2011年12月アーカイブ

年の瀬に

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そろそろ今年も終わります。
忘れられない2011年3月11日
神さまが日本の来し方行く末を嘆かれて
大きな怒りの身震いをなさった日。

あれから、日本はほとんど変わっていません。
むしろ悪くなる一方に見えます。
悲しいですね。

でもあきらめず、少しずつ変わっていくしかないのでしょう。
まず、「私」が変わることからね。


ところで今年は、生まれて初めて(!)
きんとんと黒豆を自分で作りました。

前に結婚していた頃も今も、ある程度のお節料理は必ず作っていますが
きんとんと黒豆は、いつも、母の作ったのをもらっていました(^^;)

母のきんとんと黒豆が一番おいしいと、昔も今も、固く信じているのです。

ですがさすがに母も高齢になり
今年はもう作らないと言いますので
では遅ればせながら自分で作ろうか、と
実家に行った折りに、詳しい作り方を教えてもらいました。
ついでに、くちなしの実や、重曹や、丹波黒豆の上等なのやらを
一式もらいうけました(^_^)

できたものを買うという手もありますが
売っているものはおいしくないです(きっぱり)。
何より、私自身、母の味のきんとんと黒豆を食べないと
お正月がきた気がしないです。


昨日、前夜から水(+重曹)につけていた黒豆をたきました。
あくをすくって
豆が顔を出さないように、ときどき水を足して
母のレシピによると3~4時間、煮ます。

砂糖の半量を入れて15分。
残りの半量を入れてさらに30分。
最後に濃い口醤油をほんの少し。

ふっくらとおいしくできました。
ちょっと甘すぎたかもしれないけど
でも、つやつやです!(^o^)

同時進行できんとんも作りました。
さつま芋は、一度下茹でしてあくをとってから、
くちなしの実を入れて、本茹でします。
やわらかくなったら熱いうちに、裏ごしします。
これが結構めんどうなんだけど
でも、この一手間でおいしさが全然違いますから。

裏ごしした芋に、砂糖と、瓶詰めの栗のシロップを加えて
かき混ぜながら、とろとろと煮詰めます。
これはもう、さつま芋のあんこです・・・
みりんとほんの少し塩を入れて、栗を足したらできあがり~!
これも、つやつやです~(^o^)v

とりあえず、母の味は相伝いたしました。
めでたしめでたし。


お節料理って、要するに手間をかけることなんですね。
忙しいからつい手抜きしたくなりますけど、

さつま芋を裏ごしするとか
黒豆が出ないように気をつけるとか
数の子の薄皮を取り除くとか
田作りを、パキンとなるまで煎るとか
なますの大根を細く細く刻むとか

ひとり黙々とこういう作業をするのは
没頭しているようでもあり
いろんな昔のことを思い出しもし、
なんだか瞑想的ないい時間で、好きです。

お節はほんの少しでいいんだけれど、
無いとお正月がきた気がしない。。。

掃除だって、もう今年はいい加減で済まそうって思っていても
やっぱり夕方に台所仕事が終わったら、
レンジや流しを磨いて、新しい布巾をおろします。

他の部屋にも、もう一度掃除機をかけて
なんとなく机の上も整えて
今年のゴミは出しておこうと思います。

年が明けても
今日と同じ明日が来るだけだとも言えるのですが・・・
これは、民族の血ですかね。


で結局、母は、今年もやっぱり、きんとんと黒豆を作ったみたいです(^^;)
無しでは、両親のところにもお正月はこないのでしょう。
近くに住んでたら、持って行ってあげるのにね。。。


今年1年、みなさまどうもありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えください。
nenga2012.jpg

獅子のように?

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チベット仏教の受講も、昨日でもう4回目になりました。
毎回最初に読むチベット語のお経も、
ようやくプリントの「どこ」を読んでいるかぐらいは分かるようになり(^^;)
他の受講者たちに合わせて唱えられるようになりました。

このうち3回は大阪で、1回は名古屋で受けました。
名古屋に行ったのは、「チベット仏教入門」という講義を受けたかったからで
やっぱり初心者はここからよねと、思い切って足をのばしたのです。
これは分かりやすくて、とても良かったです。
日本人の先生から概論を教えていただけたので
ダライ・ラマ猊下の講話やチベットの先生方の講義が
チベット仏教全体からみてどのへんに位置しているのか、
やっと少し、つかめた感じです。

日本人の先生は、ふつう、
今日の講義はここまでやって、次回はあそこまでやって、と
だいたいの計画を立てて教えてくださると思うのですが
実はこれ、とっても日本人らしい特徴みたいですね。

チベット人の先生たちは、そういう見通しを立てる習慣が
あまりおありじゃないようで
まあ行き当たりばったりといいますか
初回の講義もいきなりテキストの途中(前年度の続き)から始まって
2,3ページ進んでその日は終わり。
あとほんのちょっとでこの章が終わるのにな~というところでも
平気でおしまいになさいます。

これって知る人ぞ知るチベット人らしさみたいで(^_^;)
たとえば『ミラレパ』というチベット映画があるのですけど
聖者ミラレパ伝の前半、3分の1にも満たない辺り
運命の師といよいよ出会う!というイイところで、あっけなく終わってしまいます。
誰もが「ええっここで終わり!?」と驚きますが
「つづく」もなくジ・エンド(*_*)
もうちょっと見通しをもって映画を作ってほしい・・・と思うのであります。

しかし講義の方は、2ヶ月に1度ですから
このスピードでは1冊のテキストを読み終わるのに10年かかりそうです。
受け身で待っていないで、自分で本を読んで勉強し、
ご縁のあるとき、ご縁のある箇所について、先生の教えを乞う
というやり方しかなさそうです。
まあ本当は、これが学習のあり方なのでしょうね。


昨日はシャーンティデーヴァの『入菩薩行論』講義の2回目でした。
シャーンティデーヴァは7世紀インドの聖者で、
『入菩薩行論』の原典はサンスクリット語です。
私たちのテキストは、原典→チベット訳→和訳ですが
先生は、シャーンティデーヴァ自らの詳しい註釈本(チベット訳)を持っておられて、
それを丁寧に読んで教えてくださいます。
これこそ師から学べる醍醐味、ありがたいな~と思います。

私は原典→英訳のテキストも持っているので
先生の註釈を聞きながら、和訳、英訳の両方を並べて見ていますが、
和訳・英訳が微妙に違っていることもあり、なかなか奥が深いです。

さて昨日は、菩薩(菩薩になろうとする者・仏教徒)は
日常どのようにふるまうべきであるか。という教えの部分を読みました。
その中に、寝るときの姿勢や心構えについて書かれたくだりがありまして
全体からいうと些末な部分なんですけど、面白かったのでシェアします。

ご存知ですか?どんなふうに寝るのが正しいのか。
和訳と英訳とふたつとも書いてみますね。

救済者(=仏)が涅槃に入られたときのように、頭を望ましい方角(=北)にむけて右脇を下にして寝るべきである。そして、当初から、正知をもって、早くに起きようと考えて寝るべきである。(『入菩薩行論』 第5章96節)

One should lie down to rest in the preferred direction, in the position in which the Protector passed away. Full of awareness, one should get up promptly, before one is told to do so without fail. (Santideva: The Bodhicaryavatara. 5-96)

そして先生の註釈はもっとずっと詳しくて

寝る前には足を洗って身をきれいにする。
頭の向きは自分の好きな方でよい。
右脇を下にして横になり
足はきちんと重ねて伸ばす。
右手は、右のほっぺたの下に当て
左手は伸ばして、左の腿の上に置く。
比丘であれば、上に袈裟をかける。

この姿勢をとると、脈菅などの関係から、自然と体が軽くなる。
眠りが浅くなり
罪をつくるような悪い夢を見ない。

気持ちは、正しい動機をもって
つまり、善のことを思い出しながら寝る。
そうすると睡眠もまた善になる。
光を感じ、その光に心を集中する。
睡眠が暗闇にならず、朝起きやすい。
眠りに執着せず、朝早く起きようと思って寝ること。
草食動物のように意識を目覚めさせながら寝るのがよい。

これを「獅子のように寝る」と言うのだそうです!
獅子(ライオン)ってこんなふうに寝るのかしら(?_?)
うーむ、しかも獅子のようにと言ったり、草食動物のようにと言ったり(*_*)
インド人もなかなかチベット的かも。。。

ここで出た質問が、けっこう古参の方からだったのですが、
「毎晩この寝方をしようとするのですが、
枕をしないと肩が凝って、朝になるといつも上を向いてしまっています。
いったいお釈迦さまは、枕はなさっていたんでしょうか?」

いや、笑っちゃいけないんだけど。。。
先生も真面目に「お釈迦さまは枕されていたと思います」って。

こういうやりとりを滑稽に感じちゃう私は、罰当たりでしょうかね。
かく言う私も細かいことが気になってしまって
観想の中で見る金剛杵の色とか、質問したことあります。
このときも先生、真面目に「白」と答えてくださいました。
・・・みんな、一生懸命です(^^)


とまあ、なにやらわけ分かんないまま
楽しんでおりまする。

himalaya.jpg12月10日、いよいよチベット語のレッスンが始まりました。
朝の9時から、家庭教師をしてくださる先生に来ていただきました。

とてもかしこくて素敵な女性です。
こちらから話を向けない限りは、
あくまでチベット語の先生としてのお付き合いをされます。
うちの家ってアヤシイ物がたくさん置いてあるのですけど、
こちらから話さない限り、プライバシーに入ってこられません。
お若いのに、この距離の取り方は絶妙だなぁと感心しました。

そしてタンカ絵師としての才能と感性。
インドに9年間住んで、そのうち8年は修行に費やしたという情熱と行動力。

いつかもっといろんなお話ができるようになったらいいなと思いながら
初対面の昨日は、美しい宝石にそっと触れる感じで時間を過ごしたのでした。

さてお勉強は、まずは基本文字から。
チベット語は子音が30字あって、そこに母音記号がつきます。
ここらあたりまでは、完璧に予習できていたのですが

以前にも書いたように、頭、足、前置字、後置字、再後置字、と
「子音+母音」にいろいろくっついて発音が変化します。
また例外もたくさんありますので
独学では、ここらへんでもう無理っぽくなっていました。

やっぱりちゃんと先生につかないと語学を身につけるのは無理ですね。
いや、先生に来ていただくことが決まったから、独力で予習を始めたのでしたか。
今となってはもうどうでもよくなりましたけど、ようするに
流れに導かれてチベット語とこの先生とのご縁ができたのでした。

午前中3時間かけて、文字の読み方の法則を教えていただき、
「さあ、これでチベット語が読めます!」と勇気づけてくださる先生に
「無理です!」と答えた私(笑)

でも確かに、とてもゆっくりゆっくり
カメより遅いカタツムリが這うような速度でなら、
ひとつひとつの音節を読んでいくことは、可能になりました。

私の目的はチベット語会話ではありませんので
(たぶん今生ではもうインドやチベットに行くことはないでしょう)
午後からは、いくつかの短いお経を
意味と文法を教えていただきながら、読むおけいこをしました。

毎日唱えるようにと勧められている三帰依文や
ダライラマ法王長寿のお祈りなど、教えていただけてとてもうれしいです。
これで、以前目が点になってしまった
 サンギェー・チュータン・ツォクキ・チョクナム・ラ・・・
の、ひとつひとつの言葉の意味がわかるようになりました(^o^)

しかし脳の容量には、ホントに限りがありますね。
それとも私だけでしょうか・・・?

しだいに目の前がくらくらして思考能力が低下し、
どんどんおバカになってきました。
朝には読めていた文字が、どうにも思い出せなくなってきて
カタツムリにも追いこされるような速度に・・・(^^;)
先生が、どうしましょうか?と聞いてくださったので、
午後3時半に、終了していただきました。

正味6時間の集中最強レッスンでした。
先生をお見送りしてから、
出しっぱなしのノートもテキストもそのままで
こたつにもぐりこんで2時間爆睡しました。
完全に、脳のキャパオーバーでした~~

いやはや
50を過ぎて、脳細胞は明らかに減少しているんですねぇ。
若いときならこれぐらいの詰め込みもできたかもしれませんが、
もう今はなんともなりませぬ~(;_;)

でもね、
教えていただいたことを復習して、
毎日ちょっとずつでもチベット文字にふれていないと
きっとぐちゃぐちゃになって、忘れてしまいます。
私の不得手な「コツコツお勉強」をしなければなりますまい。

実は昔から、ばーっとやってぱーっと忘れて、またばーっとやって、
って生きてきたのですわ(^^;)
それでなんとかなってきたというか、
それでなんともならないものはやらないで済ませてきたというか。。。
ここに至って、しみじみ、わが人生を振り返るのでありました。


仏さまの教えに出会うことほど、
人として生まれて幸せなことはないのだと聞いたことがあります。
これはまあ仏教徒の言ですね。

tibetanlang.jpgしかし、チベット語と出会ったことにも
仏さまとのご縁を強く感じますし
この先生と出会えたことも、
類い稀なるご縁だと思います。

チベット語やチベット仏教を学ぶことは、直感ですが、
確実に私自身を豊かにし
世界に対しても良いことのような気がするのです。

これから死ぬまで、あと20年くらいあるでしょうか。
その間に毎日・・・は無理でも(^_^)2、3日おきにでも
少しずつ勉強を続ければ、来生への準備にはなるでしょう。
コツコツと身に染みこませ、
薫習(くんじゅう)していけばいいのです。
そんなふうに楽しんで続けていこうと思います。

だんだん、人と張りあうとか優秀でいたいとか
そんなところから少し離れられるようになってきたかもしれません。
私も年がいってきたからかな?
そうかもしれません(^^)

第2世代のアドラー心理学

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10月の総会のあとから
息子が来たり
チベット仏教のお勉強を始めたりで、
今まで以上に忙しくなったのですが

11月から忙しさはピークに達し
2週目は大阪でアドラーの勉強会と、チベット仏教講座。
3週目にも名古屋にて、チベット仏教講座。
4週目は岐阜にて、アドラー心理学会の北陸・東海地方会。
と、このところ毎週末をアドラー心理学とチベット仏教に費やしています。

先週末は、温泉で有名な鳥取県の三朝町で
大きなJ先生のオープンカウンセリングと子育て講演会に参加してきました。
もちろん鳥取ですから、おまけつきです!(*^_^*)
娘の家に泊まって、1歳1ヶ月になったこうすけに会うのです♪

土曜日のオープンカウンセリングは盛況で、
なつかしい方々とたくさんお会いすることができました。
またいつものことながら、J先生がクライエントさんのライフスタイルを
ゆっくりと丁寧に、深いところまで紐解いていかれる過程は
ひとつひとつ、とても援助的で感動的でした。

そのあと私は夕食会をパスして、すぐに娘の家に行きました。
久しぶりに会うこうすけに私のことを思い出してもらって
翌朝は、娘夫婦とこうすけと私とで、三朝までドライブ。
子育て真っ最中の2人に子育て講演会に参加してもらい、
私はこうすけのお守りを引き受けたのです(^_^)v

講演の間中、こうすけはとってもご機嫌で、全くぐずりませんでした。
大きな声で(^_^;)あれこれお話し(?)してくれるのはいいのですが、
しつらえていただいた子供用のスペースの中にじっとしておらず、
土足の床をはいはいしたり、マットをめくったりして遊ぶので、
何度か抱っこして廊下に出なくてはいけないのでした。

kosuke201112-2.jpgそんなわけで私はあまりお話を聴かなかったのですが
娘たちはしっかりノートをとって集中できたようで
とても楽しかった!と満足した様子でした。

そのあと初めてJ先生を娘夫婦の家にお招きし
娘の手料理を食べながら、こうすけのお囃子つきで、
私の文系頭ではついていけない類の
なにやら難しい会話が遅くまで続いたのでした。

大阪に帰ってきたのは昨日の昼。
一夜明けてさきほど娘が Skype で
「お母さん、私アドラー心理学を実践したよ」と報告してきました。
それはこういった話です。


娘は、このごろ毎日、旦那さんにお弁当を作っています。
昨夜は小さな骨付き鶏肉を唐揚げにしました。
「これは明日のお弁当のおかずね」と言うと
「たのしみだなあ」と旦那さん。

今朝、出来上がったお弁当を、台所テーブルの上に置きました。
ただ、彼が出かける時、ちょうどおむつを替えていたので
玄関まで見送れなかったそうです。

そのあとこうすけと一緒に二度寝をして
昼近くになって、
テーブルにお弁当箱が置き忘れられているのを見つけました。

せっかく昨日の晩から料理して、今朝も早くに起きて準備したのに
彼もあんなに楽しみにしていたくせに
なんで忘れるねん~~~!!(>_<)
と、たちまち劣等の位置に落ちたのだそうです。

これはよくある話・・・ですよね。
けどまあ娘にとっては、初めてのかなりショックな出来事なのでありました。

「あぁ劣等の位置に落ちた」と自分の感情に気づいた娘は
一昨日の講演で聞いたことを思い出しました。
つまり、起こっていることを理解するということです。

理解はすぐにできました。
彼が意図してお弁当を忘れたのでないことは、明らかです(^^)

そして、ここがポイントだと思うのですが、
自分が劣等の位置に落ちている以上に
彼の方がきっとずっと劣等の位置に落ちているだろうな、と思ったのだそうです。

そう思うと、お弁当は自分がお昼に食べれば無駄にはならないし
唐揚げはまだ冷凍してあるので、また食べてもらえばいいと思いました。
そして落ち着いて、どう行動するか考えることができました。

昼前、お弁当を忘れたことに気づいた彼から、
案の定たいへん申し訳なさそうに電話がかかってきました。
娘は「残念だったね。唐揚げはまだあるから、また次に入れるわね」と
やさしく言ったのだそうです。

従来だと、絶対に、「どうして忘れたのよ!」って
ぷんぷん怒って言っていただろうということです。

でも「どうして」って言われてもねえ。
そんなふうに怒られなくて、旦那さんもほっとしたでしょうね~(^_^)
たいへん喜んでいたということです。

で娘曰く、これが変容することだってわかったのだそうです。

こんなふうに早速実践したとは、驚きです。
自助グループだったら、「どんなところを工夫しましたか?」とか聴いて
パーソナルストレンクスをみんなで探すかな。

まだこうすけについてはほとんど問題が起きていないので、
娘の家ではアドラー心理学は、どちらかというと、
まず夫婦関係について役に立つのかもしれません。

彼らは学会員なので学会誌は読んでいますが、
勉強会に参加してくれたのは初めてです。

やっぱり本を読むだけではなくて
具体的に生活の中で実践するしかアドラー心理学を身につける方法はない。

kosuke201112.jpgと母は思っていますので、
今回実際に、娘が足を運んで講演を聴いて
そこで学んだ理論に基づいて考えて行動したことが
とってもうれしいです(^^)/

でも娘は、ひょっとしたら私より
小さい頃から体でアドラー心理学を知っているので
すでに私よりは身についているのかも・・・(^_^;)


さて、私の忙しさはもうしばらく続きます。
今週末はいよいよチベット語の勉強が始まり、
翌日はアドラー心理学の勉強会。
それが終わったらもう年末に突入。
風邪をひいている暇もありませぬ(^^;)

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