悪趣救済

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LobsangDelek.jpgこの日の阿闍梨さまは
ロサン=デレ=ギュメ・ケンスル・リンポチェ(ギュメ寺第101代管長)
灌頂のご本尊は
私の大好きな観自在菩薩(チベット語でチェンレスィ)さまです。

ロサン・デレ・リンポチェは、
お若いときからその博学ぶりが法王のお耳に届くほどの秀才で、
「ミスター入中論」とあだ名されているのだそうです。
(『入中論』というのは、めちゃ難しいチベット仏教の哲学書みたいです)
この日の灌頂が終わると翌日インドへ戻られて
ギュメ寺よりもっと大きなセラ寺の管長に就任されるのだとか。
んーよく分かんないけど(笑)、すごい方みたい。

私にしたら、チェンレスィさまとのご縁がいただければよいので、
それが由緒正しきラマさまからなら、なおありがたいのであります。

東大寺の本坊は小さな建物ですが
広いお座敷にお座布団を100枚近く並べてあって
中央にラマの座、
ラマの右側にチベット式の祭壇がこしらえてありました。

口をすすいで、
カレーパウダーのようなものを手の平にこすりつけて
体を浄めるとイメージします。
おかげで部屋中、ずっとカレーの匂いが。。。(^^;)

幸い真ん中近くの、ラマのお姿のよく見える席につくことができました。
高野山でのダライ・ラマ猊下の灌頂は、800人もの人数でしたので
劇場型の椅子席で、拝礼もままならなかったのです。
今回は、とても近くで、ラマのお顔の表情もはっきりとわかりました。
五体投地も、全員でちゃんと行いました。

nara3.jpgリンポチェ、最初はいかめしい方かと思いましたが
ときどき冗談をはさんで笑わしてくださり、
法王ゆずりのユーモアのセンスがおありでした。
ご法話もとても分かりやすく
噛んで含めるように、
人間に生まれたこの得難い機会を
仏教の実践に使うようにと教えてくださいました。

お座敷の障子を開けると、
本坊の美しいお庭から初夏の風が入ってきて
とても爽やかでした。

ところでこの日の灌頂、正式名称は
「全悪趣救済の観音菩薩許可灌頂」といいます。
知らなかったのですが、
執り行われたのがたったの3回目という、たいへん珍しいものだったのです。

もともと、19世紀チベットのなんちゃら4世が
9世紀インドのなんちゃらという大成就者に
神秘体験の中でお会いして教わったものだそうで。。。
真面目一徹のゲルク派らしからぬご由来なのですが、
そこがまた素敵と感じました。

で驚いたことにですね、この灌頂は1回受けると、
次の生で三悪趣に落ちないで済むというのですよっ。
なんてスグレモノでしょう!

これがどれだけ大きな意味をもつか
仏教を少しご存知の方ならお分かりと思います。

仏教では、全ての生き物は果てしなく輪廻転生を繰り返していると考えます。
地獄界・餓鬼界・畜生界・人間界・阿修羅界・天界とあって、
苦しみの大きい下の3界を三悪趣といいます。
私たちは、ありがたいことに今回は人間に生まれてきたのですが、
覚りを開いて解脱を得るまでは、輪廻の輪の外に出ることはできず、
したがって今回の生を終えれば、また悪趣に生まれてくるやもしれません。

あまりに煩悩にまみれ、貪り・怒り・愚かさを重ねていると
次は、地獄や餓鬼、畜生界に生まれてしまうかもしれません。
そうなると大変な苦しみを味わうことになります。
それで仏教徒(特に小乗仏教)は、なんとか善業を積んで、
善趣(人間・阿修羅・天)のいずれかに生まれることを願うのです。
道徳の基盤ですね。

ところが、今までどんだけ(!)悪業を積んできていても
この灌頂を一度受けたら、次の一度だけは人間になれるんですって♪
なんと安易!(笑)
でも、お得感満載(^o^)

だから安心して悪いことしてもいいよって話ではもちろんなくて、
もう一回人間に生まれて、仏陀の境地に近づくよう修行をしなさいよ
っていう意味なんですよね(^^;)

私のように、この年になってようやく仏教と出合い、
今生では学ぶ時間が明らかに足りない~!という者にとっては、
本当に得難い機会をいただけたと思うので

安心して、今生ではアヤシイ瞑想に深入りしたりせず、
過去生で学ぶ機会があまりなかった仏教の智慧(般若)の部分を
死ぬ前の日まで、出来る限りお勉強しよう~と思うのでした。

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このページは、ayakoが2012年5月 2日 16:57に書いたブログ記事です。

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