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パセージ・プラス3月

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さてパセージ・プラス実験セッションの3回目。
元町を歩いてノスタルジックになっていただけではありません。
ちゃぁんとお勉強もしてきました。

今回とっても印象的だったのは

対処行動や感情がさまざまであっても
ひとつのエピソードの中では
私的感覚は同じ!
ということでした。

これってちょっとびっくりしませんか?


エピソードから私的感覚を探し出したあとに
「ここ何年も、同じ相手に対して
ケンカをしたり、言い方を変えてみたり、黙ってみたり、
いろんなことをしてきたけど
この相手をこんなふうに変えたい!
という私的感覚の方向はず~っといっしょでした!」
と、言った方がおられました。

なるほど~私も思い当たります。
うまくいっていない相手との間では
いろいろ工夫してみるものの
相手への願い(野望?)は同じなので
一時的あるいは表面的にうまくいっても
実は解決していなかったりします。。。

こんなふうに、複数のエピソードを通して私的感覚が同じこともあるのですが
それでは、ひとつのエピソードの中で
いろんな感情が出たり
いろんな対処行動をしている場合、
それぞれの行動にくっついている私的感覚はどうなっているのでしょう?

先生は、ひとつのエピソードの中では
どこをとっても私的感覚はいっしょだ
とおっしゃいました。

へええ、そうなのか~
と思っていたら
ちょうど、あるひとつのエピソードの中で
感情がいくつか動いて
対処行動もいくつかあったという方がおられました。

グループワークの中でしたが時間に余裕があったので
その方の怒りマックスのところと
フリーズしたところと
それぞれの対処行動を取り出して、それぞれの私的感覚を考えてみました!

(私的感覚を見つけやすいのは、
大きく感情が動いたところ、あるいは
相手への影響の大きかったところなのだそうです。
実際のクライエントさん相手には、こんな実験しない方がいいと思います ^^;)

どうなるかな。
わくわく。


ほんとに驚くべきことに!!
その方が問題ととらえていた現状も
そこで起こった感情も
とった対処行動も
まったく違うのに、
私的感覚(その場で願っていたキラキラ)は
たしかにまったく同じだったのです!
(爆笑)

同じ一つの私的感覚を達成するために
(この場合は、子どもに~~になってもらいたい☆)
人は、なんていろんな方法を編み出すことでしょう~~
と、感動。

手を変え品を変えいろんなことをやってもうまくいかないのは、
・・・・
たぶんその私的感覚が競合的だからです。
と、パセージ・プラスのテキストに書いてあります。。。

相手役である子どもの私的感覚も認め
その方の私的感覚から「やらせよう」という部分を取り除けば、
協力的に問題を解決できることがわかりました ♪

いっしょに検証してお勉強したグループの方々、
どうもありがとうございました!


さて、よし、私的感覚、ばっちりわかった!
みたいにいい気になっていたら
最後にまた混乱してしまいました orz

先生が私的感覚は「行為ではなくて状態」
つまり do ではなくて be だとおっしゃったことから
「ざっくり」考えることを忘れて
悪い癖でまた細かく考えすぎて

最後の最後のグループワークのときに
現状とあまりつながらない私的感覚を提案してしまいました。
そのとき同じグループだった方々、ゴメンナサイ。

やっぱりパセージ・プラスは
対処行動とその根っこ(現状)からぜったいに離れないこと!
それと

ざっくり
ざっくり
ざっくり、がいいみたいですね。

パセージ・プラス2月

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だいぶご無沙汰しておりました。
チベットで起こっていることがますます酷くなってきているので
毎日そんな情報ばかりインターネットで得ていると
なんだか何もしゃべれなくなってしまいました。。。

でも、気をとりなおして、
先週末のパセージ・プラスのシェアリングをしたいと思いまーす。
なんといっても、「アルフレート」はアドラー心理学のブログですからねっ(いちおう^^;)

パセージ・プラスβ版も、1月のα版と同じく、
午前中は「私的感覚」を見つけるワーク(第1章)をしました。
しょっちゅうメンバーを変えて3人組になって事例を出し合うので、
ほんとうに練習になります。

全体シェアリングのときに先生に質問をすれば、さらにお得です。
みんなの前で先生が、最初からエピソードを聴いてくださって
対処行動、現状、劣等感、私的感覚と、すらすら解いてもらえます。
これが、質問の仕方、話の聴き方、私的感覚の見つけ方の
とってもよいモデルになります。

私的感覚を見つけるには、なんといっても場数が大事。
浴びるほどたくさんの事例を聴いて
ひとつひとつ公式に当てはめて練習していけば
きっと上達するでしょう!
ね?(^^)

次に、そうやって見つけた自分の私的感覚が、
協力的なものか、あるいは競合的なものかを考えます。

いろいろ定義はありますが、
私の理解したところでは、まあぶっちゃけ、
私が上で相手が下、私が正しくて相手が間違っている、とかやっていたら
競合的ですわww

競合的な目標で行動していると、相手を勇気づけることができません。
ですからアドラー心理学を学ぶ身としましては
別の私的感覚を探して、協力的な目標に変えたいものだと思います。
でも、どうやって?

ここからが、今回のパセージ・プラスにおける
私にとっての目からウロコの新しい学びでありました。
両日とも午後からは、「相手の私的感覚」を想像して
それを手がかりに、相手とよりよい関係を築く方法を考えました。


たとえば、私の事例です(こうすけネタではありませ~ん ^^ )

ある仲のよい友だちと話していて、ときどき少しイラッとすることがあるのです。
話が盛り上がっている最中に、話を全く別の方向にふられるようなときです。
先日も、会話の途中で急に、それまでと全く関係のない
「誰それさんが◆□▲▽□!」という話を出されたので
(またか)と思いながら「私に言われてもね~」と返事をしました。
そのあとは、もとの話題に戻りました。

対処行動:「私に言われてもね~」と言った
現状:友だちの話が突然関係のないところに飛ぶ
感情:イラッ
私的感覚:友だちが「あ、ごめんごめん、この話していたんじゃなかったね」と話を戻してくれること

さてこれは協力的目標でしょうか、競合的目標でしょうか?
実は、「あなたは間違っている!もっと正しく筋道だてて話をするべきよ!」
と私は思っているのです~(^^;)
はい、立派に競合的目標ですw

「私は正しい・あなたは間違っている」は競合的ですが
なにも「私は間違っている」なんて思わなくてもいいんですよね!
要は「あなたは間違っている」っていう価値判断から抜け出せばいいので、
そうすれば「私は正しい・あなたも正しい」の平等の位置に行くことができます。


では次に、友だちの私的感覚を考えてみます。
エピソードの中で見えているのは、行動だけですから、
他の項目は全てゲッシングです。

相手の行動:「誰それさんが◆□▲▽□!」と話す

想像上の相手の現状:たぶん、誰それさんが◆□▲▽□ということ
想像上の相手の感情:不安かな?怒りだったのかもしれないな
想像上の相手の私的感覚:友だち(=私)に誰それさんの話を聞いてもらうこと♪

ここまで考えて、あ、そうなんだ、って気がつきました。
友だちはひょっとしたら
「この人(=私)に言ったらわかってくれる♪」って思っていたのかもしれません。
少なくとも、筋道だててわかりやすく話をしようなんていう意識は
これっぽっちもなかったんでしょうね。

なぁんだ。
2人がまったく違う私的感覚を追求していたんだ~(^o^;)
この2つの私的感覚、どこかですりあわせることはできないでしょうか?

できそうです!
なぜなら私は彼女とよりよい関係を築きたいと思っていますから
彼女の私的感覚に沿って、しかも私の私的感覚も伝えればよいのです。

たとえば、突然「誰それさんが◆□▲▽□!」って言われたら、
「そうね。困ったね」とまず受けて、それから
「でも、ちょっとついていけないわ。もう少しわかるように話してもらえる?」
と言ってみましょうか(^_^)

あぁ、そんなふうに言えたなら、
私、もうちょっとやさしくなれるかもしれません!
♪キラキラキラ~♪


パセージにも、不適切な行動の5つの目的が少しだけ書かれていますが、
相手の目的(私的感覚)は、いくら考えても想像の域を出ないものだし
ヘタをすれば「相手を変える」方向に使ってしまいそうな気がして
これまで私は、自助グループなどで使うのをなるべく避けてきました。

しかし、あくまで「変わるのは自分」。
まず自分の私的感覚を点検した上で相手のことも理解し、
「相手を変えない」ということをきちんと押さえておけば

これはめちゃくちゃ強力な方法ではないかと思います。
この流れが、そのままカウンセリングですもん!

というわけで、あいかわらず自分の私的感覚を見つけるときは
笑っちゃうぐらいに痛い(>_<)のですけど
こうやってひとつずつ手順を踏んでいくと
とてもキラキラの代替案にたどり着くことができたのでした。

おもしろいですね~
パセージもいいですけど
こうやってすっきり解けるの好きかも。

ご一緒したみなさま、どうもありがとうございました。

lhasa.jpg

インターネットで見つけた画像です。
夏空の下のポタラ宮と、祈る僧侶のシルエットが美しいです。
突然話が飛ぶのは、人のこと言えませんな~

パセージ・プラスもパセージと同じように、
基本的にメンバーの出す事例をもとにして学びます。

第1章では、陰性感情をもった最近の出来事をみんなが出して
グループに分かれて考えました。

私は、ブラックこうすけと過ごした直後だったので、
「一度だけちょっとムカッとした」出来事をお話ししました。

*******

台所の隅に、2リットルのペットボトルを置いていました。
最初にこうすけがそれを倒したとき、
私は思わず「あーあ」と言ってしまいました。

すると翌日から、こうすけは、そこに立っているペットボトルを見ると、
バン!と倒しては「あーあ」と言うようになりました。

私も「あーあ」と言って、それから「直してね」と頼むと、
一生懸命立てて直してくれた時もあって
そのときは「ありがとう~」って言うのですが
たいていは、そのままで(まあ1歳2ヶ月なんだからそうだわね)
しだいに倒し方が、激しくなってきました。

感情が動いたのは、やめてもらおうと思って
私が「こうすけ~」と呼んで、
それに応えてこうすけが私の顔を見ながら、
そのままバン!と倒して「あーあ」と言ったときです。

むむむっ分かっていながらやったな~と、瞬間、思った私は
「だめよ」と言いながら、こうすけの腕を取りました。
そして別の場所に抱いて行って、別の物で遊んでもらいました。

それがね、我ながら、いつものような「だ~めよ♪」じゃなかったんです(-_-;)
腕の取り方も、そっと優しく持つというんじゃなくて、
手荒ではありませんが、掴む、という感じだったと思います。

それまでは、何度おいたを繰り返されても
「だめよ♪」「だめよ♪」「ううん、だ~めよ♪」って
何の無理もなく、言っていたんですけどね。

でこの瞬間、あ、私、怒ってるな。と気づきました。

*******

まあ1歳2ヶ月の子に、分かってやってるも何もないやろう、とか
ペットボトルぐらいいいと思ってやらせていたんだから
このときだけムカッとするのはなんでだろう、とか
いろいろ頭では思うのですが(いわゆるニコニコ動画のコメント)

そういうのは一切無視して
テキストに沿ってすっぱり整理してみます。

対処行動:ダメと言ってこうすけの手を掴む
  ↓
現状  :こうすけが私の顔を見ながらペットボトルを倒す
(劣等感:こうすけは分かってやっている=喧嘩を売っている(おお!))
感情  :怒り

なんとまぁ、私は1歳の孫と闘うつもりだったのか~(爆)

あり得ん・・・・・(-_-;)
しかしこの一瞬、そんな妄想に捕らわれて
ほんとに一瞬、ぼっと火がついたのかもしれません。

このときはさすがに一瞬でしたが
・・・怒りって
いつもこれと同じようなあり得ない妄想に捕らわれて、
自分で作っているものかもしれませんね。。。(と仏教的洞察。遠い目・・・)

そしてここから導き出したこのときの私のキラキラとは、

私的感覚:こうすけがごめんなさいをして、聞き分けよくいい子で遊ぶこと

もっとあり得ん!
想像だに出来ません(^o^)
1歳2ヶ月でこんな子はおらんやろう~

このように、私的感覚を情け容赦なく言葉にしてみると
いかにバカげた目標を自分が追求していたかが明らかになります orz

ご一緒に考えてくださったみなさま、どうもありがとうございました。
みなさまの事例も考えさせていただくことで、みんな大笑い、
とっても楽しくて、しかもいっぱい学ぶことができました♪

*******

追記

oshogatsu5.jpgパセージは注目関心を引くレベルまで
パセージ・プラスは権力闘争レベルまで
ということなので、
私の話はパセージでじゅうぶん解決できる事例です(^^)
練習なので、私的感覚を出しましたが。

おばあちゃん業の先輩によると
ペットボトルにせよガスレンジにせよ、
触ってはいけないものを触ると、誰かが「あっ」とか「だめ」とか声を出す。
触っても良いいつものおもちゃは、いくら触っても、誰もあまり声をかけない。

だからこれは明らかに、
注目関心をひく行動です!
答えはパセージの第1章でしたね(^^;)
「不適切な行動に注目を与えず、適切な行動に正の注目を与えよう」
ちゃんちゃん。

パセージ・プラス

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plus.jpg昨秋ごろから急に耳にするようになった
「私的感覚」「現状」「対処行動」などの新しい(?)アドラー用語たち。
どうやら浜松の応用編あたりから言われ出したみたいです。

私は11月のカウンセリング講座で一度だけ教わったのですけど
最近の応用編にも出ていないし、
まだきちんと消化もできていなくて、
この状態ではとても使えないなと思っていました。

新年からの「パセージ・プラス」では
それを詳しく教えていただけると聞いていたので
期待いっぱいで参加しました。

なぁるほど!
パセージのコースと同じで、
グループで練習することによって
はじめて身についていくのですね!

ワークにつぐワークを繰り返し2日連続参加すると、
少しは分かったかな~?と思えるようになりました。

ともかく(^o^)おもしろかった!
みんなで次々パズルを解いていくようなおもしろさ、でした♪

ライフスタイルを読み解く作業も
今回教わった私的感覚を読み解く作業も
公式を当てはめて解くという点では同じだと思いますが、

ライフスタイルを読むには、
具体的な出来事を抽象的・一般的な言葉にまとめる力が、
かなり必要な気がします。

パセージ(親子間の葛藤が注目関心をひくレベルまで)と
パセージ・プラス(同じく葛藤が権力闘争レベルまで)対象の
メンバーさんの事例については、ほとんどの場合
早期回想を伺ってライフスタイルを分析する必要はありません。

しかし、パセージでは解きにくかった権力闘争レベルでの問題が、
パセージ・プラスのテキストに沿って事例提供者さんの私的な部分を点検すると、
なんともあっさり解決してしまうのでした。

うまく言えませんけれど、
カウンセリングで学んできたこととパセージで学んできたこととが
私の中でもうまくドッキングされた感じで
これが先生のおっしゃる「アドラー心理学の枝をつなげた」
ということなのかなぁ~と思いました。

さらにパセージの基礎があれば、
パセージ・プラスで習う「私的感覚」の見つけ方は、
練習すれば、そう難しい作業ではないと感じました。

初めてのときは目を白黒させて読んだパセージが、
だんだんと自然にできるようになってきた如く、
パセージ・プラスも、きっといつか
普通にできるようになるのではないかと思います。


それから少しオタクな感想ですけど
先生がグループを動かされるところを拝見するのは
めったにないことなので、ラッキーだったと思います。
自助グループのリーダーとして、得るところが大きかったです!

どなたかお話がありますか?で事例提供者をつのり
その方のお話を、レポートからエピソードに持って行く。
どのエピソードを取り上げるかを決めて合意する。
など、グループの動かし方のモデルを見せていただいたのに加えて

対処行動から現状を確認し、
さらに現状を事例提供者がどう理解しているかという、劣等感の聴き方。
(これはスゴかったです!サスガです!いっぱいメモりました)
先生が聴かれると、グループでこねくり回していた(^^;)同じ話が
なんともするすると、きれいに整理され、あっさり私的感覚が出て
さらに代替案まで流れていくのでした。

カウンセリングを公開で見せていただくときは
私たち凡人にはちょっと読めない秘技(?)が多いように思うのですが
今回は、公式通り、テキストに書いてあるお作法通りに進めてくださるので、
なるほどそういう聴き方をするのか!と学ぶところが多々ありました。
(もちろん全部は学べませんが・・・)

2日目の午後、途中離脱したのは、かえすがえすも残念です。
次回は体調万全での参加を目指します(^_^)v

第2世代のアドラー心理学

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10月の総会のあとから
息子が来たり
チベット仏教のお勉強を始めたりで、
今まで以上に忙しくなったのですが

11月から忙しさはピークに達し
2週目は大阪でアドラーの勉強会と、チベット仏教講座。
3週目にも名古屋にて、チベット仏教講座。
4週目は岐阜にて、アドラー心理学会の北陸・東海地方会。
と、このところ毎週末をアドラー心理学とチベット仏教に費やしています。

先週末は、温泉で有名な鳥取県の三朝町で
大きなJ先生のオープンカウンセリングと子育て講演会に参加してきました。
もちろん鳥取ですから、おまけつきです!(*^_^*)
娘の家に泊まって、1歳1ヶ月になったこうすけに会うのです♪

土曜日のオープンカウンセリングは盛況で、
なつかしい方々とたくさんお会いすることができました。
またいつものことながら、J先生がクライエントさんのライフスタイルを
ゆっくりと丁寧に、深いところまで紐解いていかれる過程は
ひとつひとつ、とても援助的で感動的でした。

そのあと私は夕食会をパスして、すぐに娘の家に行きました。
久しぶりに会うこうすけに私のことを思い出してもらって
翌朝は、娘夫婦とこうすけと私とで、三朝までドライブ。
子育て真っ最中の2人に子育て講演会に参加してもらい、
私はこうすけのお守りを引き受けたのです(^_^)v

講演の間中、こうすけはとってもご機嫌で、全くぐずりませんでした。
大きな声で(^_^;)あれこれお話し(?)してくれるのはいいのですが、
しつらえていただいた子供用のスペースの中にじっとしておらず、
土足の床をはいはいしたり、マットをめくったりして遊ぶので、
何度か抱っこして廊下に出なくてはいけないのでした。

kosuke201112-2.jpgそんなわけで私はあまりお話を聴かなかったのですが
娘たちはしっかりノートをとって集中できたようで
とても楽しかった!と満足した様子でした。

そのあと初めてJ先生を娘夫婦の家にお招きし
娘の手料理を食べながら、こうすけのお囃子つきで、
私の文系頭ではついていけない類の
なにやら難しい会話が遅くまで続いたのでした。

大阪に帰ってきたのは昨日の昼。
一夜明けてさきほど娘が Skype で
「お母さん、私アドラー心理学を実践したよ」と報告してきました。
それはこういった話です。


娘は、このごろ毎日、旦那さんにお弁当を作っています。
昨夜は小さな骨付き鶏肉を唐揚げにしました。
「これは明日のお弁当のおかずね」と言うと
「たのしみだなあ」と旦那さん。

今朝、出来上がったお弁当を、台所テーブルの上に置きました。
ただ、彼が出かける時、ちょうどおむつを替えていたので
玄関まで見送れなかったそうです。

そのあとこうすけと一緒に二度寝をして
昼近くになって、
テーブルにお弁当箱が置き忘れられているのを見つけました。

せっかく昨日の晩から料理して、今朝も早くに起きて準備したのに
彼もあんなに楽しみにしていたくせに
なんで忘れるねん~~~!!(>_<)
と、たちまち劣等の位置に落ちたのだそうです。

これはよくある話・・・ですよね。
けどまあ娘にとっては、初めてのかなりショックな出来事なのでありました。

「あぁ劣等の位置に落ちた」と自分の感情に気づいた娘は
一昨日の講演で聞いたことを思い出しました。
つまり、起こっていることを理解するということです。

理解はすぐにできました。
彼が意図してお弁当を忘れたのでないことは、明らかです(^^)

そして、ここがポイントだと思うのですが、
自分が劣等の位置に落ちている以上に
彼の方がきっとずっと劣等の位置に落ちているだろうな、と思ったのだそうです。

そう思うと、お弁当は自分がお昼に食べれば無駄にはならないし
唐揚げはまだ冷凍してあるので、また食べてもらえばいいと思いました。
そして落ち着いて、どう行動するか考えることができました。

昼前、お弁当を忘れたことに気づいた彼から、
案の定たいへん申し訳なさそうに電話がかかってきました。
娘は「残念だったね。唐揚げはまだあるから、また次に入れるわね」と
やさしく言ったのだそうです。

従来だと、絶対に、「どうして忘れたのよ!」って
ぷんぷん怒って言っていただろうということです。

でも「どうして」って言われてもねえ。
そんなふうに怒られなくて、旦那さんもほっとしたでしょうね~(^_^)
たいへん喜んでいたということです。

で娘曰く、これが変容することだってわかったのだそうです。

こんなふうに早速実践したとは、驚きです。
自助グループだったら、「どんなところを工夫しましたか?」とか聴いて
パーソナルストレンクスをみんなで探すかな。

まだこうすけについてはほとんど問題が起きていないので、
娘の家ではアドラー心理学は、どちらかというと、
まず夫婦関係について役に立つのかもしれません。

彼らは学会員なので学会誌は読んでいますが、
勉強会に参加してくれたのは初めてです。

やっぱり本を読むだけではなくて
具体的に生活の中で実践するしかアドラー心理学を身につける方法はない。

kosuke201112.jpgと母は思っていますので、
今回実際に、娘が足を運んで講演を聴いて
そこで学んだ理論に基づいて考えて行動したことが
とってもうれしいです(^^)/

でも娘は、ひょっとしたら私より
小さい頃から体でアドラー心理学を知っているので
すでに私よりは身についているのかも・・・(^_^;)


さて、私の忙しさはもうしばらく続きます。
今週末はいよいよチベット語の勉強が始まり、
翌日はアドラー心理学の勉強会。
それが終わったらもう年末に突入。
風邪をひいている暇もありませぬ(^^;)

岡山総会

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今年の総会は、岡山の総社市で開催されました。
去年パスした私は、
とっても盛りだくさんで充実したプログラムに
しっかりと参加して参りました。

演者のみなさんがさまざまな研究成果を伝えてくださるおかげで
聴かせていただく私たちも、ほんとうに知的に豊かになることができます。
これはとってもありがたいことです。

1日目のmasakoさんとnaokoさんの『愛についての質的研究』もワクワクしたし
yukoさんの『スピリチュアル・カウンセリングの構造』も目からうろこでした。
2日目のペスタロッチについての研究には、とっても感動しましたし
自閉症の子どもさんを受け入れた保育園での実践からは
この人たちと出会うためのとても大切なことを教えていただきました。

私は3日目の午前、最後のプログラム
『医師と心理士の連携』というシンポジウムに出させていただきました。

soja2.jpgこの枠で出るのは初めてだったのですけど、けっこう辛い順番ですね~
だって2日目夜の懇親会が終わったら
気分的にはみなさん、ほとんど終わったも同然、
お酒もはいって「あぁいい総会だったね」みたいな雰囲気になっています。
うう(>_<)、私たち最終日のシンポジストたちは、
最後まで緊張の糸をはっていなくてはなりません。

とは言っても一緒に出てくださるのは、大きなJ先生と
ひょうひょうとしたC先生
それから頼りになるyuko先生です。
お兄ちゃんお姉ちゃんとご一緒だから、気分的に末子の私は安心モードです。

このシンポジウムは
3年前から某クリニックでさせていただいているライフスタイル分析を
患者さんを紹介してくださる先生方とどう連携して行っているか、
ということをテーマにしています。
ドクターが心理側に患者さんを紹介するときの基準とか
どういった患者さんにライフスタイル分析が有効だったかとか
主にドクター側からのお話が中心になりますが
心理の側からも、いくつか事例を提示して
どのように分析を進めているかお話しすることになりました。

準備段階として私は、今年の7月8月頃、
その時点までに私がライフスタイル分析をさせていただいた
ほぼ全員(約30名)の方のデータを

・ドクターの診断病名
・主な問題
・初回から最終回までの年月日
・家族布置
・早期回想とそこから導かれる私的論理
・ライフスタイルのまとめ
・ワーキングスルー
・考察

の順に、「人に読んでもらってもわかる」ような文章にまとめあげました。
この作業がいちばんたいへんでしたけど
いちばん勉強になりましたし、
当日は、少し補足しながらこの文章を読み上げればよかったので、とても楽でした。

どのケースを取り上げさせていただくかについては、
他の先生方と相談したりクライエントさんの了解をとったりして、
結果的には「うまくいった」ケースについて
私が2例、yuko先生が2例、ということに決まりました。

以前させていただいた宿題発表の準備に比べたら
きちんとした原稿を書くわけでもなかったし
指定討論者と打ち合わせをする必要もなかったし
ずいぶんラクちんでした。
あのときは、もう直前まで青息吐息でしたが・・・
(今回宿題発表のみなさまは、本当に本当にお疲れさまでした~<(_ _)>)

581_1_25.jpg4人が別々に作ったスライドをわかりやすく組み直す作業は
いちばんヒマな私がさせていただきました。
ご覧になって気づかれた方がどれだけおられたか?分かりませんが
実は、私とyuko先生のスライドには、
一目で分かるマークをつけておいたのです(^^)
00kero.gifこんな遊び好きなんですw

進行はもう全面的に大きなJ先生にお任せです。
シンポジウムですから、あれこれライブでお話しする面白さが大事なわけで
たぶん私に求められることは、質疑応答などの流れの中で、
必要に応じてきちんと response すること、ですよね。

そのためには、落ち着いて平常心で、その場に臨まなくてはいけません。
ということは、まず、よく寝ておくこと(^_^)が大切です。
それから当日の朝、きれいにお化粧すること(*^_^*)かな。
そして瞑想。。。

岡山に向かう前にもう一度読み直しするつもりだったのが
やっぱり行ってからでも間に合うよねと、資料を鞄に突っ込み・・・
1日目の夜にするつもりだったのが
いただいたばかりの『アドレリアン』を読んでるうちに眠ってしまい・・・
けっきょく発表前夜の夜10時頃から2時間ばかり、
ようやく真面目に集中して、準備してから寝たのでした。

われながらちょっと大胆に過ぎるような・・・
最小の努力で最大の効果を狙うライフスタイルが
如実に表れておりまする(-_-;)

練成講座のぱくり

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先週神戸であった練成講座は、めずらしくパスしました。
その前の週に関東のライフスタイル分析ワークに行っていたので
ちょっと一休みしたかったのです。

でも行かれた方の報告を読むと、とっても良かったみたい!
カウンセリングの基本をみっちりとお勉強できたようなので
うーん行けばよかったかなぁ~と思い

水曜日に大きなJ先生にお会いした際、
しつこくしつこくしつこく、
どんなことをされたのか、お聞きいたしました。
聞き糾した、とも言います(^^;)

ええっと私が理解したところ

ロジックの原理は、
トピック(エピソード)を聴いたら、
まず劣等感を考え
それから目標を考え
方法を考える。
それからこの目標は達成してよいものかどうかを考え
達成してもよい目標なら、別のもっとよい方法を考え
達成できない目標なら、別の目標をたててそれに至る方法を考える。
ですね。
合ってます?

先生がおっしゃるには「これができなければカウンセリングはできない!」
確かにそうでございます。。。
カウンセラー養成で習ったことを分かりやすくまとめると、この通りです。

ああでも、告白すると、こんなふうに筋道だてて考えていませんでした<(_ _)>
それが証拠に、いざ言葉にしようとすると、おたおたしてしまいます・・・(=_=)
すみませ~ん~(>_<)これから学び直しますっ!

それから、これはカウンセリングでの話ですから
ここでいう劣等感と目標というのは
ライフスタイル分析でいう劣等の位置と優越目標のことではなく、
エピソードの中での、具体的な劣等感と目標だということです。
「私は不器用だ」とか「完璧でなくてはならない」のように一般化した様態ではなく
「子どもが学校に行かない」とか「子どもを学校に行かせたい」とかいう
エピソードにそった具体的なものです。

そうすると、「課題・目標・方法」という
昔習った呼び方が私には分かりやすく感じました。


さてそれでは当面、できるだけあらゆる陰性感情の起こった出来事を
この原則に照らし合わせて考えることにしてみましょ。
まずは自分の事例で練習です。
そうすると、とてもおもしろい・・・
おもしろすぎることが、分かったのでした。

事例その1

昨日は歯医者さんでした。行く前はとても気が重いです。その前の晩もその日の朝も、いっしょうけんめい歯磨きをしました。でもいつも、怒られるわけではないのですが、歯石がたまっているとか、磨き方が悪いとか指摘されます。昨日も、またそう言われるのじゃないかと思い、もう歯医者さん変えちゃおうかなとまで考えました。でも行ったら、今回はあまり文句を言われず、前よりましになったと言われました。

   課題(劣等感):歯医者さんに文句を言われること
   目標:文句を言われないこと
   方法:直前に大急ぎで歯を磨く

われながら爆笑。
この目標は達成していいか?
いいですね、たぶん。でも方法が悪い。
この方法でときどきうまくいくこともあるもんだから、なおまずい(爆)

そうすると、このあたりからのレトリックは・・・

「あなたは虫歯がないのになぜ歯医者さんに通っているのですか」
「歯を健康に保つためです」
「歯を健康に保つためには、前の晩だけいっしょうけんめい歯磨きするのがいいですか、それとも毎晩ていねいに歯磨きするのがいいですか」
「毎晩ていねいにするのがいいですね」
「それについてはどうですか」
「歯医者さんからもずっと言われているんです。結局それしかないですね。あー私、めんどくさがりなんですよ」
「今日は何を学びましたか」
「めんどくさがらずにするべきことはするってことですね」

なんかありきたりだけど、
まあこんなもんかしら。ちゃんちゃん。

事例その2

毎週1回弓道の稽古に通っています。稽古に入ってしまえば楽しいんですが、行く前、気が重いんです。今日は2週お休みした後なので動きをすっかり忘れてしまってて、指導者の先生に「何やってるの!」ってきっと怒られるだろうなと思って、特にイヤでした。休みたかったけど、イメージトレーニングして復習して、がんばって行きました。

   課題:弓道の先生に怒られること
   目標:怒られないこと
   方法:いやいや準備する

おお、同じパターン(爆)
この目標は達成できるか?たぶんできないですねぇ。
前にも言われたけど、武道はキビシイ先生につかねば上手になりませんから。

レトリック

「あなたの願いは何ですか」
「弓がうまくなることです」
「弓がうまくなるためには何が必要でしょうか」
「たくさん練習することと、よい先生につくことでしょうか」
「どんな先生がよい先生だと思いますか」
「きびしく指導してくださる先生でしょうね」
「これからどうしますか」
「うまくなろうと思えば、少々怒られるのはがまんするようにします」
「がまんですか。先生が細かく注意されるのはどうしてだと思いますか」
「ああ、生徒を伸ばそうとして言ってくださるんですよね。がまんじゃなくて感謝しなくちゃいけませんね」
「今日は何を学ばれましたか」
「これからは、注意してくださることをありがたく受け止めます」

・・・なんか、私、とってもわがまま~(>_<)
何も言われたくない
私の好きなようにさせてほしい
でも歯はきれいにしてほしいし弓も教えてほしいのです。
ああ、これはきっと、
対人関係のすべてに出ているライフスタイルでしょう。

しかも、とっている方法が(きゃー恥ずかしい)
直前にいやいや用意したり
いっそやめてやるぅって考えたり、
ひどく子どもっぽいです~orz
はは・・・笑うしかない。

こうなると芋づる式に、次々と似たエピソードを思い出します。
昔アドラーギルドの事例検討会に行くのも、行く前は気が重かったなあ。
ルーマニアのICASSIでも、授業前は緊張でお腹が痛くなったなあ。

いつも学びたいんだけど、
それに伴う対価を払うのを、避けたがっているみたい。

いつも欲しいものはいっぱいあるんです(←強欲レベル1)
できれば、ラクしてゲットしたいんです(←強欲レベル2)
でもそれが無理なときは、だだこねて、値打ちを上げてるわけですね。
どうせやめずに続けるんだから、じたばたせずに受け入れたらいいのにね。

アドラーカウンセラーならこう聞きますね、きっと。
「いつまでそのやり方を続けますか?」

かなりヤバイことに気がついてしまいました(-_-;)
けど、なんせ自己カウンセリングですから
もっと上手なロジック・レトリックがあったら是非ご教示ください。
学びたいんで。
いやがりませんから(^^;)

カウンセラー養成講座(2)

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お盆明けから4,5日間、
娘が孫のこうすけを連れて、大阪の私の家に泊まりに来ていました。
その後、ふたりが神戸の元夫の家に行く前に
神戸の私の両親の家にも、少し寄って行くことになりました。

お昼ごはんから夕方までの数時間ですが
久しぶりに孫と曾孫に会えるので
数日前からもう、
両親のテンションは↑↑マックス状態だったと思われます。

それはだって、こうすけが来る前に私が
家を片付けて床を拭いて布団を干して、
どれだけ楽しみに準備するかを考えると、容易に想像がつきます。

どんなに喜んでくれるか知っているので、
できるだけ会えるときに会ってもらいたい、と考えているのです。
が・・・・・

12時ごろに着くつもりだったのが
授乳の時間などで遅くなり、両親の家に着いたのは午後1時ごろでした。

遅くなるよと母に電話はしていたのですが
少し離れたテーブルで娘がこうすけに離乳食を食べさせている間に
父が私に向かって言いました。
「来るのが遅い。昼ご飯を10時半に食べて待ってたのに」

このときの私の心の中の声:え~ウソでしょう!間違いじゃないの?
で、こう言いました。「10時半!?」

父「そうだ」
私「え?10時半?!」

このときの私の心の中の声:
10時半に昼ご飯を食べるなんて、ちょっとやりすぎじゃない?
私たちがゆっくり食べられるようにと思って先に済ませてくれたんだろうけど
その気持ちはありがたいけどさ、
それは too much よ!
いつだって几帳面に時間通りに食事しているくせに
そんなことしたら、あとできっと2人とも体調を崩してしまうわよ!
やりすぎよ、やりすぎ!

そこに母が来たので
私は母に「10時半に昼ご飯食べたんだって?」
母「ああ、まあ。。。もう~お父さんたら、そんなこと言わないでいいのに」

それで母がこの話をしたくないことがわかったので、やめました。
両親も、もうこの話はせず、
こうすけはぱくぱくおいしそうに食べるねえ、とか
娘は育児をよくやってえらいねえ、とか
そんな話でなごやかにたのしく、夕方まで仲良く過ごしました。

それから1週間経つのですが、
私としては、自分のこの「10時半?!」を思い出すと
なんとも居心地が悪く・・・
というか、罪深く感じられて・・・

もっと優しいあたたかな対応があったはずなのに、
つい怒った言い方になってしまったと、反省しているのです。
それで最後の相談のときに、この話を聞いていただきました。

カウンセラーの方は、このときの私の感情を何度も聴いてくださったのですが
怒っているような言い方をしてしまったけれど
自分としては怒りの感情ではなくて、
あえていえば、悲しいというか、やるせないというか、
ともかく too much だったんですぅ、って
よくわからないことを繰り返していました。

試験時間が終わって、まだクライエント席にいる間に
J先生に尋ねられました。「ちょっと質問していいですか?」
「お孫さんは9ヶ月?その子が6歳になったとき、お父さまとお母さまはお幾つになりますか?」
「ええっと、92歳と87歳です」
「ではその子が12歳になったとき、お父さまとお母さまはお幾つになりますか?」

ここで先生の質問の意図がわかり、私は声が出なくなってしまいました。

O先生が「あー泣~かした」と言われたのが聞こえたけど
何か言おうとすると号泣してしまいそうで
しばらくは何も言えませんでした。

J先生の次の質問:「お父さまはどうお思いだったんでしょうね?」

ホワイトボードに書かれたエピソードの台詞を
ぼーっとした目で眺めて、あっ、と気がつきました。
「私は、too much だと思っていたけど
父にしたら、全然 too much ではなかった。。。と思います」

J先生のトドメ:「ご両親はあと何度、その子とお会いになれるんでしょうね」


私は、私たちが訪問することによって
私たちを饗応するために両親がエネルギーを使うことによって
そのあと両親が体調を崩すのではないか、
弱ってしまうのではないかと思い、それを怖れていました。

でも、それはすべて私のエゴです。
両親には、両親のしたいようにしてもらうことが、両親の幸せなのだと分かりました。


kosuke9.jpgあ~本気で泣かされてしまいました(T_T)
こんなの初めてかも。。。
いや、久しぶりに見事に美しく
投げ飛ばしていただいた~という感じです。
ありがたや、ありがたや<(_ _)>


あとから考えると、
これはスピリチュアル・カウンセリングをしていただいたと思うのですが、
ふつうの(?)カウンセリングだったら、カウンセラーはどうしたらよかったのでしょうね。

父とこうすけの間の課題なのだから、
人の課題に介入しない、という公式で解けるかな。
あるいは、いわゆる人間智で
「年とった祖父母は、遠いところに住んでいる(曾)孫が帰省すると、この世であと何回会えるかを考えてしまう」(補正項2011年08月28日より)
と分かると、その方向にもっていけるのかな。

それから、クライエントとしてもうひとつ分かったのは、
私はいろいろな感情を表現するのに
「怒り」という形で出すことが多いみたい・・・ということです。
こわがっていたり
さみしがっていたり
なんだか微妙ないろんな感情を出すのに
あんまりパターンを学んでこなかったのかな。。。


まだまだ未熟者でございます。
今後とも精進いたします(^_^;)


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