっくりお散歩に出ることもできました。
少し遠出してお城跡の久松公園あたり。
それから川沿いの桜並木。

ベビーカーに寝たまま移動するこうすけには
青空と、その下に広がる
桜の木の枝とが見えるのでしょう。
桜のつぼみはまだ少し固いけれど、
みんなほんのりと色づいて、
開花の準備をしているのがわかります。
吹く風にのって
どこかから沈丁花が香ってきます。

こうすけは少しだけ人見知りが始まっているようで
最初、とても緊張されてしまったのですが、
2泊もすると、すっかり仲良しのラブラブになりました。

帰る前は、長いことお互いに見つめ合って
テレパシーでお話ししました(ほんまか?)
じゅうぶんにお別れをすると、
こうすけ、にわかに両手の指の観察を始め
そのまま指しゃぶりに熱中するのでした。

この次会うときは、また私のこと忘れているんだろうなぁ。。。
5月連休には帰ってくるという話です。
またいっぱい遊ぼうね~

bed.jpg

コンタクトレンズ

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スピリチュアル・ワーク1日目の夜、
寝る前にコンタクトレンズ(ハード)をはずそうとしたら
なんと
左目のレンズがパキン!と割れてしまいました~(@_@)

こんなこと、初めてです!
しかも、2週間前に新しくしたばかりのレンズなのに!

定額制のメルスプランというものに入っているので
レンズ交換は何回でも無料です。
なのでお金の面では痛くないのですが・・・

両眼とも視力0.02程度のど近眼に乱視、
しかも最近は老眼まで加わって
近くも遠くも、よく見えません・・・

始まったばかりのスピリチュアル・ワーク、あとの3日間、
片目コンタクトでやっていかねばならないはめと、あいなりました(>_<)
一応メガネは持って行っていたのですけど、
古いので近視乱視の度は合っておらず、遠視に対応もしていません。

いや~疲れました。。。
無意識に右目のほうに焦点を合わそうとしていたのでしょうね、
目も頭も、異様に疲れましたです。


片目で過ごしてみて、つくづくわかったのは、
私は、ひとつひとつが accurate に、
くっきりはっきり見えるのでないと
劣等の位置に落ちる!ということでした。

忘れもしない小学校4年生の春、
新学年の視力検査で、かなりひどい近視になっていることがわかり
はじめてメガネを作りました。
メガネをかけると、それはもうくっきりはっきりと世界が見えて、
他の人はこんなにきれいにものが見えているのか~と驚きました。

そのあと、どんどん近視がひどくなって
いつも視力検査のあとには、メガネを作り直しに行きました。
新しいメガネを作ってもらった帰り道はいつも
くっきりした輪郭のある世界に驚き、感動していました。

目が悪いというのは、私の器官劣等性です。

もしもメガネやコンタクトなど文明の利器がなかったら
私はたぶん、聴覚を発達させるしかなかったでしょう。

中学生になってコンタクトレンズを使うようになってからは、
とっても快適で、目の悪いことなど忘れておれるほどでした。
(プールのとき以外は・・)

だけど~
やっぱり~
「見る」ということには、かなりこだわっていたみたいです。

以前、
目に良いかと思ってソフトコンタクトを試したことがあったのですが、
乱視の矯正がうまくいかず、
どうしても気持ち悪くてあきらめました。

遠近両用のハードコンタクトにしようと試したこともあったのですが、
人によっては全然気にならない程度に、少しだけ全体が暗く見えてしまうので
これがどうにもイヤで、あきらめました。

不便でも、
近くは近くではっきりと!
遠くは遠くではっきりと!
というのが、私の理想です!

(だから今は、近視乱視の矯正にはコンタクトをつけ、
近くを見るときには、その上に老眼鏡をかける、という
しちめんどくさいことをしています)

人々の表情や
世界の動きがよく見えないと
私はと~ってもおバカになった気がするのです。
くっきりはっきり見えさえすれば、
もっと的確に、かしこく、臨機応変に、対応できるような気がしています!

実は、はたから見たら、全然変わりないでしょうにね!
誰も私が片目コンタクトだったことなど気づいておられなかったと思います。
だから、すべて私のフィクションです(^_^;)

ああ、今から年をとっていくのに、どうなるんだろう~
こんなこだわりを続けていくのは、いいかげん無理かもしれません~

視覚以外の情報も、もうちょっと気をつけて取り入れるようにしよう。。。
そんなこと、意識してできるかどうか、わかりませんけどね。

3月18日から21日にかけて大和平群で行われたスピリチュアル・ワークは
いままでと少しおもむきの異なった、しかもとても濃密な内容のものでした。

アドラーネットによる宣伝の効果が出てきたかな?というところで
あの大地震と津波。。。
さらに首都圏を巻き込む停電や交通の混乱。

地震から2夜明けた13日、参加予定者全員に、
地震によるキャンセルの場合は全額返金します、とメールを出しました。
仙台にお住まいの方からお電話をいただいたときは、ほんとうに安堵しました。

主に関東方面の方6名がキャンセルされ、
結果、野田先生を含めて総勢15名と、いままでにない少人数のワークとなりました。

今までのスピリチュアル・ワークでは、
たいてい4,5人のグループに分かれて早期回想の絵を描いたり、話し合ったり、
ときどき全体で講義やカウンセリングが行われたりしながら進んでいたのですが
今回の人数だと、グループに分ける必要はなさそうです。

机を取り払って、椅子を丸く並べて大きな輪にしました。
おかげで全員のお顔や様子がよく見えて、
みんなのことがよくわかって、
とても発言しやすくなりました。

1日のワークの終わる夜9時を過ぎても
この輪から出て部屋に帰られる方はほとんどおらず、
野田先生も興ののられるままに
しばしば午後10時すぎまでもお話を続けてくださるのでした。

休憩時間になっても
誰も席を立たないときさえありました。

全員が先生を中心に、おそろしいぐらい集中して
それぞれがどう生きるべきか
親子は、家族は、社会は、共同体は、日本はどうあらねばならないのか、
一生懸命考えを深めました。

男性が参加者の約半数を占めていたこともあって、
活発な情報交換やオタクな話題もおもしろかったし、
納得いかない部分に徹底的に質問して食い下がる方もおられ、
その参加の姿勢にとても学ばせていただきました。

しだいに、全員がひとつの家族、
いや、ひとつの共同体になりました。
今も、おひとりおひとりの姿や言葉が思い出され、心があたたかくなります。
どの方ひとりが欠けていたとしても、このワークは成り立ちませんでした。
みんなが違っていて、みんなが大切だと、みんなが感じていました。

さらに、今回のキーワードはやまとことば中心でしたので
難しい漢字の仏教用語がキライな私としましては、うれしかったです~
「よごと」「まがごと」
「あらぶる」「やはらぐ」
「わける」「むすぶ」
「まこと」「ことよさし」
どちらかというと「古語辞典」が要ったよね、と
参加者同士で笑って話していました。


heguri.jpgスピリチュアリティの先にある
あるべき日本のすがたは
遠い遠いトンネルの先にある
小さな光としてですが、
先生に渾身の力で教えていただきました。

この情報を自分のものとするために、
しばらく保田與重郎の本を読んでみようと思っています。
むずかしそうですが・・・
学んだ者の責任として
情報を知識と智慧にするために。

神さまへの道

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ずっと祝詞(のりと)のことを学びたいな、と思っていました。
ある日、いきなり思い出しました。
私は「神拝詞(となえことば)」という冊子をいただいたことがあるのです。

16年前、神戸で被災し家が全壊しました。
少し落ち着いてから、何か社会に対してできることをしたいと思い始めました。
下の子が小学校に入ったのを機に、
視覚障害者のための音訳や、緩和ケア病棟でのボランティアを始めました。
在宅の終末期を援助している団体(完成期医療福祉を考える会)と関わるようになり
その中に、古事記・日本書紀にも蘊蓄のある方がおられました。

たぶんこの「神拝詞」も、その方からいただいたのではなかったかと思います。
度重なる引っ越しにも、なぜか失わずにおりました。

6月と12月の晦日に詠む有名な「大祓詞(おおはらへのことば)」や
「祓詞」「略祓詞」「神社拝詞」「神棚拝詞」「祖霊拝詞」「略拝詞」が書いてあります。
ためしに、「大祓詞」の一部を声に出して詠んでみました。

その夜、寝床に入ってから眠るまでの間に
私と私の家族が今までずっと
どれほど神さまに守っていただいていたか
どんなに導いていただいたていたかということに、
いきなり、ありありと気がつきました。

娘や息子の合格祈願に行った須磨の網敷天満宮
震災後家族でよく訪れた東灘の弓弦羽神社

丹生川上神社の桜
丹生都比売神社の雅楽演奏
伊勢神宮の迦陵頻(かりょうびん)
平泉寺白山神社の大雪

たくさんたくさんの場面が次々に思い出され
またそれぞれの場でどれほどありがたく美しい体験をさせていただいたか、
思い出して胸がつまりました。

神さまが家にやってこられたようでした。
夕方に唱えた言霊の力だったのだと信じています。


ここ数年ずっと、瞑想にはいる前に
仏教徒であるお師匠さまにならって
曹洞宗の開経偈や懺悔文をあげてきたのですが
どうもそれらは、いまだ私のものになっていないような感じです。
なんだか違う・・・と、この翌日の朝は特に強く感じました。

二礼二拍手一礼して
神拝詞を広げ、祓詞を詠みました。

そして略祓詞「祓えたまへ浄めたまへ、祓えたまへ浄めたまへ・・・」

ああ、これはいいなぁ。。。ぴったりきます。
日本の神さまは
身を祓い浄めて人のために「よごと」をなせと
とてもはっきりとおっしゃいます。

瞑想のあと、いつもは真言宗のマントラをいくつか唱えるのですが
やはりこの日はしっくりきません。
いろいろ心の中を探りつづけて・・・

Om mani padme hum....

を探し当てました。
チベット風にこれを「おんまにぺめふん」と呟いてみて
ああ、これだ・・・!と分かりました。
私のハートはこの言葉を見つけて喜びました。
どうしてだか、涙があふれました。

言葉のもつ意味をあれこれ考えるのは、マインドです。
ハートは、ただ言葉のもつ力「ことだま」を感じとります。

今の私にひびく言霊を
しばらく大切に称え続けてみます。

祈りのとき

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東日本大震災
激しい揺れと津波の映像を見ていると言葉を失います。

いまこの瞬間にも助けを待っている人がいる。
知っている方々の安否は確認できても、
いまこのときを、どんな状況で過ごしておられるのかと考えると
胸がふさぎます。


一昨日は自宅で過ごしていましたが
地震のあとの報道を見続けていると、泣けてきて困りました。
ある種の映像は、16年前の神戸の地震の記憶と重なり
私は、膝が崩れ落ちるような恐怖にとらわれました。

でも、これは心的トラウマではなくて、
自分の身を守るための、生物学的に当然の反応です。
ですが、この恐怖に押しつぶされてしまうのは
子どもっぽい神経症的な反応です。

心を落ち着けるためにチベットのマントラのCDをかけると
かの地に今も続く運命の悲しさを思い出して、
かえってさらにウツっぽくなってしまいました。

ふと、息を深く吸って、両手を合わせてみました。

不思議なことに、気持ちがすっと落ち着き
力が湧いてきました。

前を向いて
私にできることをしよう、と。


祈ることしかできない・・・そんな言い方をよく耳にしますが
祈ることは実は、とても大きな力を持っているのだと知りました。

祈りは、祈る人の心を浄めるのだと思います。
私のちっぽけなエネルギーは、とても被災地まで届かないけど、
心が浄められてはじめて人は
次の正しい行動をみつけられるのではないでしょうか。

いま私にできること。
毎日祈ること。
感情を使わない。
正しい情報とそうでないものを見分ける。
何が求められているかを知る。
それを淡々と実行する。

私たちはみんなで、これを乗り越えることができると信じる。

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