2011年11月アーカイブ

チベット語

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のお勉強をしていると
大きなJ先生に補正項で公開されてしまいましたが(^^;)
実はまだ、始める前なのです。

チベット仏教のお勉強を始めたら
偶然、会場でアドラーのお知り合いにお会いしました(@_@)
なんていうことでしょう。
仏縁ですね!

数年前からここで学んでおられるので、大先輩です。
分からないことをいろいろと教えていただけて
とっても心強いです(^_^)v

この方が、チベット語のお勉強に誘ってくださいました。

TibetanSyllable.jpgチベット文字って
奇妙に見えるけど、
なんだかかわいい♪と思いません?

かわいいくせにわりと複雑な構造をしていまして
頭がついたり足がついたり、
前や後ろにもいろいろひっついて、
ついたものによって発音が変わります。

ほとんど実用にならないのに
なぜ、いまからこういうものを習うのか。

それは、お経をチベット語で唱えられるようになりたいからです。

チベット語の単語をひとつひとつ
意味もわかった上で発音して、
少なくとも三帰依や廻向のお経ぐらいは
自分の許せる程度のスピードで、読めるようになりたいのです。
これが当面の目標。。。

そしていつかは
般若心経や私の大好きな観自在菩薩の成就法も
唱えられるようになりたいと思っています。

チベット語の先生は、インドのダラムサラに数年暮らされた
タンカ(チベットの仏画)絵師の日本人女性です。

最初のレッスンは、12月の初め、
私の家で、個人で教えていただくことになりました。
そのあと、件のお友だちとご一緒に
グループレッスンを受けられたらいいなと思っています。

だから、まだレッスンは始まっていなくて、
その前に少し自分で予習をしているという段階です。

インターネット上の「チベット語文語文法」(福田洋一)を
テキストとして勧められているのでプリントアウトしたのですが、
これはとぉ~っても賢い学生さん用の講義みたいで。。。
で、まったく初心者の私が独学しようにも
ハテナ?マーク続出で、なかなか前に進みません。

それで大きなJ先生にお尋ねしたら
面白いテキストを貸してくださいました。
なんと先生が10年ぐらい前に札幌で入った料理屋さんで
「売りつけられた」という私家本。
先生には簡単すぎたのでお蔵入りしていたみたいです。
こんなふうに日の目を見ることになるとはね~
これも仏縁ですかね(^o^)

tibetan.jpg小学生用なので、私にはぴったり!
文語文法はちょっとお休みして
(というか、個人レッスンの日にしっかり教えていただくことにして)
しばらくアホな子用のテキストで
遊ぶことにしました♪

This is a pen. レベルの単純な文を
繰り返し書きとりしていると、
なんだか私はとっても楽しい!!
なんなんでしょうね。これは。

やっぱり私は、いつか夢で見たように、過去生では
チベットの貧しい下働きの少年で
学びたくても読み書きを学べなかったのではないかな。
だからこんなにも、チベット文字を書くことが嬉しいんだ
と妄想するのでした。
今生では学べてよかった~(T_T)


チベット仏教とチベット語に関しては
ものすごい勢いでエネルギー(とお金も)を投入しておりまして
自分でもやりすぎではないか?と思うほどです。

が、アドラー心理学に投入してきたのと同じぐらいのエネルギー(とお金)を
費やすだけの価値のあるものだと思いますし、
しかも、とても楽しいのです。

たとえば弓道は(今お休みしていますが)、
日本にいれば、どこに住んでいても、わりと学べるものです。
でも日本にいながらにして
チベット仏教やチベット語を学ぶことのできる環境は、得難いものだと思います。
日本で本物のアドラー心理学を学べることが、得難いご縁であるのと同じぐらいに。


しかも
少しロマンチックに考えると
チベット語を習うということは、大げさに言えば
ある意味、人類の宝を守ることにもなるのではないでしょうか。

。。。これも、アドラー心理学と同じです(^^)

息子のテリトリー

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今うちに滞在中の息子の大学、
11月初めの学祭の期間中、
美術棟でいろんな作品を展示するということなので、見にいきました。
息子の生活圏に初めて侵入です(^^)

娘の大学は県外だったので入学試験のときについて行きましたが
息子の受験では何も手伝いませんでしたので、
どんな場所なのか全く知りませんでした。

daikyo2.jpg上本町から近鉄に乗り
大学の駅に降りてびっくりしました。
ごみごみした街を出て半時間ほどの距離なのに
目の前に山があり
川が流れている
なんとのどかなところでしょう!

駅から大学まで
エスカレータが設置されているという
驚くべき噂をかねてより聞いていましたけれど
そのエスカレータに乗るまでに、
だらだらした上り坂を10分ほども歩かねばなりませんでした。
遠っ!

そのエスカレータは、学生が追い越しできないように1人分の幅しかありません。
なので余計に長く感じられるのですが、それが3基も続きます。
歩いて登ろうと思ったら、これは心臓破りどころではありませんね。
駅から見えていた急な山のてっぺんまで上ると、ようやく大学の正門に着きました。

こんなに遠くまで神戸から、息子は3年半よくまあ通ったものだと思いました。

大学は「金剛生駒紀泉国定公園」内に位置しており
山に囲まれ、空気がひんやりと澄んでいます。
そのキャンパスのいちばん奥の芸術棟が
息子たちの「国立F棟美術館」でした。

息子は5分ほどの映像、なんだか抽象的な色と光と音のコラボ・・・
みたいなものを上映していました(うまく説明できない^^;)。
他には、大きな油絵、水彩、アクリル、
似顔絵、イラスト、版画、切り絵、などなど
いろんな学生さんのさまざまな作品が展示されていて楽しめました。

同期の友だちや後輩の女の子たち、映画研究部の友だちなど、
いろんな人に「実の母です」(笑)と紹介してもらいました。


daikyo.jpg大学からの帰り、
隣り駅の息子の下宿にも案内してもらいました。
「遠いで。汚いで」と少なからず抵抗されましたけど
ここまで来て、いま立ち寄っておかなければ、
今度いつ連れていってもらえるか分かりません!
「いいからいいから」と粘って、訪問させていただくことになりました(^_^)

こちらの駅は少しだけ開けていて
駅前にスーパーもあるしマクドもありますが、
そこからまだ15分以上
また坂道を上らねばならないとは
私は知りませんでした・・・(^_^;)

大きな一戸建ての並ぶ住宅街の突き当たり近くに
息子のアパートはありました。
2階ですが、かなり急な坂を上ってきたので、
チラチラと明かりのつき始めたこの時刻、思いがけず遠くまで見渡すことができました。
東と南に窓のある、とても眺めの良い部屋でした。

中には、前に住んでいた先輩が置いていってくれた
ベッド、机、冷蔵庫、炊飯器などの基本セットに加えて
私のあげた古いテレビ、
アドラー心理学会から頂戴した不用品の電子レンジ(^^)
荒ゴミ置き場で拾ってきたソファ
友だちからもらったアジアン雑貨
実家から連れてきた金魚(!)
などがわりと整然と
居心地よく配置されていました。

おもしろかったのは、
私の家のアヤシイ系の祭壇を、いつもうさん臭そうに眺めているくせに、
彼の下宿には、インドの長~いお線香が
各種とり揃えてあったことです(^o^)


あと2年、彼はここに住むことになります。
その後は兵庫県下のどこかに移り住むことになるでしょう。
いずれにせよ、もはや実家には戻らず、
ひとり暮らしを続けるのではないかと思われます。

大学にすっかり馴染んでいろんなことをやったり
下宿やバイトを紹介してもらったり逆に世話したり、
けっこうきちんと暮らしていたり、そんな様子を見て、
ホントに大人になったなぁと思いました。


小学校での教育実習は明日で終わりです。
今回は去年のような悲壮感はないようで、
突然晩ご飯いらないって言うこともないし
去年のような無断外泊も全くありません。

また去年は
遅くなるときにはよく「先に食べててください」とメールがきましたが
今年は、最初の日に一度言ってきただけで、あとは言ってこなくなりました。
たぶん、どんなに遅くなっても
私は息子といっしょに食事したいのだ
ということをわかってくれたのでしょう。
わかった上で、息子もその時間を大切にしてくれているように感じます。

ひとり暮らしを始めて彼もずいぶん大人になったようだけど、

私もまた、彼のペースを見守るとか必要以上に詮索しないとか
ようやく大人同士のつきあいができるようになってきたのではないかと思います。
息子と私との関係が、去年よりもほんの少し、成熟したような気がするのです。


高野山で、よい数珠をたくさん売っていましたので
ひとつ選んでおみやげに買ってあげました。
大学を卒業したら、大人としてきっと必要になる持ち物です。
これからの人生で、長く大事に使ってほしいと思います。

発菩提心

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この度の高野山への旅は、まったくの独り旅でしたので
2泊3日の間、ほとんど人とお喋りすることがなくて、
その結果、自分の心と常に向き合っているかたちになりました。
そうすると、ふだんなら流してしまったかもしれない
心の動きを、つぶさに眺めることとなりました。


ダライ・ラマ法王とお会いできる灌頂儀礼は午後からでした。
午前は自由参加ですが、高野山大学の先生が
1日目は「チベット密教と灌頂儀礼」2日目は「金剛界マンダラの世界」という演題で
1時間ほどの講義を行うと案内をいただいていました。

初めての人は講義を聴いた上で参加されるのがよいでしょう、とのことだったので
特に1日目の説明は聞いておきたいと思い、
前日の夕方から高野山入りして、朝9時からの講義に間に合うようにしました。

ところが当日、講師がおっしゃるには
「チベットの密教儀礼は私どもも初めてなので
準備の時間が足りなかったことをご理解いただきたい」とか
「灌頂の中身を私からご説明するのもなんですので」だとか、
わけのわからない理由で「予定を変更して」、
前もって現地入りしたチベット僧たちの砂マンダラ作成途中の写真を見せられました。
それはそれで、興味深い写真ではあったのですが・・・

しかしこれでは話がちがいます・・・
私の隣に坐ってたおじさんも「こんな話を聞きに来たのではない」とお怒りでした。
だいたい大学に密教学科があるから
創立125周年記念行事と銘打って猊下をお招きしたのでしょう。
早朝から人を集めておいて、この話はないでしょうと思いました。

でも、高野山大学の学生など、スタッフの方々は、
みなさんキビキビとよく働いておられ、これにはとても感謝しております。
小さなおにぎりのようなご飯(薬石)の人数分の用意や
紙コップ、灌頂用の水の配布、その他いろいろな作業は大変だったと思います。

ただ、上に立つ側がねぇ。
。。これは日本の縮図かしらねぇ。

また、通訳の件でも感情が動きました。
通訳はおふたりおられて、ひとりは、おそらくはプロの若い女性。
もうひとりは、たぶん大学のチベット語の先生かと思われる男の方でした。

チベット語から日本語への通訳、
しかも専門用語がたくさん出てくるのですから、
それもふまえた上で通訳出来る方は、本当に稀少な存在だと思います。

しかしこの男の先生の訳が、かなり直感的でして
ご本人は内容をよ~く理解しておられるみたいなのですけど
日本語にするときに、どうも、ずいぶん端折ってしまっているようなのですね。
なんだか急に関西弁になって「~~つぅことですゎ」とか(-_-)
それに、女性の方が訳されるのと比べて、明らかに短い・・・
短すぎるのでした。

もやもやと、私愛用の「怒り」に近い感情が湧きます。
私が求めているもの、
上に書いたどちらの場合も、「知識」を得たいのにそれが与えられないので
とってもイライラしたのでした。。。
貪・瞋・癡(とん・じん・ち)の貪でございます(貪=むさぼり)。


さらにまた、私の典型的なパターンを見る出来事がありました。

事前に、録音機器、録画機器、撮影機器の会場への持ち込みは禁止、
さらにペットボトルや傘なども持ち込みも禁止、と言われており、
持ち物検査も、金属探知機によるチェックもありました。
猊下の安全確保のため当然のことと思います。

しかし2日目の猊下ご入場の前、
多くの参加者が壇上の砂マンダラの写真を撮ろうと会場の前方へ集まり
デジカメや携帯をかまえてフラッシュをたき、
中には壇に手をかける人までいました。

警備の方が出てきてようやく人々を着席させ
儀式が終わるまで一切の撮影は禁止です、と再度放送もあり
ことなきをえましたが、私の心はざわつきました。

持ち込み禁止と書かれていたのに、
なぜあの人たちはカメラを持っているのか。
もしあの貴重なマンダラや供物が壊れたらどうしようというのだろうか。
そう考えると、憤りにも似た気持ちになりました(-_-♯)

それから全ての儀式が終わったあと、夕方帰路についたわけですが
荷物を持って山を下りる人たちで交通機関は大混雑。
特に高野山駅では、切符を買う人たちが長蛇の列を作っていました。

順番がきて自分の切符を買っていると
次のロープウェーに乗りたかったのでしょうか
横から強引に割り込んでくる女性がいて
・・・またしても(-_-メ)

あーあ。清いお話をお聴きして
清浄なる仏教徒になったはずなのに
なんなの?この心のざわつきは~ orz
今度は、貪・瞋・癡(とん・じん・ち)の瞋です。。。(瞋=怒り)。

dalailama2.jpg
大阪に帰った翌朝、
(ちょうど息子は学祭で下宿に戻っていたので)
久しぶりにゆっくりと瞑想しました。

法王さまは、菩提心をもつことを何度も何度も強調されました。
菩提心は、自利ではない、利他の気持ちです。
生きとし生けるもの全てが、いつか仏さまになるときまで、私はこの身をささげます
という決心が、何にもましてまず大切なのです。

・・・・・
ああそういうことなのか。
これは頭の中の話ではない。
期待を裏切る人、きまりを守らない人、割り込む人、
仏さまはこれらの人たちを、私に与えてくださったのだ。
生きとし生ける全てのもの(衆生)の姿を
具体的に見せてくださったのだ。

すべての衆生に対して菩提心を発するとはどういうことなのか。
それはきれいごとではありません。
これまでの私であれば許容できないような相手に対しても
我が身をささげるのが菩薩なのです。
貪・瞋・癡(痴)という三悪にまみれていては
利他行をするどころではありませんね。

ここから抜けるためには、
日々の感情の揺れを
ひとつひとつ点検していかなくてはならないのだと分かりました。
アドラー心理学の知恵の助けを借りるなら、
「自分の感情に気がついていること」がきっと始まりになるでしょう。
そして貪瞋癡のマイナス感情を使わない決心をすることです。

とてもとても初歩の段階ですが、
これが遠い途の始まりとなることを願います。


石巻に行かれた猊下のご様子が公式サイトに載っていましたので一部引用します。
このような菩薩に、私もいつかの生でなれたらと願います。

dalailama3.jpg"What do you feel?" he asked them, extending a strong hand and arm. "Are you still sad?" Women broke down weeping in front of him, some sobbing, "Thank you, thank you." In this scene of high emotion, His Holiness said, "Some sorrow befell you here. That's all finished now. You can't change what's happened. Please change your hearts, be brave. Please help everyone else, and help others become more okay."

起こったことは変えられません
あなたの心を変えて強くなってください
そして他の人々を助け
他の人々が今より少しでも楽になるように助けてあげてください

金剛界灌頂

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koya4.jpgさて参加者850人ほどの
その半数近くは僧衣の方々でした。
私の席の右隣もそのお隣も、そのまたお隣も、
さらに左側のお隣も、正式な僧服を着ておられました。

途中で日本語の般若心経を詠むときなど、
両側と前後からの淀みない読経の声に囲まれて
プロの迫力に鳥肌がたったものです(^o^)

残り半数ほどは在家だったと思うのですが
たぶん私のような素人はあまりおらず、
住職の奥さんだったり、信者さんの団体だったり、
また驚いたことに、台湾から
たいへん多くの方々が来ておられました。

同じ宿坊に泊まってお風呂でお喋りした女性は
私と同じように独り旅でしたが
お坊さんのお友だちに誘われたということでした。

灌頂は、在家の者たちへの灌頂(外灌頂)と
僧侶の方々への金剛阿闍梨灌頂が行われました。
すべてチベット密教の儀式次第にそって正式に行われたようです。

といっても、何をやっているのか、そのときはさっぱりわからず
帰ってきて漢字ばかりのプログラムを仔細に検討し
自分のメモ書きと照らし合わせて、
やっとその流れが分かったような感じです(^^;)

いつものことですが
漢字の仏教用語を耳で聞いて理解するのはむずかしいです!
しかも猊下は全てチベット語でお話をなさいましたので、通訳の方が頼り。
ひとことも分からない言語で、とても聞きたいお話を長時間聞き続けるというのは、
けっこうもどかしいものでした~。
どちらかというと英語への通訳を聞く方がまだましだったかも。。。

たとえば「加持」って聞いて、すぐに意味が分かりますか?
英語では Empowerment なんですよ!
この方が感覚的にわかりやすいですよね。


今回、金剛界マンダラ灌頂が選ばれたのは、高野山への配慮によるものでしょう。
高野山の開祖弘法大師が日本に持ち帰られたのは、大日経と金剛頂経でした。
おぼろに日本史の授業を思い出しますが、
大日経は胎蔵マンダラ、金剛頂経は金剛界マンダラです。

大日経はインドやチベットでは消えていきましたが、
金剛頂経とその系譜の教典類は、8世紀以降の後期インド仏教の中心となり、
それはそのままチベットに伝わったのです。

koya5.jpg猊下の来日に先立ち、チベットの僧侶たちが
1週間前から金剛頂経の砂マンダラを作りに来ておられました。
彩色した清浄な砂だけで細密な曼荼羅を描くもので
これはもう素晴らしい芸術作品です。

私の席からは、儀式中は
ライトを浴びて白く輝くばかりでよく見えませんでしたが
全て終わった後で希望者は、規制を受けながらですが近づくことが許されましたので、
携帯で写真を撮ることができました。
美しいです~~(T_T)

images.jpeg儀式の中で、
私たちも観想をして
金剛薩埵となり
東の門からマンダラの中に入りました。
くわしくお話することはできないのですが
(だから密教!)
これはとっても素敵な体験でした。

左の写真が金剛薩埵 Vajrasattva ・・・

灌頂を受けたことが、何を意味しているのか
実は未だによくわからないでいます。

日本仏教では、修行を重ねた後でやっと灌頂を受けるのですが、
チベット密教では、灌頂を受けて弟子になり、
そこから修行が始まるということです。
だからこそ私のような者でも簡単に受けることができたのですね。
ということは、これで晴れて
私もチベット密教の弟子となった。
ということなのかな?

それは
今後の修行如何なのだろうな、と思うのであります・・・(^^;)

ダライ・ラマ法王に会う

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高野山に、ダライ・ラマ法王猊下にお会いしに行って来ました。

猊下のお話を生で聞くのは初めてですし、
「高野山特別法話:チベット密教金剛界曼荼羅灌頂」って何なのか?
どんなことをするのか。何が起こるのか。
わからないまま行き、
そしてやっぱりよくわからないまま帰ってきました。

そして帰ってから、じんわ~りゆっくり、
これはやっぱりたいへんありがたい機会を得たのではないかということに
少しずつ気がついてきました。
いつもながら、ちょっと遅いめです(^_^;)

76歳の猊下は
10月31日に大阪から高野山に車で移動され、
その日の午後にさっそく講演しておられます。
招聘した高野山大学、ちょっとハードスケジュールを組みすぎじゃない?
と私などは思ってしまうのですが・・・

翌11月1日は、朝から奥の院へ出向かれて弘法大師にご挨拶をされ、
さらに会場で数時間にわたる瞑想をなさったということです。

午後2時、私たちが起立してお迎えする中、
入堂された猊下はまず正面の座に向かって
五体投地を3度なさいました。

高僧のグル2名と10名のチベット僧たちが
お側で敷物を広げたり、お手をとって誘導したり
また腰にクッションをあてがったり、何かとお世話しておられました。

儀式は1日は3時間、2日は4時間以上にもわたり
その間、猊下は座にお座りになったまま一歩も動かれませんでした。
ほとんど休憩をとらず、
説法をなさったり
真言を唱えたり
次々と複雑な印形を結んだり

慣れておられるとはいえ、
やはりかなり神経を使うお仕事ではなかったかと思います。
受者である私たちも疲れましたが、
法王さまはご高齢でもあり、どんなに消耗されたことでしょう。

それでもときおり「ほっほっほ」と陽気に笑われて
退場の際には何度も何度も手を振り、合掌され、
なんというのでしょうか
凡人にはないそのありように、すっかり魅了されました。

dalailama.jpg


ところで、この高野山での灌頂(2日間)のチケットは
大阪での講演に比べたら、けっこうお高かったですし、
「参加する人は失礼のない服装で!」と指示もありましたので、
ひょっとしたら、間近で法王さまとお会いできるのかな~なんて期待していました。

実際には、参加者は850人。
高野山大学講堂の2階指定席に座って、
壇上に捧げられた供物、砂マンダラ、大日如来のタンカ、
高い座でお話される法王さまを眺めるだけでした。
上の写真は猊下のオフィシャル・サイトから拝借しました。

しかし大阪の講演会の様子をYouTubeで見てみると、
参加者は数千人、巨大スクリーンが2基、法王さまのお姿は豆粒のよう・・・

世界的な宗教指導者である法王猊下と
1000人以下の人数で2日間同じ場所で過ごすことができたのは
実はとても得難い機会だったのだと、今になってわかるのでした。

さらにありがたいことには、お話の内容は
高度に仏教的な「法話」でありました。

これもYouTubeを見て気がついたのですが、
当たり前といえば当たり前のことだけど
灌頂を受けに来た参加者は、たとえ在家であっても信徒です。
一般向けのお話はテレビやビデオで見る機会がありますが、
この日は「世俗の」のレベルではなく、
いきなりお釈迦さまの初転法輪から話が始まりました。

密教とはどういうものか
仏の境地とは何か。
菩提心の大切さと
空性を理解する智慧の大切さ。
それらを懇々と、懇々と
繰り返し説かれました。

全てチベット語でのお話で、通訳を通してでしたし
私には難しすぎるところがたくさんありましたが、
ちょうど先月から習い始めた『入菩薩行論』にも書かれている、まさにその内容を
猊下から直接、自分の耳で聴いて、学ぶことができた。。。
これはとてもとてもありがたいことだったのだと思います。

高野山に行く前、ダライ・ラマ法王の灌頂を受けるのだと話すと
聞いた人はたいてい、「すごいねー」と言って反応されましたが、
ただひとりだけ、次のように言ってくれたお友だちがいました。

「法王さまの灌頂を受けられるのですね。
 うらやましい。前世及び今生における福徳でしょう」

この言葉を、今しみじみと噛みしめています。

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