2012年6月アーカイブ

Good Bye, Osho

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東京から帰ってきて
しばらくぼぅっとしていました。

ある朝ふと、祭壇のしつらえを変えようと思いました。

私は8年前から、和尚ラジニーシのサニアシンでありました。

ここまで和尚に導いていただきました。
和尚の瞑想をまがりなりにも8年続け
和尚の講話を学び続けてきた、そのおかげで、
ガーチェン・リンポチェに出会うこともできました。

今も和尚の本、特に仏教に関する本を読み続けています。
違った角度から語られていますが、同じ真実が説かれていると感じます。

osho132.jpgしかし残念なことに、私は、
生きている和尚にお会いすることはできなかったのです。
和尚に出会ったのは、和尚が肉体を離れてからでした。
それでもなおこれだけの力を私に与えてくださったと思うと
あらためて本当にありがたいことだと感じます。

ガーチェン・リンポチェに師事することを決めた今
和尚への尊敬と感謝はそのままですが、
和尚をグルと仰ぐのを止めるのが、
もっとも自然なことだと感じました。

この朝、
和尚の写真を燃やしました。

8年間ありがとうございました。


chenrezig2.jpg東の窓の前にしつらえた
祭壇の真ん中に、
チェンレスィ(観音菩薩)さまの小さなタンカを飾り
その手前に、金剛薩捶父母尊の像を置きました。
どちらも縁あってお知り合いからいただいたものです。

両脇に蝋燭を灯して
リンポチェの小さなお写真の前に
加持していただいた新しい数珠を置くと
ありがたさに涙がこぼれました。

チェンレスィとは、慈悲のお目をもつ者、
つまり観自在、です。

こうやって祭壇を調えてみると
以前はこんなに強く感じることはなかったのに、
正面から、まっすぐに、
チェンレスィさまがこちらを見てくださっているのを感じました。

本当につながることができた。
そう実感できることが、ありがたいです。

Angulimala

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4,5日ものあいだ
だいたい同じ面子の者たちが同じ場所に通っていましたから
日ごとに知り合いの数が増えて仲良くなり、
居心地よくなって、ちょっとアドラーの合宿みたいになりました♪

ある晩、ガーチェン・リンポチェを囲んで
希望者でネパール料理を食べに行く機会がありました。

まだあまり知り合いがいなかったのだけど
勇気を出して参加しました。

たまたまその日のお昼休みに、少しお喋りをした台湾の方が
「この方、大阪からだから、リンポチェの近くに座らせてあげて!」と
みんなに呼びかけてくださったので、
おかげでとてもいい場所に座らせてもらえました。

リンポチェと同じテーブルではありませんが、
左側、人ひとりを挟んで、リンポチェが座っておられます。
そこから、とても強いあたたかな力が放たれているのが感じられるのです。

近くの席でお喋りした方々は、
東京でフリーチベット活動を熱心にやっておられたり
インドやチベットに何度か行っていたり
私がTwitterでフォローしている有名な先生のお知り合いだったり
いろんなつながりや情報がとても面白かったです。

なんだか知らないうちに「シスターズ」が結成されていて
私は「大阪のシスター・あやこさん」となってしまっておりました(^_^;)
いつの間にやら、自然にハグする間柄になりました。


さてその間もずっと、左側からはリンポチェの波動が伝わってきます。
チベットのカム地方の方言しかお話しにならないので
お喋りしたい人は代わる代わる近くに行っては
通訳のラマに訳していただいているようです。

私は自分の席でずっとリンポチェを感じ続けていましたが、
何度かそちらを見たときに、
やさしい笑顔でこちらを見ておられるリンポチェと
目の合うことがありました。

まるで仏さまのような、その目!

私の口元も自然にほころんで
ただ、同じように見つめ返しました。
言葉は何もいりませんでした。
時が止まったような
そんな数秒間が何度かありました。

リンポチェのあの微笑みを見るだけで
人は菩薩になれると、私は思います。


angrimala.jpg.jpeg.JPGリンポチェと目が合ったら
仏陀に睨まれたアングリマーラのように動けなかったよ、と言った人がいました。
アングリマーラ!

アングリマーラの話は仏教で有名です。
盗賊だったとも、破戒僧だったとも言われますが、
あることから人を100人殺す誓いをたて、
殺した人の指を切り取って首飾りにしていたので
アングリマーラ(=指の首飾り)と呼ばれ怖れられていました。
100人目に釈迦と出会い、
その場で釈迦に帰依し、
のち成就したと伝えられています。

睨まれたわけではありませんが
私も動けなかったことはたしかです。
いつまでもあの微笑みの中に浸っていたかったから。。。

そのアングリマーラを、
私は自分とまったく関係ないものと考えていました。

でもリンポチェの前に出ると
自分が清浄でないこと
この心が煩悩で汚れていることが、よくわかります。

今生では人を殺すような悪業は犯していませんが、
それでも振り返れば、たくさんたくさん
意識的にも無意識的にも人を傷つけてきています。
しかも始まりのないほどの過去生から考えたら、
私の犯したかもしれない罪は、どれほどでしょうか?

誰もが、アングリマーラです。

私はとても怖がりで
いつもたくさんの恐れをもっています。
それから逃れたいので、いつも我が身を守ろうとして
それが煩悩を生み、苦を生んでいます。
伝説のアングリマーラも、
おそらく根本には耐えられないほどの恐れがあったのではないかしら。

「仏を信じて行くことは、一切の恐れから解放される道です」
通訳のラマを通してガー・リンポチェのこの言葉を聞いたとき
この道を行こうと、心の底から思いました。
恐れから解放されたい!救われたい!(ToT)
どんだけ私は怖がりなのでしょう・・・

目の前にいらっしゃるこの方は、
修行の力によって、現実の、究極の恐れを克服した方です。
生きた証拠を前にして
何をためらうことがありましょうか。

Root Lama

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5月末の数日間、東京に行っていました。
ある高僧(リンポチェ)とお会いするために。

行くことを決めてから、ずっと楽しみにしていました。
その方にお会いしたなら、引きつけられて離れられなくなるか
あるいはまったく合わないと感じてすぐ離れることになるか
そのどちらかしかないだろうと、なんとなく思っていました。

お会いして
この予感の正しかったことが分かりました。
その方の磁力はそれほど大きかったのです。
出会ってしまいました。

ガーチェン・リンポチェ。

チベット東部ののカム地方で1936年にお生まれになったので
御年76歳でいらっしゃいます。
7歳でディクン・カギュ派開祖の高弟の生まれ変わりと認定され
僧院に入られました。
しかし1959年、中国のチベット侵攻により投獄され、
その後、20年間、労働キャンプと獄中で過ごされました。
精神に異常をきたす人、自殺する人も大勢いたその環境の中で
本当の意味で修行をしたとおっしゃいます。

しかし、悲惨な体験をなさったはずの
この方から溢れ出ていたのは、
やさしさ
おだやかさ

いつくしみ
慈悲の心
菩提心
そのものでした。
(ToT)
私はこのような方に、初めてお会いしました。
そしてこのような方にお会いできる日を
ずっと待っていたのだと思いました。

この方についていこうと決めたとき、
チベット仏教の何派だとか、
通訳を介さないと言葉が一切わからないとか、
そういうことはすべて頭から抜け落ちていました。
ただ、菩薩が人間の姿をとって目の前におられると確信した
それだけが十分すぎる理由です。

昨秋から私は、憑かれたようにチベット仏教の本を読みあさり
手の届く範囲でチベット仏教のお話を聞きに行き
初学者として、まず頭で仏教を理解しようとしてきました。
それらはすべて必要なことだったと思います。

そしてガーチェン・リンポチェは、
言葉を越えて私のハートをノックし、
魂をゆさぶりました。


仏教を教えてくださる方はみなラマ(先生)です。
たくさんのラマから教えを受けたら、全てのラマを尊敬すべきです。
ですが、どのラマが自分のルート・ラマ(根本ラマ)かということは、
自分が決めればいいのだと教えていただきました。

何をもって決めるのかといえば
自分に愛と思いやりの心を与えてくれた者
その人がルート・ラマだ、と。

今までお出会いしたラマの方々の中で
理屈でなく、言葉でなく、計算も何もなく
ただ、その存在でもって、私に菩提心を教えてくださったのは
このリンポチェです。
この方に帰依します。

garchen2.jpg

本気で後戻りのできないところに来てしまった気がします。
これからますます、抹香臭い人間になって
お友だちが減るかも。。。

ま、チベットのお香は
日本のお香よりエキゾチックで、抹香臭いとはいえませんけどね(^^)

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