2011年5月アーカイブ

こうすけとの休日

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20110508.jpg今年のゴールデンウィーク、
前半はかささぎ座でえらいハードでしたが

後半の5月5日からは娘が孫のこうすけを連れて
私の家に10日間滞在してくれました。

こうすけは6ヶ月!
半年前に比べると
なんて大きくなったんでしょう~
いろんな声を出し、いろんな表情をして
ますますかわいくなりました♪♪

むちむちです。
母乳が足りているのでしょうね、
朝は特に、いつでもとってもご機嫌です。

目覚めてふとこうすけの布団を見ると
こうすけは目をぱっちり開いていて、目が合います。
にっこり笑って、喉の奥でぎぃ・・・とネコみたいな声を出します。
こちらも真似して返事をすると
だんだん、えい、とか、へい、とか誘うような声を出してきます。
そうやってしばらく、へい、へい、と会話します。

なんてしあわせな時間なんでしょう~
仕事に行かなくていい日は、
こんなこうすけとの休日を満喫することができました♪

20110514-3.jpgまだはいはいは出来ませんが、
知らぬ間に寝返って布団から下りて
(落ちて?)
ぐるぐる回ってしまったり、後退したり。
動いたあとは
たたみがよだれで濡れていたり
(なめくじか~(^^))
行きたいところに行けず、
そのうち疲れてきて、怒ったりぐずったり。

大人が別の部屋で食事をしていると
甘えた声を出して私たちを呼びます。
最初は、顔を見せるだけで
手足をばたつかせて喜んでいたのに
そのうち、
そばに来て遊んでよぉってむずかって
そばに行ったら今度は抱っこして~って、
期待に満ちた顔で両手を広げて誘います。
その次には、抱っこだけじゃだめ、立って歩いてよぉって怒ります。

ぜんぜん怖くないんだけど(笑)

慣れた相手には甘えて、きーきー、なにやら要求します。
ですが、いかんせん彼が何を要求しているのか
分かるときもあるし分からないときもあるんですよね。
歌を歌ってあげればだいたいはご機嫌よくなるんですけど
そうでないこともあるし
言葉のないこうすけくんの頭の中は、あまりよく分かりませ~ん。

ともかくこうすけの一挙一動、
娘といっしょに心からたのしみました♪

布おむつの洗濯や
おそるべき食欲の娘の毎食の支度はちょっと大変でしたけど
やっぱり誰かの世話をして暮らすのはうれしいものです。

家でするお仕事がちっとも進まないから
ず~っとじゃ困りますけどね。
いや、言い訳にして、しないことに決めていたかな(^_^;)

20110514-2.jpg

身余堂

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保田與重郎について
ちょっと性根を入れてお勉強しようと思ったのですが
どの作品もかなり難解な文章みたいなので
とりあえず解説書からとりかかりました。

補正項で推薦されていた前田英樹『保田與重郎を知る』(新学社)は
とっても読みやすかった上に、附録にDVDがついていてオススメです。
大和の三輪山や棚田の風景など溜め息が出るほど美しくて、大正解でした(^_^)v

それから同じく前田英樹の『日本人の信仰心』(筑摩選書)も読んでみました。
解説本ではありませんが、これも夢中になって読みあげました。

平行して、四苦八苦しながら(^^;)
『校註 祝詞』を読み進めています。
保田與重郎ご本人の著書は、これぞ!と選んだ本だけを
1冊か2冊でいいから、
ゆっくりゆっくり味わって読んでいこうと思います。

そのほかに実は、ものすご~く気に入った本を見つけました♪
視覚型の私にアピールしたのは、やっぱり写真集でした。
『保田與重郎のくらしー京都・身余堂の四季』(新学舎)
という美本です。
それはもう断然、文章より
写真とか映像でその人の暮らしぶりを知ることができるなら、
その方が私には手の届く気がするのです~

戦後10年余たった昭和33年、
京都の鳴瀧に引っ越して昭和56年に亡くなるまで
多くの本を書いて暮らしたこの家の名を
保田與重郎は「身余堂」と名付けました。

shinyodo.jpgこの家が、それはそれは美しいのです。
敷地の隣が文徳天皇陵という立地の良さ、
家そのものの魅力、
作りすぎない庭の木々、
その最も美しい瞬間を
写真家(水野克比古)が1年通いつめて切り取った
四季折々の宝のような写真。

ああ、こんな家に暮らしてみたいなあ~と
身の程知らずにも考えてしまったほどです。
(だから身余堂、なのですね ^^;)

設計は、陶芸家の上田恒次の手によるもので
西洋風に媚びたところが全くありません。


古いお寺から移築したどっしりした門
紅殻塗りの板塀
枝垂れ桜、紅梅、木蓮、合歓の木の庭
眺めのよい広い座敷は
いわゆる銘木など使わず
潔いほどにすっきりしています。
畳敷きの廊下
囲炉裏の間。

さりげなくかけてある額や掛け軸、大皿の類は
棟方志功に河井寛次郎、
普段使いの器は上田恒次の白磁に青磁
とまあ、よだれが出そうです~。

同時代の人々との交友の中で
これら「当代一」の品だけを見分けて身の回りに集めた
保田與重郎の「ほんもの」志向が
なんとも眩しく思えます。

戦争中はあまりの過激さに軍からにらまれ
戦後は戦後で、戦争に荷担したなどと非難され
京都に「隠棲」し不遇だった・・・と言われることも多いようですが、

この身余堂に
保田の名を慕って訪ねて来る人は大勢いて
客の来ない日はほとんどなかったといいます。
保田は、客たちとくつろいで酒を酌み交わし、話題はつきず、
夜更けてみなが寝静まってから、
「終夜亭」と名付けた書斎にこもって朝まで創作をしたのだそうです。

この暮らしぶりは
俗世間を超越しているというか、
悠々自適というか、
ある意味とても贅沢で
しあわせな生活だな~と思います。


この写真集には一編だけ、珍しく軽い保田與重郎のエッセイ
「藍毘尼靑瓷茶會(るんびにせいじちゃかい)」が載っていますが
これは秀逸!
私が初めて(笑)楽しんで読めた彼の文章です。

4月8日の釈迦の誕生日、
作者は新居に友を招いて茶の集まりをしようと企画するのですが、
客人の選択が、なんと
とうに鬼籍に入った人ばかりなのです。

さて出席者の選択は、文徳天皇御陵にゆかりある人を第一に考えた。当然惟喬親王との関係から在原業平卿である。嵯峨になじみあつた芭蕉翁にはぜひ鳴瀧秋風亭の話をききたい。御室双ケ岡の兼好法師に、くらしかたについての説をきかう。西行法師に出ていただき、うちの庭のさきの「千代の古道」を歩いて高尾へゆかれたその時の話をききたい。次に小生の個人的気持で来てもらひたいのは加藤清正公である。

と、なんとも楽しげにこれらのお客を招待し
架空の茶会で知的な会話を楽しみます。
それはつまり、昨今には語るべき相手があまりいない
という意味なのかもしれませんが。

yasuda2.jpg私にはいまいち捉えにくかった保田與重郎ですが
この写真集と洒脱なエッセイのおかげで
ようやく身近に感じることができました。

良質の暮らしのあるところにこそ
良質の思索が生まれるのでしょう。
狭いマンションでの都会暮らしですが、
せめて選んだ家具調度に囲まれて
丁寧な暮らしを送りたいな、と思いました。

魔法使いの修行

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「かささぎ座巣作りの段」は
表向き、サイコドラマ監督としての修行の場でしたが
むしろこの3日間
瞑想の修行をしていたのではないかな
という気がしています。

サイコドラマに限らず、人をよりよく援助しようと思うなら
知恵と瞑想、この両方が必要だということが、今回とてもよく分かりました。
すなわち
アドラー心理学の知識を持ち、それを的確に使えることと同時に
治療者としての自分の力をどう使うか
自分の「気」、あえて言うなら魔法の力を
どう使い、どう制御するか、を学ぶこと。。。

知恵の方は、さまざまなアドラー心理学のワークで学ぶ機会がありますが
気の制御の方法をこんなふうに系統だてて教わったことは
かつてなかったのではないかと思います。

もちろん師匠はいつも見せてくださっているのですが
実際に自分の力を人前で試してみる機会はなかった・・・

いや、考えたら相談室のカウンセリングでも
自助グループのリーダーをやっているときでも
うまく運べているときは
ある程度の気迫に満ち、その場を支配し制御しているはずなのですが、
こんなふうに意識したことはありませんでした。

今回学んだことは必ず
あらゆる場面に応用したいと思います。

yamatutuji.jpg

それはそれとして
3日間、監督や出演者たちの気を感じ続けたからでしょうか
自分も気を出す努力をしていたからでしょうか
あるいは参加者の表情や動きに、ずっと意識を向けていたからでしょうか
なんだかとても敏感になってしまって
終わってからも、ちょっとしたことに反応して困ります。

かささぎ座帰りなのに
まるでアスミ帰りのようになっているのです。。。

帰る日、京北の山はあたたかな雨模様でした。
新緑の木の1本1本が雨を浴び
天に向かって葉の1枚1枚を広げて立っていました。

バスの車窓から見える木は
どれも生き生きとエネルギーにあふれていて
以前ヨランタが言ったように、全ての木が individual だと感じました。
木の気を感じていたのだと思います。

大阪に戻ると、連休の地下街は人混みでごったがえしていました。
あぁここではいつも木より人の方が多いな、と思いながらふと見ると
不思議なことに
人間が、さきほどの木のように見えました。

というより、人も木と同じように生きていることが分かりました。
1人1人、人としての形をしているけれど
木の葉や花が開くのと同じように
Individual に、天に向かって精一杯伸びようとしていることを感じました。
不思議な感覚でした。

今までうっとおしいだけだった群衆を
マスとしてでなく、個として感じて
美しく愛しく思え、涙が出そうになりました。

今までよりもちょっとだけ
人が怖くなくなったのかもしれません。

監督修行

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2日目朝、
いよいよサイコドラマの始まりです。

いままで私が参加してきたかささぎ座では、
相談希望者の話題は前もってインテイク(予診)されていましたし、
監督は華やかなファンファーレとともに登場し
予定の相談者を出迎えて
向かい合った椅子に座ってカウンセリングを始めていました。

ところが今回は、インテイクなし。
ファンファーレなし。椅子もマイクもなし。
監督はたった1人で登場して
自分の力だけをたよりに勝負します。

ウォーミングアップの目的は
非日常の芝居の世界に自ら入り込み、その世界に観客を引き込むこと。
うまく観客をのせることができたら
その中からひとりを選んで舞台に誘い出し、
クライエントになってもらいます。

これが・・・!
これがむずかしい!

みなさまお信じにならないかもしれませんが
私、実はとっても内気なのです。
舞台に上がるとか人前に出るとか
目立つことはできるだけ避けてうん十年生きて参りましたから

たった1人で舞台に上がって人々を巻き込むなんて、
信じられないぐらい大きなジャンプ!
あるいは高い高い壁!

師匠なら、ただ声を出して舞台を歩くだけで、聴衆を引き込んでしまわれます。
これがカリスマ性というものでしょう。
「カリスマ性がなければ、ぜったいにサイコドラマの監督はできない」
のだそうで、そう言われても、
「じゃあ私辞めますわ」とは言えないところが内弟子の哀しさ。。。

えらいこっちゃでございます。
胃が痛くなってきました。

でもやると言ったからには逃げられない。
逃がしてもらえないのでございます。


ちなみに体を動かすタイプのウォーミングアップは、
師匠に言下に否定されましたので
みんな、それぞれに工夫いたしました。
涙ぐましく(笑)

人間、必死になれば何とかするもので
私は歌舞伎調?に芝居の口上を述べてしのぎましたが

教師を演じた人あり、ハムレットのように語った人あり、
神主になった人あり、おとぎ話をした人あり、剣道の型を教えた人あり、
うまくいったものもありいかなかったものもありますが

なんと言いますか、この時点で、私を含め見習いたちみな
恥を捨てたといいますか、あちら側へ突き抜けたといいますか
ある意味、殻を割って、今までと別の所に出たような気がします。

ここさえうまく運べば
クライエントさん選びは、そう難しくありませんでした。
こちらに気迫があれば、
前に出るべき方がどの方かは、案外わかるもののようです。

そのあと
クライエントさんのお話を聴いてエピソードを取り出す。
それをお芝居にするべく相手役さんを選んで出ていただく。
場面を作る。
お芝居をしてもらう。
その間ずっと、一瞬たりとも気を抜かず
監督としての姿勢と位置を意識し、
観客をだれさせず
役者に配慮し
場全体を掌握しつつ
アドラー心理学に基づいてこの事例を考え
次にどう動くかを決める。
・・・なんて無理!!!(>_<)

サイコドラマの監督は、家族療法家の次に難しいのだそうです。
家族療法はあまりにも難しいため
複数のセラピストがいっしょにセラピーをすることになったので、
実際にはサイコドラマほど難易度の高いセラピーはないということになります。

私もご多分にもれず
「そんなとこにぼーっと立ってちゃいかん!坐れ坐れ!」とお叱りを受け
「自分が先に歩いてはいかん!」「席につくまでお見送りしろ」と
たくさん注意を受けました。

前日にせっかく学んだ監督の動きを全うする力も
1時間気迫を保ち続ける力も
サイコドラマの技術も私にはなく
アドラー心理学に立ち返る余裕すら失っておりました。
ただ師匠の一言のヒントを聞き取ることができたので
あと手順どおりにすすめたら奇跡のように無事着地しましたが、
後から考えるとまったく冷や汗ものです。

いやこんなこと、全てを、最初からうまくできるはずはありません。
だから今回うまくできなかったのは、いいのです(と思います)。
ただ、今はできなかったけど、将来、今よりほんの少しでもできるようになることが
教えていただいた者の責任だと思います。

まずはアドラー心理学の理論に基づいて
もっと素早く考えられるようにならなくては
サイコドラマの監督として到底無理だと思うので・・・
実際監督をしなくても、せめて良いセラピスト、良いカウンセラーになるために
精進しなくてはなりません~

それから
芝居を見よう。
良い芝居を探して、ちょくちょく出かけようと思います。
意識を向けていたら、きっといい情報を掴むことができるでしょう~♪

芝居のいろは

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「かささぎ座巣作りの段」に参加してきました。
京都といってもほとんど丹後の国、高雄のまだ北方にある
美しい山合いの隠れ里のような所での合宿でした。
名残のサクラに、満開のヤマツツジとシャクナゲ、
とても気のいい場所でした。

今回はいつもの監督さんたち(指導者の先生方)が来られず
野田先生による新米監督養成講座なので
この機会にサイコドラマを学んでおこう!と勇躍、実習希望で参加したのですが、
いやはや(*_*)
9年前のカウンセラー養成講座受講以来の、虎の穴でした~!

施設に点在するコテージに3人ずつで分宿したのですが
実習生どうしを組んで部屋割りがしてあったので
いっしょにがんばろうね!学ぼうね!という目標は最初から一致。
意見を出し合ってテキストを読み込んだり、
今までに見た芝居の話をして盛り上がったり、
すごく勉強になったし楽しかったで~す(^_^)

ただ、気が上がってしまって、
早く布団に入ったのに
(体力温存と美容のため夜更かしはバツ、というあたりもたぶん目標が一致)
2晩ともあまり眠れず
夢の中でも監督をやっていたほどでした。。。


さて、初日は、
芝居の台本が短く抜粋されたテキストを全員に配られて
監督実習生たちは各自、どの芝居をするか決めるようにと言われました。
そして参加者に役をお願いし、
みんなの前で演出をして
舞台を作り上げることを求められました。

いきなりですよ~!
もちろん生まれて初めてです。
でもアドラーやってたら、四の五の言ってるヒマはないのです。

この実習で監督見習いたちは
「声が聞こえない!」「客席にお尻を向ける奴があるか!」
「説明が多い!」「常に動け!」と
師匠から、動き方、指示の出し方を徹底的に教わりました。

私たちは芝居を作り上げるという芝居を、観客に見せているので
一瞬たりとも気を抜いてはいけないのです。
ひいひい。

私は岡本綺堂の『修善寺物語』を選びました。
いただいたテキストの中では一番ドラマティックで、好みだったのです。
ほんの一部、台詞3つだけの場面でしたが役者さんは4人。
役者選びはなかなか面白く、
当たったな!って思えたときは快感でした。

声を低くしたり、速度を変えたり、間をあけたり、
動きを入れたり、視線を交えたりしてもらうことで
少しだけですけど芝居っぽくなって、
あれ?監督のしごとってけっこう楽しいかも~と思いました。
支配欲の強いタイプの人間には、向いているかもしれませんね。

この日はこんなふうに芝居のいろはを教えていただきました。
翌日から、実際の事例をいただいてサイコドラマをやっていくということで
実習希望者11人は、じゃんけんで順番を決めました。
さてさていかがあいなりますか~

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