2011年10月アーカイブ

息子がやってきた!

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今年もまた教育実習のため、息子がうちにやってきました。
去年(3回生)は中学校で1ヶ月間、
まだまだ暑~い、暑すぎる9月のことでした。
とちゅうで切迫早産の娘が転がり込んできましたし
9月末日にはイヴォンヌ先生がご夫婦で来日されましたし
なんともてんやわんやの日々でした。

今年は、小学校で2週間の実習です。
お弁当も作らないでよくて、去年に比べたら私はずいぶん楽ちんです。

とはいっても

あいかわらず何かとヤキモキさせてくれます、
子どもというものは。

明日から実習という前夜の9時ごろ、
もうじきやって来るかな?と食事の支度をしていると、彼から電話が。
「あ、お母さん。ごめんまだ下宿やねん。ごはん先に食べてて」
「・・・それはいいけど」
「あのさあ、エプロンってある?」
「エプロン?下半分だけのならあるよ」
「給食やからエプロンがいるねん。今からどこか売ってるとこあるかな」
「!もう9時だよねえ。どうやろう。100均とか開いてたらあるかなあ」
「どうしよう、困ったな」
「困ったね。ごめん、うちにはないわ」
「わかった」

10時前に、「エプロン先輩から借りました!今から行きます」とメールがあり
(ふう、よかった)
そして11時前から、ふたりで遅い夕食をとりました。
息子はごはんを3杯、食べました。
「今からまだ、ようけ(=たくさん)することあるねん」と言いながら
しっかりデザートも食べ、いろいろおしゃべりもしてくれて、
わりと余裕の雰囲気。大丈夫なのかな。。。

「あ、この家に2穴パンチなかったかな」
「あら、ないよ」
「どっかに売ってるかな」
「さあ、コンビニに売ってるかなあ」

私は1時半ごろ布団に入りました。
息子はこの夜中に、パンチを求めていったん外出しましたが
しばらくして、なかったと言って帰ってきました。
「どうしようかなぁ」
「明日学校に行ったらあるんじゃないの?」
「それが朝一で提出やねん」
「じゃあ鉛筆で穴あけるとか・・・」
「そうするわ。めんどうやな」
しかしパンチを求めて15分も外をさまようぐらいなら
このさいなんとかして穴を開けて形を整えることぐらい、
ずっと短時間で済むのではないかと私は思います。。。

3時ごろにふと目を覚ますと、となりの部屋で
まだ息子はカリカリカリと鉛筆を走らせていました。
ときどきボリボリボリと、何やら食べる音もします。
こ、この真夜中にお菓子・・・

そぉ~っとのぞきに行きました。

oyatsu.jpeg「ん?」(音楽を聴いている)
「なに食べてるのかなと思って」
(コンビニで買ったクッキーの袋)
「まだやることあるの?」
「もう少し。いま休憩中。あとこの下書きしたのを清書したら終わり」

へえそうなんだ。
なんか、焦りというものがないな。
ひょっとしたらこれは、彼のストレンクスかもしれない
と思い当たりました。

「朝は、コーヒー?」
「コーヒー♪」
「他に、卵とかハムも食べれる?」
「食べる♪」
(信じられん・・・)


私はいつも、ちゃちゃっと仕事を仕上げたいし
夜は一刻も早く片付けて寝たいし
直前になって足りないものが見つかったりしたら
容易にマイナス感情が出て劣等の位置に落ちる人です。

でもこの人は、全然そんなふうに見えない。
早くしなくちゃとか、ちゃんと寝なくちゃとか、全く思ってないみたいで
まあこれは若くて体力があるからかもしれませんが

なんだか、できるだけきれいに穴をあけて綴じたいみたい。
提出するものはまず鉛筆で下書きして、それから清書するのが習慣みたい。
時間に追われても、すごくていねいに仕上げようとしているし、
しかも途中に休憩まで入れている!

この余裕!マイペースというか
手間を厭わないというか
根気がよいというか。。。

そういえば高校の頃、パソコンで絵を描くのを見ていたら
ほんとうに細か~い作業を楽しそうに延々とやっていました。
今は大学のクラブで映画制作をしていますが、あれも根気の要る作業ですね。

姉のほうは小さいときから口も達者で目立っていましたが
この弟のほうはいつも、よく出来る子のお友だち、というポジションでした。
でも考えたら、浪人せずに大学に入って、
教員採用試験も一発合格、院に進学、と
すべて姉の果たさなかったことを実現しています。

ついつい私は、前もって用意しておけばいいのにとか
どうして直前まで、こんなに仕事を残しているんだろうとか
早く寝ないと明日に差しさわるんじゃないかとか
自分の基準でマイナス面ばかりを見てしまいますが、

あせらず、あきらめず、継続することのできる彼の能力。
今までもこれからも、ずっと彼を助けてくれるにちがいありません。

明日、パンチを買っといてあげよう(^^)


彼はいつ寝たのでしょう。
シャワーも浴びて、たぶん4時頃だったんじゃないでしょうか。
5時半に起床して、大荷物をかかえて登校して行きました。

ちなみに、朝、彼は
コーヒーと食パン1枚と卵1個とソーセージ2本とりんごを半分
食べました。
はらぺこあおむしみたいです。

チベット仏教入門

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先日の日曜日、いよいよチベット仏教の講義が始まりました。

午前2時間は「入菩薩行論」
午後2時間は「グルヨーガ」
机にむかってノートをとってお勉強です。

生まれて初めての仏教講義は
いきなりプリントを1枚配られて
チベット語のお経を読むことから始まりました。

 サンギェー・チュータン・ツォクキ・チョクナム・ラ
 チャンチュプ・パルトゥ・ダクニ・キャプス・チ
 ・・・・・・
 ・・・・・・
(@_@)(@_@)(@_@)意味不明・・・!


今回、なんでチベット仏教を学ぶことにしたかというと
直接には、以前書いたように
『チベット仏教入門』という本に触発されたからなのですが
やはりここに至るには、ある種の必然があったように思います。

師匠の大きなJ先生が夏前からタントラ瞑想に凝られて
ずいぶんとお痩せになられたのは、みなさまご存知のことと思います。

チベット仏教は
 小乗仏教
 大乗仏教
 密教
に分けられます。

これらに優劣があるのではなく、
人それぞれの病気の症状に薬を合わせるように、
仏さまはその人の状態に合わせて教えてくださったということです。

ごく簡単にいうと、
自分ひとりの解脱を目指すのが「小乗仏教」
すべての衆生の解脱を願うのが「大乗仏教」
その大乗の教えを、けっこうショートカットで実現できちゃう方便が「密教」で、

その密教もまた4つに分かれ、
 所作タントラ
 行タントラ
 瑜伽タントラ
 無上瑜伽タントラ
とあります。

弘法大師が唐から日本へ持ち帰られた真言密教は、
この最初の3つのタントラの教えです。
J先生が最近なさっているのは、4つめの無上瑜伽タントラですね。
無上瑜伽タントラもまた分けると、
父タントラ、母タントラ、ゾクチェンとあるようです。

私が今回学び始めたのは、これら密教(タントラ)ではなく、
大乗仏教(ダライ・ラマの属するゲルク派)の正統な教えです。

タントラは、教典や儀式などあまり重視せず
うっとりきらきら♪系なので、前から性に合っていると思っていました。
でもしかし、なぜか、なぜかね、
この面倒くさがりの私が、
しっかり基礎から教典など読んで勉強したいと思うようになったのです。

よく言われることですが、
タントラは触覚的にひたすら気持ちいい♪ので、
アホ悟りの危険が大いにあります。
また、とても強力な瞑想法なので
魔術や呪詛などの悪業に落ちる危険もあります。

もしも、もしも大きな力が手には入ったら、
何も人を呪殺しようなどとは思わないけど
魔法でちょっとぐらい欲しいものを手に入れたい、とは思うかもしれないです。
たとえばですね、こうすけに会いたいとか、息子を呼び寄せたいとか(爆)
煩悩です、煩悩!

J先生は瞑想も長くしておられるし
仏教大学でみっちり仏教学を学ばれた、歩く仏教辞典のような方です。
空性や縁起や慈悲をきちんと理解しておられる
そういう方ならばこそ、どんなタントラ瞑想をされても大丈夫なのです。。。


今まで体系だてて瞑想を学ぶことのないまま
いいかげんに好きなようにやってきましたが、
なんだか振りきった振り子がもとに戻るように
バランスをとろうと、自然に体と心が動いているみたい。

私は、おそらく過去生でも、きちんと仏教を学んだことがなかったのだと思います。
次のステップに進む前に
今生で、一度きちんと大乗仏教の教えを学ぶ必要があるようです。

それも日本仏教じゃなくて
出会ったのがなぜかチベット仏教だったんですね。
よくわかんないけど。

ともあれ、いちばんよいように
道をはずれてしまわないように
何かが導いてくださっているような気がしています。


さてチベット僧の先生は、
例の肩を出した僧服ではなくて普通のワイシャツ姿でした。
雪国から来られたので暑いのでしょうか~半袖でした(^^)
そしてとても清いエネルギーをもった方でした。

受講生は10名ほどですが、
私のように目を回している者もおれば
ずっと継続して学んでいる方もおられました。

santideva.jpeg午前の「入菩薩行論」の講義は
初心者のために、まずテキスト全体の解説から始めてくださったのですが
なにせ私、仏教処女なものですから
先生のおっしゃる言葉をなかなか漢字変換できません・・・(T_T)

たとえば
「第1章は、菩提心の利益(りやく)ですね。そのことが書いてあります。そして第2章は罪障を懺悔(さんげ)するということ、これですね。第3章は菩提心の受持(じゅじ)、これはなんといいますか、菩薩戒を受けることですね」
なんてお話を耳で聞いただけで
ノートしようとするのですが、

ぼだい、なんて字、すらすらとは書けませんよね!
りやく、が利益だと理解するのに数秒かかりました。
さんげ、とりあえずひらがなで書いちゃいました。
じゅじ、テキストを見てやっとわかりました。。。

仏教用語辞典が要るかも~(泣)

でも考えたらアドラー心理学の講演だって、
初めてアドラー用語に触れる方は、
え?目的論?個人の主体性?・・・と、ひょっとしたら難解かもしれません。
こちらはもう20年近くお付き合いしてますから慣れましたけど。

それでもいまだに「目からウロコ」なんて言って驚いているのは
アドラー心理学がすごいからなのか
私が学ばなさすぎるのか。。。どっちでしょ(^^;)

なんでも学ぶということは
初めは大変だということですね~
おもしろいですけどね。


とにかく今から半年間は、このお勉強を優先させようと思っています。
その間、私の瞑想の師匠は
チベットのグル。
お宗旨替えです。

増上慢

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さて本番のシンポジウムは
専門的な話題だったにもかかわらず
おかげさまでフロアから質問をたくさんいただき、
何人かの方たちに、よくわかったおもしろかった、と声をかけていただきました。
自分でも落ち着いて
ミッションを果たすことができたのではないかと思います。

・・・・・
しかし、ここからがどうもいけません。
というのは、
評価によって大きく左右されてしまう自分というものに
はっきり気づいてしまったからです。

素晴らしい発表でした~なんて言われると
とってもうれぴー\(^o^)/
逆に、何も言われないと
つまらない発表だったのかなぁと考えこんでしまう(;_;)

もちろんうまくいくにこしたことはないのです。
仮にうまくいかなかったなら、たいへん落ち込んでいたでしょう。
でもうまくいったらいったで、
ピクピクピクッとエゴが大きくなるのを感じるのです。
増上慢(慢心)です。

これは、何かに成功すれば
梯子を昇って優越の位置に舞い上がり
失敗すれば
一気に劣等の位置に落ちるというお決まりの構造です。

壇上でお仕事を遂行している間は、
おそらくエゴとか欲は・・・
つまり自分をよく見せようとか
成長したと思ってもらおうとか
そんな邪念は、ほとんどなかったと思うのです。

夢中で、どういうふうに話せば人々に分かってもらえるか
私に求められている答えは何か、
それだけを考えて行動していました。

ところがその後、ありがたい評価をいただくと
私はこれ以上でもこれ以下でもないはずなのに、
とたんに自分が偉くなったような気になってしまうのです。
み、未熟だ。。。

むかしは、この罠にすら気がついていませんでした。
今は、こんな私をとても醜いと感じます。
だって「私」の力で成功したのではないですもん。

信頼して見守ってくださった先生方、
協力してくださったクライエントさん、
最後まで聴いてくださった参加者のみなさん、
無事この舞台に私たちを導いてくれたなにものか、
そういった「全体」の力が、本当に奇跡的にうまくクロスして
ひとつの出来事が起こるのです。

喉もと過ぎれば
まるで「私」の力で成功したように勘違いしてしまう。
愚かなことですね!

「祓えたまえ。浄めたまえ」と毎朝祝詞をあげているわりには
なかなか浄くなりませぬ~ orz

人に評価されてもされなくても
正味これだけの私です。
そのことを心に留め続けたいと思います。

岡山総会

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今年の総会は、岡山の総社市で開催されました。
去年パスした私は、
とっても盛りだくさんで充実したプログラムに
しっかりと参加して参りました。

演者のみなさんがさまざまな研究成果を伝えてくださるおかげで
聴かせていただく私たちも、ほんとうに知的に豊かになることができます。
これはとってもありがたいことです。

1日目のmasakoさんとnaokoさんの『愛についての質的研究』もワクワクしたし
yukoさんの『スピリチュアル・カウンセリングの構造』も目からうろこでした。
2日目のペスタロッチについての研究には、とっても感動しましたし
自閉症の子どもさんを受け入れた保育園での実践からは
この人たちと出会うためのとても大切なことを教えていただきました。

私は3日目の午前、最後のプログラム
『医師と心理士の連携』というシンポジウムに出させていただきました。

soja2.jpgこの枠で出るのは初めてだったのですけど、けっこう辛い順番ですね~
だって2日目夜の懇親会が終わったら
気分的にはみなさん、ほとんど終わったも同然、
お酒もはいって「あぁいい総会だったね」みたいな雰囲気になっています。
うう(>_<)、私たち最終日のシンポジストたちは、
最後まで緊張の糸をはっていなくてはなりません。

とは言っても一緒に出てくださるのは、大きなJ先生と
ひょうひょうとしたC先生
それから頼りになるyuko先生です。
お兄ちゃんお姉ちゃんとご一緒だから、気分的に末子の私は安心モードです。

このシンポジウムは
3年前から某クリニックでさせていただいているライフスタイル分析を
患者さんを紹介してくださる先生方とどう連携して行っているか、
ということをテーマにしています。
ドクターが心理側に患者さんを紹介するときの基準とか
どういった患者さんにライフスタイル分析が有効だったかとか
主にドクター側からのお話が中心になりますが
心理の側からも、いくつか事例を提示して
どのように分析を進めているかお話しすることになりました。

準備段階として私は、今年の7月8月頃、
その時点までに私がライフスタイル分析をさせていただいた
ほぼ全員(約30名)の方のデータを

・ドクターの診断病名
・主な問題
・初回から最終回までの年月日
・家族布置
・早期回想とそこから導かれる私的論理
・ライフスタイルのまとめ
・ワーキングスルー
・考察

の順に、「人に読んでもらってもわかる」ような文章にまとめあげました。
この作業がいちばんたいへんでしたけど
いちばん勉強になりましたし、
当日は、少し補足しながらこの文章を読み上げればよかったので、とても楽でした。

どのケースを取り上げさせていただくかについては、
他の先生方と相談したりクライエントさんの了解をとったりして、
結果的には「うまくいった」ケースについて
私が2例、yuko先生が2例、ということに決まりました。

以前させていただいた宿題発表の準備に比べたら
きちんとした原稿を書くわけでもなかったし
指定討論者と打ち合わせをする必要もなかったし
ずいぶんラクちんでした。
あのときは、もう直前まで青息吐息でしたが・・・
(今回宿題発表のみなさまは、本当に本当にお疲れさまでした~<(_ _)>)

581_1_25.jpg4人が別々に作ったスライドをわかりやすく組み直す作業は
いちばんヒマな私がさせていただきました。
ご覧になって気づかれた方がどれだけおられたか?分かりませんが
実は、私とyuko先生のスライドには、
一目で分かるマークをつけておいたのです(^^)
00kero.gifこんな遊び好きなんですw

進行はもう全面的に大きなJ先生にお任せです。
シンポジウムですから、あれこれライブでお話しする面白さが大事なわけで
たぶん私に求められることは、質疑応答などの流れの中で、
必要に応じてきちんと response すること、ですよね。

そのためには、落ち着いて平常心で、その場に臨まなくてはいけません。
ということは、まず、よく寝ておくこと(^_^)が大切です。
それから当日の朝、きれいにお化粧すること(*^_^*)かな。
そして瞑想。。。

岡山に向かう前にもう一度読み直しするつもりだったのが
やっぱり行ってからでも間に合うよねと、資料を鞄に突っ込み・・・
1日目の夜にするつもりだったのが
いただいたばかりの『アドレリアン』を読んでるうちに眠ってしまい・・・
けっきょく発表前夜の夜10時頃から2時間ばかり、
ようやく真面目に集中して、準備してから寝たのでした。

われながらちょっと大胆に過ぎるような・・・
最小の努力で最大の効果を狙うライフスタイルが
如実に表れておりまする(-_-;)

生きる者のために

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東日本大震災で亡くなった方たちへの追悼は
私たち参加者の心が浄まってからということで
最終日の4日目まで待って、行いました。

たくさんの方々が亡くなられたのですから
たくさんの悲しみが大気に満ちているのではないかと、少し怖れていました。
でも八幡平には、マイナスの気もプラスの気も特にないようで
ふつうに瞑想できたし、悲しい夢を見ることもなかったし
たまに座敷わらしが出るぐらいでありました(^^)

しかし生きている人間は、多くの震災の影響を受けています。
地元から参加の方々は、みな被災しておられます。
あの日から今日までの、この7ヶ月間の思い。
ようやく、被災地以外の者に対しても
口に出せるようになってきたばかりではないのかな
・・・と感じました。


黙祷を捧げるために目を閉じると
いきなり波の寄せる青い海岸が見えました。
たましいが
たくさん上空に浮かんでいます。
それらはみな、生きている者に向かって
「生きろ」「生きろ」と呼びかけていました。


死者たちはすでに救われています。
スピリチュアリティは、生きている者のためにあります。
スピリチュアリティは
私たちが次の世代のためにどう生きなければならないのか
それを思い出すための物語だと思います。

一切は空なのですが
人間はそれを簡単に受け入れられるほど強くありません。
どんな名前をつけてもいいけれど、
人が幸福に生きるためには
自分を超えた大きなものとつながることが必要なのでしょう。


いわて花巻空港発の夕方の飛行機まで時間があったので
花巻市内の高台にある「宮沢賢治記念館」に立ち寄ることができました。
小さな展示館ですが、賢治の自筆原稿や賢治の絵、
賢治の弾いたセロ(チェロ)などもあって、とても興味深かったです。

kenji.jpg賢治は熱心な法華経の信者でした。
知識としては知っていましたが
展示を見ていて、本当に彼の作品がすべて
篤い信仰心から書かれたものだったことが分かりました。
賢治にとってのスピリチュアリティは、法華経の教えだったのですね。

記念館のテラスからふもとの花巻の町を眺めると、
太陽は空のまだ高いところでオレンジ色に輝き
北上川の水面がにぶく光り
そのまわりに豊かな稲田が広がり
町を囲む山々は青くかすんで
夢のような美しい日本の風景でした。

これが賢治の世界、イーハトーボ。
雪のない岩手は、やさしい土地ですね。
必ずまた訪れたい・・・と思いました。

木と話す

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スピリチュアル・ワークの会場は「多目的集いホール」といって
宿泊棟から少しはなれた別棟の三角屋根の建物です。
三面が大きなガラス窓で日当たりがよく、
色づき始めた林や岩手山を存分に眺めることができました。

3日目の午後、とてもよいお天気だったので
各自、外に出て、自分の木を見つけ
その木と対話してくるようにと時間をいただきました。
「いきなり近づいて触ってはいけませんよ。
それは人間が自然に対してずっとやってきた暴力です。
木の気を感じながらゆっくり近づいて、そっと触れあってきてください」
先生はそんなふうにおっしゃいました。

建物の西側にこんもりした森が見えたので
私はそちらの方へ歩いて行きました。
森の中に入っていけそうな路を見つけて
クマザサをかき分けて上って行きました。

そのうち、丘のたぶん北側の斜面に出ました。
そこは民家の裏手で、バーベキューをする小さな広場がありました。
木の幹には鳥の巣箱がかけてありました。
私はまだなんとなく、ピンとくる木を見つけていなかったので、
南に向きを変えてさらに奥へ入って行きました。

径らしきものはありましたが、木の根や積み重なった落ち葉に覆われています。
ふかふかの湿った土に運動靴が沈みます。
いつの頃からか、ずっと下の方で水の流れる音がしていて
下っていくにつれ、ますます音が大きくなります。

shirakanba.jpeg渓流があるならひと目見たいと思ったのですが、
足元があぶなくて、少し開けた場所に出たところで断念しました。
こんなところでひとり川に落ちてしまったら、
みんなにえらい迷惑をかけてしまいます。

そこにすっくと立っていたのはシラカンバ。
しばらくそばにいましたが、どうも私の木とは違うようです。

振り返ると見上げるほど上の方に
ヤツデのような大きな葉っぱを水平に広げた木がありました。
どの葉も端が茶色く枯れかけています。
こういうタイプの木には今まで馴染みがなかったので
ちょっと気になるけど違うよね、と思って通り過ぎました。

sennoki.jpegところが来た道をゆっくり戻っていくと正面に、
同じ大きなヤツデっぽい葉っぱの別の木が
ぐん!と存在を主張して
私を待っていたのでした。
来るときは気がつかなかったのに。

ああやっぱりこの子なのかな。
今日私が出会うのは。
こんにちは!

あとで家に帰って調べると、
葉っぱは、ハリギリ(センノキ)に似ていますが
幹はすべすべした灰白色で、ハリギリと全く違います。
ひょっとしたらアオギリかもしれないけれど、どうもちょっと違う気がする。。。
というわけで、この木のお名前は未だ分かっておりません。。。

しばらくの間、この木の前に立って目をつぶり
自分とまわりの世界を感じました。
あたたかい光と風
そしてどこからか聞こえる流れの音。

あなたは何か言ってくれるのかしら?・・・
・・空(くう)だよ、空。
ああ、そうか。
私も空だしあなたも空だ。
私は死んで土になり、あなたの葉も今枯れようとしている。
ほんとうは何も存在しない。
・・一切は無常だ。
移り変わる。移り変わる。
人は死に土地は削れ山も海も姿を変える。
このあいだまであった家が今はもうない。
この風も一瞬先はもうあたたかくない。

木肌に手を当てると冷んやりしていて
水分をたっぷり含んで生きていることがわかりました。
おでこを幹に当てて
ありがとうを言って会場に帰りました。


実はデジカメで会場周りの素敵な木をたくさん撮っていたのです。
でも家に帰ってからよく見ると
なんということでしょう、たくさん撮ったつもりの写真は
全てビデオモードになっていました。。。
うちのパソコンには再生ソフトを入れていないので見ることもできません。
こんな失敗は初めてです(>_<)

というわけで
ベランダを出たところの黄金色のイチョウの木も
正面の窓から見えたきれいな林も
私の出会った名前のわからない大きな葉っぱの木も
どの写真も、一切撮れなかったのでした。
(載せたのはインターネットから取ったシラカンバとハリギリの写真です)

たぶん、
撮らせてもらえない何かがあったのでしょうね。

山賊たち

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10月7日(金)から10日(祝)まで3泊4日、
岩手県八幡平へスピリチュアル・ワークに行ってきました。

土地勘がまったくないので
岩手県出身の方や在住の方にお聞きしたりして
まあ無難と思われる八幡平市立の公共の宿をとりました。

数回にわたる電話での打ち合わせでお話ししたのは
いつもソフトな東北弁のおじさん。
金額の交渉など、わりと手強かったり
会場の変更を直前に言ってこられたりで、
実はちょっと不安になっていました。

ま、でも、なんとかなるだろ!
と出かけて行きました。

初日の午後1時半、約束のJR大更(おおぶけ)駅前で待っていると
時間きっちりに、小さなマイクロバスで迎えに来てくださったのは
眼光するどい、肩幅の広い丸顔のおじさん。
声と話し方から、いつもの方だと分かりました。

参加者たちが荷物とともに乗りこむとマイクロバスはいっぱいになったので
私はおじさんの隣の助手席に座りました。
その日は雨が降ったり日が照ったり、きつねの嫁入りのようなお天気でした。

‥このへんはこんな天気が多いんですか?
‥まあここ2,3日はそうだね。ほら、あの道、あそこから向こうは雨降ってるだろ。
‥ほんとうだ。雲があそこで切れてるんですね。
‥あの山が、岩手県でいちばん高い岩手山。
‥大きな山ですね~。上の方は雲ですね。
‥明日は晴れるって言ってるから、きれいに見えるだろ。
‥このへんの稲は、刈り取りの済んだ所とまだの所がありますね。
‥ああ、みんな刈りたいんだけどね、雨でまだなんだ。
‥あ、残っちゃってるんですか。
‥そう、今年はね、遅くなってるね。ほんとだったらもう済んでる頃なんだけどね。
‥‥‥このへんは地震はどうでした。
‥揺れましたよ。まあ被害はねこのへんでは家がくずれたとかってのはなかったね。一番困ったのは、しばらくしたらガソリンがなくなっちゃって全然売ってないことなっちゃったからね、どうしようもなくて。
‥たいへんでしたねえ。今もまだ揺れますか?
‥ときどきあるね。この頃はもうちっと南の方が多いな。

このおじさんがどうやら管理責任者のようです。
基本的に無口だけど、お話をすると親切な方だと分かります。
ものすごく無愛想で無表情だけど、
お願いしたことは、いつもきちんとしてくださいました。

実は、宿を予約した時点で、
当然のことながらワークの会場も4日間押さえていました。
ところが9月の末になって、急に、
2日目だけ、会場を別棟の和室に変更してほしいと言ってこられました。

地元の「山賊祭り」というのがこの時期にあって
私たちが借りているホールで宴会をするのが、毎年恒例なのだそうです。
日が決まってなかったのだけど、ちょうど2日目の夕方に重なってしまった、
すいません、ということでした。

こちらは素敵な研修ホールが使えるからこそ、ここのお宿を選んだので、
それでは話がちがいますと粘りましたが、どうしようもなさそうで
大きなJ先生も「いいですよ。それがきっといいことなんでしょう」とおっしゃったので
その日の会場費は無料ということで手を打ちました。

結果的に、広いたたみの会場は、瞑想をするのにもってこいで
セッション中は座布団を敷いて輪になって、
休憩時間には思い思いにごろごろできて、とってもいい感じでした。
お菓子や備品の移動については、
参加者のみなさんがいっぱい助けてくださいました。
たしかに、結果はとっても「いいこと」となりました。

そのお祭りの山賊おじさんたちを何人も垣間見ましたが
みなさんごま塩の髪とお髭で、年をとった山賊らしい面構えでおられます。
お孫さんっぽい小さな女の子なんて
「忍たま乱太郎」の「くノ一」のおしげちゃんそっくりでしたよ~(^_^)

レストランにはいつも、行楽の途中に立ち寄るお客さんがいらしたし、
近隣のサッカークラブの少年たちがコーチや父兄といっしょに自炊に来たりして、
この施設は、地域の活動の中にしっかり位置を占めているようでした。
ごはんも本当においしくて、心をこめて作ってくださっているのが感じられました。

ある日のお昼に「ほうれん草カレー」というものをオーダーしたら
これが予想に反して、タイカレーぽくて思ったよりかなり辛かったのです。
そうしたら厨房の板前さんが出てきて
「お味、大丈夫ですか?」と聞いてこられました。

images.jpegこの方がまた、眼光するどい山賊の子孫の風貌!
だけど笑うととってもやさしそうなんです。

厨房の女の人たちも、お掃除の方々も、
みなさんとても気持ちよく立ち働いておられるように感じました。
それが営業用につくろった接客ではなくて
自然に、ふつうに親切に、応対してくださるのでした。

建物は少々古びていて中は迷路のようでしたが
温泉(源泉掛け流し!)も実によかったし
なんだかほんわかほっこり
4日間、別世界に行っていたような気がします。


ところで1日目の夜中、私の部屋の上あたりから
宴会をしているおじさんたちの笑い声がずっと聞こえていたのですけど
朝になって誰に尋ねても、そんなのは知らないと言うのです。

おかしいなあ。
どんぐりと山猫みたいに、何かにだまされたのかしらん。

iwatesan.jpg

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